運命の金糸雀

金糸雀(カナリア)

 皆はカナリアという生き物を飼ったことがあるだろうか。こういうのだから飼ったことがあるのだろうと思うかもしれないが、実際飼ったことはない。ただし、一羽だけ世話をしたことがあるだけだ。


 あれはまだ自分が十歳にも満たない小学生だった頃の話。帰りの道中にペットショップがあって、そこに金糸雀の名にふさわしいほどの真っ黄色なカナリアがいて、少年だった自分の心を奪った。


 最初は商品だからという理由で触ることは許されなかったが、半年間にも渡って毎日通って見に来てたら「一回触ってみるか?」と半ば店主の根負けの形で触らせてもらえるようになり、やがて店内なら出しても良いという位に触れるようになった。


 もちろん何度か店内から逃げそうになったことはある。けど、その金糸雀は我々をおちょくっているのか、慌て迫った瞬間に自分の家であるカゴに戻ってはいっては、頭をクイッと傾げて「何かあった?」と白々しい顔をして煽ってくる。その表情が地味に腹が立つ反面、そこが愛らしいと思っていた。


 しかし、十歳を過ぎたころから家の用事や先生たちに頼みを受けることが多くなり、金糸雀に会う時間が取れないようになっていった。行けたときには物凄く可愛がっていた記憶がある。


 それだけカナリアと過ごす時間が大切だった。だからこそ、少年の頭を使い週に二回は確実に来ることを目標に予定を立てるようになっていた。しばらくはそれでうまくいっていた。だが、ある週間、遠いところに行く日があって自分の計画が総崩れになったときがあった。


 いつもと違う日に金糸雀を見に行ったとき、いつも居るはずのカナリアが姿を消していた。いま思えば、売れない保証がどこにあったとツッコミたくなるが、当時の自分には許容できず、いないことに怒りさえ感じていた。


 そこで店主に文句を言いに行った。そういわれることを解っていた店主はわざとらしく眉を八の字にして、金糸雀を買っていった少女の話をした。


「お前さんが大切にしていた金糸雀は、君と同じくらいのお嬢さんが買っていったよ。お嬢さんは他のカナリヤとかインコには興味を持たずにだ。その子は『運命の金糸雀だ』って目を輝かせていたよ」

「それで譲ったと?」ぶっきらぼうに言い返す。

「いや、一度買うのやめてくれと言ったが『この子じゃないと駄目』といって『この愛されたこの子じゃないと駄目なの!』って引かなくてさ」

「……」

「それでさ、お前が来るいつもの時間まで待ってくれと説得して、超えたら好きにしろと言っちゃた、結果——」

「買われてしまったと……」


 最後のセリフを取られてイヤな顔をされたが、すぐに真顔に戻り、「恨むなら来れなかった自分を恨むんだな」とこれ以上の反論は赦さない姿勢を見せられ、自分はペットショップを後にした。


 それから一週間後、ふたたび寄ったときにはもう店自体が無く。まるで今までの出来事が夢だったんじゃないかと自分の感覚を疑ったほどだ。そして、二度とあの金糸雀に会うことはないんだと本気で思っていた。

 

 が。その金糸雀にもう一度逢うことができたのは五年後。初めて家族以外の女性で信頼できる人間に出逢って数週間後の出来事だった。


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