売れ残りの淑女 相坂カナメ

「おい、いつまでこんなところで不貞腐れているんだ」

 初見としたら最悪な挨拶。通常の女性であれば、般若の顔をされても仕方ない。しかし、淑女は驚く様子もなくスッとこちらを見て、表情の反応が一テンポ遅れる調子でまぶたが持ち上がり、視点を反らすように元の俯きの姿勢に戻った。


「何か用ですか?」と確かに不貞腐れた口調をしているが、どこか演技めいた違和感が感じられた。だからと言っても特に追及せず、自分は残っている女性に基本やっているナンパトークを続けた。


 補足としてナンパトークと言っているが、みんなからはブラックジョークだと言われている。最もなこととして、別に相手を楽しませるための喋りではない。どちらかというとヘイトスピーチのようなもので、企画や見る目の人間たちに向いたヘイトを自分に回すことを目的にしている。そうすることで、少しでも企業に対する悪評を減らし、女性方が会場を出たとき悪い輩に襲われないようイラつかせることで被害を減らせす効果がある。


 実際、頭の悪い犯罪者がそんな女性になっているところに話しかけて、痛い目にあったとグレー界隈では有名な話だ。


 とまあ、それらの影響があって自分の心証がどんどん悪くなっていったのは当然の話であると言えよう。無関心というか、生活の安定保証があったから、他者の心証なんて関係ないと、割り切っていたから別に苦じゃなかった。


「この企画で売れ残るっていうのはかなりのレアケースなんだぜ。本場のクズ野郎であっても受け入れてくれる相手が現れるというのに、居残りとはどんけのクズ女なんだよ。逆に興味湧いて話しかけちゃったわけ」

 あえて整合性の足りていない紳士とチャラさを入れることで、大概の者は眉間にしわを寄せる。じゃなかったとしても、さらに落ち込んでしまうのが通常だ。

「……」

 淑女は表情を変えない。反応が変えてこないのが最も困る。

 

 もっと気を逆撫でるために「そりゃな。スタイルに対して服装が似合ってないし、気配りも雑だったし、尻軽さが透けて見えたら、どんな男——」だって嫌になると言いかけた瞬間に「ブッハハハハハ。普通、落ち込んでいる女性に対して貶すんじゃなくて、励ますのが正解でしょうに」とこらえきれなかったのか淑女は腹を抱えて笑い始めた。その反応に戸惑って思考が停止し、この後出そうとしていたディスりも吹っ飛んでしまった。


 実は、表記上は出逢いと表記しているが、正確なことから言えば邂逅というのが正確だと言える、とある出来事がイベント開始前からあった。


 男性陣が前座に集まるよりも前。権威を使って厨病の中に入り、メンバーに頼んでいた出来立ての『蜂の子ご飯』をそこで食べるという常識的にはあり得ないが、そうするのが一つのルーティンになっていた。


 それでいつも通り『蜂の子ご飯』を食べたのだが、妙に虫臭く「アレ?」と思いつつも計算して入れていることに気づき、メンバーのヤツが試したなと思い呼びかけてみると「それ、お客さんの!」と怒られてしまった。


「わりぃ」とメンバーの方には謝罪をし、メンバーは頼んだお客様である、淑女、相坂要に直接謝罪を入れ、「大丈夫です。味見で減ってしまうときもあるので問題ない」と赦しをもらい、味の事について訊いてきたという。そこで説明をするときに、自分こと銀堂遊学の名が出て興味を持ち、一度携帯で調べていたとか。


 だから、ある程度の前情報があり、直接ではないにしろお互いある程度の情報を持っている状態で、偶然にも自分が話しかけたから、目が合ったとき驚いて彼女は目を反らしそう。本人が来たと情報を引きづり出し、それをリソースに試し始めた結果、思いがけない発言の連発で思わず吹きだしてしまったと、付き合って一年もした時に説明してくれた。


「何か……ごめん」

「別に謝らなくてもいいよ。演技だってこと分かっているから」

「え?」

 恥ずかしいヤツである。わざとやっていると見透かされていたという事は、発言の裏までもが見えているということだ。とは思っいはしたが、一般人にそんなこと分かるわけないと想念を一度破棄したが、ゴミ箱から引きずり出すように。

「だって、あえて良いところを悪いところって評価して、あたしを怒らせようとしたでしょ」と悪戯な笑みを浮かべ、痛いところを突いてくる。


「いや、まあ、そうなんだが……」

「で、どうするのこのあと?」


 常人なら慌てて、そのまま告白というのが流れであろう。答えはあるのだが、そんなことよりもなんで彼女が売れ残ったのかが解って、どこか優越感にも似た思いに駆られた。そう彼女は相坂要は、男の懐柔の仕方がよく解りすぎているのだ。


 どういうことか。例えば一流の漢からしてみれば、彼女は秘書ができるくらい優秀な人間に見えることだろう。ただ計画を立てる能力しかない相手ならまだしも、異性だろうが同性だろうが懐柔できそうな人間となると、寄生虫のようにコントロールされることや自由を制限されることを恐れて、嫌いではないが切ってしまう。


 二流……ただ女が好きな漢からすれば、あまりにも察しが良すぎるため相手が合わしてきていると気付いた瞬間に「嗚呼、ただ対応されているだけ」だと、冷めてしまいどこかに行ってしまう。


 一般人、またはクズ人間の場合になると、隣にいてくれるだけで安心できるし、合わせてくれるから何事もスムーズにいきすぎて、だんだん男の方が骨抜きにされて、ぐちゃぐにゃになってしまう。仮にじゃなかったとしても、ジェントリーみたいな忠犬人間になってしまう。これは人間同士の関係ではない。


「全然待つから、ゆっくり考えて」

 冷徹な相手に対しても、この対応だ。大抵の頑固な人間であっても、懐柔されるのは必須だ。

「ああ、すまない。頭の整理に時間がかかった。面白い。後日、自分とデートをしてくれないか。君の都合で良い」

「えーと、三日後の水曜日とか大丈夫です?」

「ん、問題ない。銀頭街通りの公園前、市駅から詩音通り真っ直ぐ歩いた先にある公園だ。昼の十二時に来てくれるか?」

「はい、問題ないですよ。連絡の方は——」


 と、その場で予定を決めて行き、真の彼女となった相坂要とデートをする約束を取り付けることに成功した。イベントとしても、これはベストであり、これで収めるのが落としどころだ。


 ここまでの話が本書の前座。以降はデートパートに入る。正直、可愛いというか刺激的で官能的な内容になる。胃もたれするかもしれないが、そこはご愛嬌として耐えてもらうことを推奨しよう。

 


 

 

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