ジョーカーたちは嗤いだす

 病院でそんなことがあったほぼ同時刻。本家では候補者や分家の人間たちが続々集まって来ていた。


 ここら辺の出来事は、家の中の人間でも一緒に水鉄砲で遊べるほどには仲が良い東雲健吾しののめけんごから聞いた話になる。多少正確さは落ちるが、大体想定していた展開になっていたので、その情報を頼りに語りを進める。


 話をスムーズに進めるためにも東雲健吾について軽く触れておく。一部予想がつくとは思うが、彼は四代目東雲大河の子孫であり、孫にあたる人物で銀堂家の血筋としては母親、つまり女性系の血が流れている。そのため、ただの外部者という扱いではなく、一族のちゃんとした一人として数えられている珍しい身内だ。


 今回の件については、もしもの滑り止めとして当主候補に立候補したそうで、自分が言うのもなんだが、当主に成ったら適任者に譲ろうという成る者の動機としては脆い信念を掲げ参加していた。


 父の訃報の情報が出回って一時間は経ったところ。いつも会議をしている広間には健吾も含めた五人の候補者が鎮座し、近くの居間では一族が集結していて今後の動向を見守る。本来自分も参加していれば六人なのだが、仮にもその分の座布団は敷かれておらず、最初は不愉快だったとのちに彼は笑い泣きしながら語っている。


 当主が座る席の傍らには八芒星司祭はちぼうせいしさいの鶴樹家が一人、鶴樹一誠つるぎいっせいが継承者の書かれた封書を持ち静かに佇んでいたそうだ。


『八芒星司祭』とは、八つの名家が協力して町の結界を守ることを目的に結成された司祭組織のことを指し、その象徴として『八芒星商店街』を運営。家それそれに専門分野や才を持つ神々を崇拝しており、財政、商売、書館、流通、建築、食事処、清掃、治安維持といった運営に欠かせない業務に当たっている。


 その中でも鶴樹家は書館の分野を担当していて、公的文書や機密文書を管理している一族。家訓が『この家に入って秘密を漏らす者は、この世におらず』というほどの厳しい律を掲げ、家族の名前も全員偽名であるという徹底ぶり。その意志と管理体制の高さから国からも一目措かれ、秘密の開示権さえ保有している名家である。


 もちろんのこと銀堂家も『八芒星司祭』の一角の一つであって、一応この時は財政を担当していているのだが、銀堂家当主に成る人間の条件から継承のたびにポジションが変わってしまうことがあるため、他では『気まぐれな道化師』だと、面白おかしく揶揄されることが多い。


 その点、鶴樹家は一度もその分野から離れたことがなく、うちの意向に晒されても何事もなかったようにケロッとしているから、他の家も頑固だなと呆れる反面、信頼が措ける対応だと評価している。一度でも当主をやった人間が言うのだ間違いない。


「もういい加減に封書を開けましょうや。待っているのも退屈で仕方ねえ」


 事が始まる第一声。肘をつき、野太い持ちくたびれた声。候補者の何人かが不覚にも共感してしまいバツの悪い顔をした。その声の主は自分の叔父でもある銀堂浩司ぎんどうこうじであった。


 銀堂浩司は父の兄にあたる人物で、前回の当主争いにも参加しており、あと一歩で当主の座に就けたが、例の奇襲攻撃を受け、そのチャンスを掴み損ねた苦い経歴を持っている。周りからは威厳だけは二人前だと評価を受けていて、それは腕ではなく拳の方であって気に入らないとすぐに手を出すから、身内でも友好的に接する人間はあまりいない。


「確かにそれは事実ですが、叔父上。そう捲し立ても結果は変わりませんよ」

「あぁん、ソラマメのクセに一丁前のこと言いやがってよ」 

「やめてください、その言い方は。私にはミナトという立派な名前がありますんで」 

「チッ可愛くね」と、叔父はさらに姿勢を崩す。


 毅然とした態度で反抗したのは銀堂湊ぎんどうみなと。父の弟の息子。つまり、自分からしたら甥にあたる人物。基本、素っ気ない態度を取るのだが、話してみると意外と饒舌で親しみやすく、自分の兄貴と同い年という縁もあってか、自分としてもしゃべりやすい。何か相談事があるのなら一度聞いてもらうと良いと、下の年代の者からの支持を中心に太鼓判が押されている。


「まあまあ、そんな睨み合わなくとも、腐っても我々は同胞なんですし仲良くしましょう、ね」

 

 次に口を開いたのは男系の血筋の代表の銀堂宗谷ぎんどうそうや。普段は分家の家で実務や祀り事を行っている。周りからは節度ある人間といわれていることは一つの評価として、個人的にはたまに見せる野心家的な面構えは怖いところがある。


「うるせえ!遠縁のガキがガタガタ長広舌なことを語るんじゃねえ!」

「うるさいのはあなたの方よ。浩司君」と、女性の声。


 彼女の名前は銀堂花音ぎんどうかのん。女系の血筋の人間にして代表者。なぜこのような表現にするかというと、別に家としても差別しているわけではないが、何故か女性が当主に成らないという謎のジンクスがある。そのためなのかは知らないが、決まって成る意欲は見せるものの、根っこの立場としては特等席に座っているだけというスタンスを取る。年齢の方は控えさせてもらうが、口調で察してもらえたら幸いだ。


「そうですぞ、浩司の旦那。そんなに慌てていると掴める物も掴めませんぜ」

 

 軽いヤジを飛ばしたのは雑用を務めるジェントリー飛鳥。銀堂家の一族ではあるが、『ジェントリー』つまり継承権を持っていない人間のことを指す。いくら、継承条件が緩い家とて、神様と相性が合わない人間が一定数出てしまうことがある。そうなった場合、分家で仕事をして過ごすか、外で一般人として生活するかのどちらかに分かれることが多い。


 が、その立場を利用して重要催事や会議などに勝手に参加し、今回のように雑用を行いながら現場の状況を中継するという、うまい立場を得た傍観者ジェントリーも存在する。 


「だってよ。暇すぎて叫んでねえと、フッと手ぇ出しちまいそうでさあ」

「その気持ち分からなくもないですが……」

「ケッ」

「はあ、まったく男って生き物は……」


 一方そのころ東雲健吾は空間の威勢に気圧されて何も言えず鼻白み、苦虫を潰した顔でこの状況を眺めることしかできなかったそうだ。


 かくして広間には候補者五名と傍観者二人が揃い、実質一名候補者一名が遅刻という素人目にも不利なのが判る状況がそこには出来上がっていた。


 その状況を見て一誠は大きくため息を吐き「どうせ君たちは当主を発表したところでドンパチ始めるのだろ」と片手で顔を覆い深くうなだれた。


 現場にいた人間たちは、最初我々の愚かさにうなだれていたのであろうと鼻で笑っていたが、後に自分が到着してから発した言葉によって、事の重大さに気付き状況をひっくり返すことになるがここは伏線として引いておく。


「それでは発表します。次期銀堂家当主に就任するのは―—銀堂、遊学様、です」


「遊学が!」と、さっきまでだんまり決め込んでいた健吾が一声を発し。

 一拍をおいて「あのボケナスが!」と叔父が放ち。

「フッ、マジか」と湊が不意を突かれて吹き出し。

「あいつ、成る気なかったはずでは!?」と宗谷は唖然。

「ずいぶんな大番狂わせじゃねえか」

「アハハ!これは面白くなってきたわね」と花音は口を押え笑った。


 居間にいる身内の耳にもその情報が届き、そちらでもひとしきり騒いだ後、皆は次のアクションを待った。

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