家督争い
死が纏う運命
当主に成るよう説得されて数日後。一週間後には本家から出て行くことを念頭に自室の荷物を少しずつまとめ、次の住居を探しに行くついでに隣町を散策していた。
引っ越した後は自分の名前らしく遊んで暮らそうと妄想を膨らませていた。が、その矢先、高校のころから親交のある医療関係の友人から唐突に電話がかかって来て、親父じゃなかったから、のほほんとした軽い気持ちで出てみたら「ゆゆの親父さんが危篤状態だ」と、切羽詰まった声で知らされた。一瞬「冗談だろ」と、心配をしてない声を洩らしたら間髪入れずに「何でもいいからさっさと来い!最後かもしれないんだぞ!」と、怒鳴られた。
話が終わって電話を切り、周囲を見渡して乗れる公共機関を探した。この状況を見計らっていたのか、偶然にも傍に個人タクシーが寄って来て、窓を下ろし「なんだか慌てているようですが、早い足とか要りようで?」と、都合が良い事を言って来るから、一度鼻を鳴らし「じゃあ、病院まで頼む」と、要望してすぐさま目的地へと車体を走らせてもらった。
まともに生きていれば、親が先にあの世に逝くことは言わずもながら。もし、そんな事態が起きたらだらしない死に顔を見に行ってやろうと考えていたが、いざその時になってみたら、いくら悔悟の念もない薄情な息子であっても多少たりとも焦りは出てくる。
理由なんてものは後付けだ。だらしない死に顔を見に行くためとか、最後くらい顔を出すべきだとか、人間としてでも何でもいい。だって、やってしまったことについて、納得するのは思い出すよりも後の話しなのだから。
でも、その選択は『銀堂家当主に成ろうとしている人間』にとってはあまり良い判断とはいえない。第一報から続く、第二第三の情報が本家や分家の親族に伝わり、現在やっている仕事を放棄してまで、本家の大広間に集まり始める。候補者となれば、その行動の速さは予知レベルに達する。
この考えが過ったのは病院を出て行った後なので、深堀のほうは後回しにする。
目的地に着き、お釣りを貰うことも惜しんで病院に入った。さきほど電話で会話していた友人がいて、急務であることを理由に、受付も待ち時間もなしに病室に案内され、父の容態を確認することを許された。
そこには担当医師と助手の看護師。そして、亡くなった父の手を握り続けている母の姿があった。自分が来たことに気付いた皆がこちらを向き、医者たちは「手は尽くした」と言わんばかりの殊勝な顔をし、さきほどまで泣いていたのであろう母は毅然と振る舞ってみせていたが隠しきれていない。
「容態は?」ことの通過儀礼のように淡々と自分は訊いた。
「残念ながら、脳卒中による心肺停止でお亡くなりになりました」と医師も淡々と答えてくれた。
「ありがとうございました」と続けたお礼を言って、横たわる父の元へ身を寄せた。
死人の意志か、それとも死が持つ引力そうさせたのか、不謹慎ながらもどうしても本当に死んでいるのかどうかの確認したいという好奇心に似た衝動に駆られ、跪つき、母が握っていた手を譲ってもらい安否を確認した。
母が握っていた体温が失われて行くのを感じ取りつつ、まるで先ほどまで生きていたんだぞ、と主張するかのように微かな体温が伝う。この日は三月下旬の時期でもあって肌寒く、自分の手は目の前にいる死人の手よりも冷たかった。それによって生命の残り香を感じることができたが、反対に寄りどころを失った生気は緩急がついた水のように手先を伝い、静かに熱を霧散させた。
時に直すと数分くらいの出来事であったと思う。だけど、死者と生者が交差するこの場では、悠久とも呼べる悔いのない時間が流れていたと感じる。
その中で『二度目は来るんじゃないぞ』と幻聴か、それとも思い過ごしかは解らないがそんな𠮟咤のような声が聞こえた。その声の主を確認しようと父の口元を見たが、動いた形跡はない。
やがて父の主張は止み、自分の手よりも固く冷たくなっていた。その瞬間、何故か心の底から笑いが込み上げてきて思わず笑ってしまった。
「ア、ハハッハ……親父。……この時のために自分を呼び付けたのかよ。……ふざけやがって!」ほぼ呆れた感情を抱えた嘆息の声をあげ、隣で母が何かを言いたげそうな表情をしていたが一蹴するようにスクっと立ち上がり、
「時間がねえ。行って来る」と当主に成る覚悟を決め、非情にもその場を去った。
駆け足で病院から出て行って、すぐさにタクシーを探した。外気で少し冷静になって、母には酷いことをしたなと罪悪感を抱いた。が、その憂いをかき消す形で自分の目の前にタクシーが一台停車し、客席の自動ドアが開いた。
「お客さん。お釣りの分、もしくはそれ以上の需要ってありますか」と、場違いにもキザな勧誘を受けたので、思いかけずニマリと笑って「ああ、戦地まで頼む」と承諾し車に乗り込んだ。的確な目的地を言っていないはずなのに察しが良いのか、銀堂家本家に向かってくれた。
道中、運転手が「流石にまた門にぶつかってくれとかいう依頼は受けませんけどね」と懐かしむような発言をしていたから、全く変な因果を寄こしてきたなと、ほくそ笑む父親の顔を思い浮かべると共に、改めて気を引き締め直した。
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