影打ち襲来

 本家でそのような話し合いが繰り広げられている時間。まだ自分はタクシーに揺られていて、その車内で自分はとある感慨の思いに耽っていた。


 つい数時間前まで当主に成る事など視界にすら入っていなかったというのに、今や父の遺志を継ぎ、当主に成るため家路を急いでいる。


 何とも可笑しい状況に自嘲しながらも、心の奥底では情熱の釜を煮や続け、到着の時を待つ。きっと、到着した瞬間に少しでも衝撃が加わることがあれば、一瞬にして感情が突沸して、一時的にも自我を失いかねない。


 ふと顔を上げると目前までに開け放たれた、あの門扉が見えた。


「人生で二度もあの門まで人を連れて来るとは……嫌な因果といいますか、カルマとかいうんですかね。二十年経てもあのときの気持ちは色褪せませんよ」と、ここにも自嘲する者がいた。

「……そりゃどうも」


 門の前に降り立ち、あらためて門扉を見上げる。この後待ち構えているのは、かなり面倒なことが待っているということは頭にあっても、どうも実感が湧かない。門をくぐり、あの日のように玉砂利の空虚な音が響くことはなく、サクサクと本来の音色が鳴り、やがてその速度を増していく。


 この時の自分は、無我の境地というべきか。ただあったものと言えば「どんな手段を使われようともすべてをねじ伏せる」なんていう数日前には考えられない空炊きの感情だけが居座っていた。


 時を同じくして大間では、後釜をやるのは我だ俺だ私だと多くの議論が重ねられていた。隣の座敷ではいったい誰になるのかと、住んでいる一同、いつも騒がしい子供たちですら、黙ってシンッと結果を待つ。


 そこに突然、パッシと襖が開く音が皆の耳をくすぐった。


「遊……」誰かが名前を呼びかけたが、皆すぐに言葉を吞み人外を見るかのように自分を見つめていた。


「やっているところは向こうか」


 うんうんと中堅たちは頷き、その先の道を皆が空けた。そこをスタスタと闊歩して大広間の襖を開ける。瞬間、議論の声は止み一気にこちらに目線が集中して、体感五秒ほど時が止まったのかと感じた。


「遅かったなクソガキ。母ちゃんのおっぱい出も吸ってるのかと―—」叔父が煽り文句を言いかけたが、座敷で待つ人間同様に黙り込む。

「ゆう?」本物かどうかと疑うような発音で健吾は戸惑い。

「その手使われたら、勝てませんよ」と、宗谷は白旗を振り。

「彼を選んだのですね」と、花音は微笑み。

「狂っていやがる」と、湊は感嘆のため息を吐いた。


 自覚というほどではないが、自分も誰かの皮を被ってその場に立っているかのような異様さはあった。健吾から聞いたところによると、現人神でも見せられたような言葉を欲さないオーラを身に纏っていたそうだ。


 非科学的なと、当時の自分は自身でありながらも思っていたが、科学以上の世界を見せられた以降はその事象に対して腑に落ちている。


 静まっている現場を三秒ほど眺める。その中で一人、顔を鬼にして立ち上がりこちらに迫ってきた人物がいた。


「おい、今頃何の用だ。遅れて来て挨拶もないとはよお」


 口調からバレていると思うが叔父だ。メンチを切り、引き下がらないぞという意思がひしひしと伝わってくるその眼光は、やはり兄弟というべきか最後の時の眼光によく似ていた。その発言に何か反応しようと口を開い――た。


「二つほど質問は良いか」と、勝手に叔父の発言を無視した問いを発せさせた。


 叔父を五センチほど手で避けさせ「御剣殿。遺言書には誰か家督を得る多と書いている?」と、淡々と質問し、したがって御剣氏は「銀堂遊学様に付与されていると、綴られている」と、回答。


「そうか。では、わたしの候補席は何処かな?」

「あ、今から用意します」とジェントリーが動いた瞬間に「必要ない!」と、叔父の怒声が飛ぶ。続けて「いいかさっきも言ったが、遅れた挙句、挨拶もなしに入ってくるわ、当主に成る気もない奴が気取っているんじゃボケ!」と、最もなことを言い付けられた。


 事実そうだ。ほぼ復唱だが、いくら父の最後を見届けに行って遅れたとはいえ、時間厳守もできないわ、あれほど当主に成りたくないといってきた人間だ。そこには全くの異論はない。けれど、何考えているのか『銀堂遊学』は「確かに必要ありませんね」と、一言断りを入れ、勝手に前に歩き出しドッサと当主の席に鎮座し「席はココにあります」と、半ば強引にことを進めた。


「何考えているんだ!」と、もちろんブチギレて来た叔父に対し「叔父上。暫定でも、わたしが当主であるということがどういう意味か解りますか」と、問いを投げかけ叔父を制止した。


 叔父は歯が欠ける音を立てながらも引き下がり、候補席へと戻った。


「皆いろいろと訊きたいことはあるだろうが、先に自分から報告したいことがある」と、自身は意向を示した。

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