苦手は恥だが捨ておけ

「そ、そうなんだ。へえ~」

 人生で調子に乗ることは何度もある。その時見えるビジョンというものは甘美なもので、無意識なうちに不用意にかぶり付いてしまい、地雷を踏みぬくことは多い。途端に現実の爆風に呑まれ、ビジョンが崩れ去ったとき、人の知性は最低まで下がってしまう。そうなると、


「じゃあ!何を買ってくれば良い?」と、彼女のように素を出してしまったり、今まで付き合ってきた一部の女性のように、開き直って暴言を吐き散らしながら癇癪を起こす。彼女の場合、相手のことを気遣うことがデフォルトのため、要望を聞いて来たわけだ。


 たまにこの現象において、これが本性だと勘違いするアホがいるが、あくまで相手に対する好感度をもとに放ってくるものだから、悪く思わないことだ。


「それじゃあ、あのビンのリックルで頼む。あれは、ゲーセンの一杯に最高なんだ」

「わかった!」と、その場から逃げるように買いに行った。


 人の性格にも寄るが、また同じことをしてもらうには要望と理由を掛け合わせることで、また同じことをした時、フラッシュバックして勝手に買ってきてくれるようになる。ただ、乱用するとその流れを切ったとき、好感度が地に落ちる場合があるから注意する必要がある。


「はい」

「ありがと。これを飲むと気分が良いんだよ。消化できる酵素とか菌がいるからな」

「なるほど、なら、キスしたらそれが獲得ができるということかぁ」

「……」自分は思考が一時停止。

「……」カナは目をパチクリしながら、何かおかしなことを言った?と顔を傾ける。


「初めてのデートでキスを求める奴がいるか?」

「……確かに初めてのデートだ。もう、数年くらい一緒にいる気分になってた」

「まったくよぅ」とは言いつつも、自分も少なくとも三か月一緒にいる気分になっていたことは事実なので強く彼女に言い寄ることはできなかった。普段なら唾を吐いてたところだ。


 休憩も済み、店舗を出た。外に出たと自覚させるみたく、天蓋付きの街道を道なりに風が吹く。その風は心地よく、ゲーセンでかいた汗を乾かす。

「次どこ行こうか」


 彼女の声で我に還り、欲望を口に出す。

「そうだな。腹減ったから屋台通りにでも行くか」

「わかった」と了承をもらいその通りを目指す。


「てか、靴は大丈夫なんか?待ち合わせの時から気付いていたが」

 結婚後に真相を知ったので納得しているが、この時は事情も知らないので気になって仕方なかった。

 カナは質問に動揺してか、靴の擦れ方が問題か、覚束ない様子だ。

「えっと……何か食べる前に靴買ってきて良いですか。十五分で帰ってきますので」

「ああ、ああ……」


 女性の買い物は時間がかかると覚悟していたが、カナが行ったのは近くに店舗を構えていた肉体労働御用達の作業服店に入り、十分も経たずに出て来た。

「お待たせしました。行きましょう!」

「はは、いつもあの店で買ってるの?」

「はい、確かに先入観でダサいとか思うかもしれませんが、最近はレディース向けの物もあるんですよ。それに、シンプルにヒールよりも歩きやすいし」

「そうなのか。意外と作業服店も進化してんだな」


 後日、店舗が気になり調査にいった。彼女が買ったであろう作業靴(スニーカ型)は三桁で購入できるシリーズがあって思わず価格を疑った。最初はどうせ安い物の銭失いスペックだと思ってたのだが、これで過酷な工事現場で三か月も持つとか、知らないところで世界は変わったのだと実感した。


 話を戻し、ふたたび目的の道を目指す。彼女は話を振らない限り喋らない。何人もの女性とデートをした経験として、通常は雑談したり、腕をつかまれながら歩行するという面倒な行動をさばいたりして道中を歩くことが多数ある。しかし、彼女は変に媚びても来ないし、触れてこない。さっきの靴を買いに行った時もお金をせびらず、自己解決してしまう。自分か金を持っていると判っていながらだ。


 後に聞いた話。ゲーセンに行く前、手を握った瞬間にこの人あまり触れられるのが苦手だと判り、なるべく直接触れないようにしていたとか。確かにあまり触れられるのは得意ではない。正直ベタベタする人間は苦手だ。そのことが解って、行動に移すのだから、彼女は優秀だと思える。


 お互い黙って歩き目的の通りに着いた。


『屋台通り』というのは昔の名残でその名の通り、三十年ほど前は屋台がたくさんあり、昼は若者や子供が喜びそうなクレープ屋さんや駄菓子屋、給食のパン屋さんなどの露店が並び、夜にはおじさん方が好きなラーメンやおでん、酒盛りが有名だった。

 現在では、シャター店舗の空きを利用して、お試し店舗として格安で期間限付ながらも運用されており、店舗の代謝が早い。これにより、実店舗への流入や最新のトレンドを汲むことができ、ネットが発展している今でも来る人は多い。当時も同じだ。


 真新しい店がひしめく情景を眺めている時、不意に目線を感じた。視線の主は隣にいて、目を合わせようとすると誤魔化すように周りをキョロキョロと見渡す。

「興味あったら言えよ」と視線の主を諭す。

「わかった」と反応を返し、探索を続行。


 彼女の靴の買い物以上には歩いたことだろう。一向にその気を見せない。と、思えた瞬間に「あのお店にしよ」と、横断歩道先に角店を構える唐揚げの店だった。

「から揚げか。運動してたんぱく質を望んでいたから丁度いいな」

「そうね」


 実は、カナは唐揚げという気分でもなかった。というか、選ぶ気もなかった。見てたのは自分の目線で、冷静に物事を見れるし感性も似ていたからその判断力に頼り、店を選んでいたそうだ。


「へい、いらっしゃい!」と、陽気な男性の声。聞いた瞬間に、顔が渋くなった。

「お前がこの店やってんのかよ。祭囃子まつりばやし

「知り合い何ですか?」当然の質問がカナの口から出た。


「ああ、祭りの最中に仕事押し付けて行ってどっか行くお騒がせ者だ」

「そんな、サボり魔みたいに言わんといても」

「事実だろうが」

「しゅんー」と絵文字が出てきそうな声をして、さらに自分の目元の皺を深くした。


 このお調子者の名は祭伊豫まつりいよ。高校時代、祭行事に参加したら基本いて、自分に取っては疫病神みたいな男だ。


 なぜそんなことを言うと、店をやっているところに行ってしまうと決まって、彼の身の回りでトラブルが起きて「店を頼む!」と言ってどっかに行ってしまう。冷徹に知らないと無視しようとしても、その店を中心にして自分以外に不幸が降り注ぐ現象が起きるから、仕方なく一緒に来ていた人間たちを巻き込んで店を回すことになり、いつの間にか、自分が店主としてタコ焼きなどを焼く羽目になるという因縁がある。


「なんか、仲良さそうですね」

「へへ……」苦笑の笑みしか出せん。

「つうか遊学、隣にいるのはお前の嫁さんか?」


「……」質問になぜか戸惑ってしまった。ゲーセンでのカナの発言や思いがセットになっていたからか、自分もう既に彼女と結婚——までは言ってないにしても、その候補の感覚になっていたからだと、今は推測している。


「そうですよ、というのは冗談で今日は初デートなんです」と現実と助け船を用意してくれて「ああ、デートしているからてめぇの手伝いはできないからな」と切り返すことができた。


「へえ、それはどうかな」と、不穏なことを言い「もしそうなっても、手伝うから安心してください」と、いらない気遣い。ただの悪乗りか。

「冗談でも、話に乗らないでくれ」と一息代わりにため息をついた。


「で、どんな唐揚げがあるんだ。ご主人」

「そうだね。うちは『かける』唐揚げ屋だからその具材に合わせて用意するよ。片栗粉を使ったカリッと食感のヤツの上にマヨネーズやチリソースをかけたり、衣を薄くして、肉本来の味を生かしておろしポン酢とかな」


 聞いているだけで美味そうだ。こういう謳い文句の高さは評価に値する。なんだかが、気になった点があり、おかしな点を指摘した。

「さっき片栗粉を使ったと言ったが、それ唐揚げじゃなくて竜田揚げじゃないか?」

「ブッハハハ」と店主より先にカナが笑い出した。続けて祭囃子も笑い出し、またもや変なこと言った感、くわえて疎外感も感じた。


「なんかおかしなことを入ったか?」とカナに訊いた。だが応えたのは「そりゃ、彼女も笑うだろうよ」と、プロの意見が手向けられた。

「どうゆうことだ?」

「ユガ、別に最近は唐揚げに片栗粉を入れるのは珍しくないんだよ」

「その通り、さっきも言ったが食感をよくするために入れることも多いんだ。いわば、鳥は鳥でもスズメやツルがいるような括りで唐揚げになってんだ。今回はこちらが上手だったな遊学~」


 二人のコンビネイションで攻められ、自分の武器で殴られたら愚のでも出ない。からげ業界も変化しているのだなと、感銘さも受けるがやはり悔しいところがある。

「そうか、納得した。だが、片栗粉が使われているなら竜田揚げという!」

「フフ」

「相変わらず、お前は頑固だな」


 結果、自分は竜田揚げにおろしポン酢を付け、カナはオススメにあったマヨチリに衣薄の唐揚げを頼み、包んでもらった。


 熱いうちに食べようとなり、街道の中央に設置されているベンチに座り、各々で頼んだものを食べた。

「おろしポン酢食べてみるか」と、ようじに刺し与えようとしたら、カナはバツの悪い顔をした。

「どうした?」と続けて訊いたら。

「いや、その、あの、あたし、おろし系無理なんだ。酢の物も苦手で……」

 意外だった。蜂の子ご飯が食べれるから何でも食べれる人間だと思っていたが、苦手な食べ物があると知り、彼女に人間味が増したことに笑みがこぼれた。


 彼女のいわく、おろし物のシャバシャバした食感が嫌いで、かき氷でもその感じになったものは食べないんだそう。だから、過失じゃなければ赦すが、知って無理やり食わせようとしたら、平手打ちじゃなくてグーが飛んでくるから注意が必要だ。


 その喜びの笑みを勘違いしてか、怒りで武装し、怯えた声低い声で「あたしを脅す手段に使うんじゃねえぞ」とドッスン釘で打ち付けられた。


 並みの人間なら怯えてしまうのだろうが自分は、母の威を静めるのに慣れていたからか、心のドッスン釘を抜き去り「その手段を使わせないように、対応してくれ」と釘を預け、与えようとしたおろしポン酢唐揚げを口に運んだ。


 まだ信用ならないのか。次、口に頬張る予定だった。おろしポン酢以下略を奪い、えずき停止しながらも口に入れ、我慢して頑張って飲み込んだ。


「ど、ど、どうだ。克服したぞ、ウッ」

 ならもう一つ食べるかという悪戯の仕返しが思いついたが、大人げないと思い自制し、諫言程度に留めることにした。

「たっくう、苦手は悪手でも、食わぬがベストだぞ」

「あい……」


 

 

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