礼儀とは言葉なき言語

「おい!貴様ら!うちの子供たちに何をしてくれたんだ!これは国際問題だぞ!」


 今の時代ならため息が出る言い分だ。けど、もしそれをやっていたら今ごろ、歴史は変わっていたと思う。なにせ被害を与えた人間は名前を聞けば、諸外国の上流の人間ですらビビり倒す相手だったからだ。おそらく、諸外国の人間の心中としては「終わったな」とこちら側を憐れんだだろう。


 その状況下で親父は平然とその一族のトップに対し、ジェスチャー付きで「うるせえ」と相手の国の言葉と親指で首を切る動作をして、真顔でありながらも凜とした姿勢を取り、怒りの意を表明した。


 落ち着いた母は親父の背後にいる、親友の後ろで絶望的な顔をしていた。しかし、親友に一発シバかれ「堂々としてろ。何よりあんたの愛した男を信じてやれ」と発破をかけて、気を持たせてくれたという。

 

 もちろん、先方はその言葉とジェスチャーに腹を立て、思いつく罵詈雑言を飛ばし、先方は先方の怒りを露わにした。


 親父は三秒ほど間をおいたのちに「先に失礼な真似をしたのは、あなた方でしょうに」と発し、次の相手の反応を待つ。


「確かにこちらから手を出したのかもしれません。しかし、真の被害を被ったこちらに対して謝罪の一言もないのか、愚民」

「ありませんね」と表情を変えずに親父は真っ直ぐいった。


 この言動にまた怒りを露わそうとしたが、向こうも能力がある貴族、一度呑み込みその理由を聞く態度を取った。


 その行動を見て一度小さく礼を入れ理由を述べた。


「人との交流や国際社会においても、言葉は大切なものです。並びに礼儀も言葉なき言語として大事なものであると認識しています。それは先方も十分すぎるくらいに理解されていると思われます。それ故に我々はこの場から引けません。もし、我々が引くことになれば、先方にも迷惑が掛かると考えたからです」


「ん?」その場にいた六割は首を傾げる反応をした。


「続けてくれ」と、一族トップは要求。


「どうしてかといいますと、あなた方を情報弱者であることをこの場で発表するようなものですから」

「……情報弱者だと」

「おい、お前は黙ってろ」と、トップは背後にいた人物に言い放ち、その者は一度は引き押し黙った。

「続けてよろしくて」

「ああ」


 多分この時点でトップは気付いていたはずだ。もう既に相手の手の腕で転ばされていることを。そのため即座にせがれの言動を止めたのだ。


「先ほど貴方のご氏族が発したとおり、晒すことになれば今後のあなた方の取引にも支障が出るかと思い、なるべくその言動を抑えているのですが……そちらから何か言うべきことがあるのでははないかと、認識してるがいかがでしょう」


「…………」


 トップが詰まるのは真っ当だ。先ほどの状況を見ていたからなおさらだ。先ほどの人物が心中を察していれば、首の皮一枚繋がっていたはずだ。だが、それが分らなかったせがれは、こちらの平静を装った姿にご立腹だったのか、トップを押し退けて代わりに最悪の選択をしてしまった。


「てめえ!何様のつまりだ!先に無礼なことをしてきたのはあんたらだろうが!我々はこの場で皆がやっていることを普通にしただけで、それで勝手にキレたその貧相な女が暴れて、この場を穢した。先ほど情報弱者と我らに向けて言いましたが、あんたらこそ碌な教育していない真の情報弱者はあなた方ではないのではないか!このような無礼な者を野放しにすれば国際秩序も脅かされる。そうならないためにもここで、即刻この場からの退去と損害補償と我々への侮辱罪として賠償金を請求する!」


 ほぼ全員が冷や汗をかき黙り込む中、ひとりの人間が「はあ~それって君達が払うということでよろしいのかな」と聞きなれた言語で話し、その先方に問う。


「なに?」先方のせがれは苛立ちを隠さずに言う。


「まったくですね。どこまで無作法で、無知な態度を取るのですか。ホントに上流階級の貴族ですか」と同じ言語で無能だといわんばかりに啖呵を切ってみせる。


「貴様ら、何をしているのか分かっているのか」


「ええ、分かってますとも」

「もちのろん」


 そういって、銀堂家の一味が揃う傍にやって来た。

 

 最初に意見を発した人間の名は『御鶴樹誠司みつるぎせいじ』。後でも登場するから説明はほどほどにして話を続ける。彼は『御鶴樹家』という銀堂家も所属している『八紋会』一角であり『書壇関係なら御鶴樹家に送っておけ』と言われるほどに信頼が措かれている名家のひとつで、その当時の当主。そして、もう一人も同じく『八紋会』の一角にして、『小さき狂犬部隊』と恐れられる『天音家』にしてその当主『天音麟太郎あまねりんたろう』が加勢に来てくれたのだ。


 その加勢に、銀堂家当主は「これじゃ、国際問題まっしぐらだな」と苦笑い。


「水臭いことをいうではない。お前らが潰れたら歴史の汚点になるからな」

「はあ、心にもないことを」と麟太郎は呆れた口調で誠司にツッコミを入れる。


「クズどもが……」相も変わらず、先方のせがれは鼻息を荒くしてこちらを睨んでいた。そのころトップは最後のチャンスだと思って、発言権を戻そうとしたがそれはもはや手遅れだった。


「おい、麟太郎。我々に楯突く意味あが分かってんだろうな」

「すみません、あなたの祖国の言葉がわからないので通訳を通してもらえますか」と先方本国の言葉を使い煽った。

「今までの厚意を無駄にする気か」

「イエス!」

「この無礼者が!」


 その時の顔はゆで揚がったタコのようだったと、ご本人は笑い転げながら語ってたから相当なものだったんだろう。


「流石ですな『貴族の名』殿。無礼を言わせてみればピカイチですね」と御剣当主は今度は煽り、「なんだと」と惹きつけた上で「ちゃんと私達は、無礼という名の礼を尽くしているつまりですが」


「はあ?」


 先方のせがれは何言ってんだとポカンとしていた。トップは顔面蒼白となり機能が果たせなくなっていた。


「もういいだろ。銀ちゃん。そろそろ潔くとどめさしちゃいな」

「はあ~麟太郎にここまで言わせるほどの愚か者だったとはな。説明してや――」


「いい加減にしてください!」と突如、テーブルを叩き立ち上がった一人の外国人がいた。その者はのちにその国の英雄といわれる人に成る男だ。もしその人間がいなければ本当に国際問題になっていたかもしれない。


 その男は『ディーガル・リバティ』と名乗る人物で、その先方と同じ国籍を持つ中流階級の貴族。地位は先方と比べて低いとはいえ、それなりの地位があったことにより国際問題にしようにも不十分な歪みを生んでくれた、まさに英雄だ。


 現在では国籍を変更し『国際商業機構』の一派を担う『エウレカ商会』の重鎮として活躍している。


「これ以上、祖国を辱めるのはご遠慮いただきたい」

「ディーガル、てめえ何のつもりだ」

「もう負けてることに気付いてください!」

「はあ?」と険しい顔をしながらまたポカン。


 堪えられなくなっていたのか。一部諸外国からもため息の声が漏れる。


「何がおかしい!」

「銀堂殿。わたくしめに説明をさせてもらってもよろしいでしょうか」

「かまわんが……イヤな役をさせるな」

「滅相もない」


 そういって、リバティ氏からこの争いの仔細を語りだした。


「いいですか。あなたはさっきから相手の礼節に漬け込み、無礼な行動を取り続けているのですよ」

「それがどうした?」


「それがどうしたかではありません。相手の国の礼節も知らずに踏みにじるということは、自らの尊厳を踏みにじること同じです。もちろん、理解の不足で不本意にも踏みにじる場合はあります。ですが、あなた方がやっていることはこの場の悪習を利用して、私利私欲のために相手を辱めた!」


「…………」と真顔でせがれは黙って聞き続ける。


「その行為に対し彼らは、わざわざこちらの礼節に則り対話に応じてくれたというのに、あなたは相手の意向も汲まず侮辱するばかりで、自らの行動を改めない。それに相手がどんな人間か知らずに接し、挙句の果てには見る目もなく、力量もわからずに襲って返り討ちに遭ってる時点でもう完全に負けてるんです。したがって、いくら貴方が足掻いたところであとは恥を晒し続けるのみ。だから周囲からも失望のため息が漏れるんです」と覚悟と威厳のある姿勢を見せつけ語り抜いた。


「そうか、てめえの言いたいことはよく分かった。今日からここにいる人間との今後の取引はなしだ。文句があるなら、全員を巻き込んだこいつに――」


「――もうやめろ。皆すまなかった」

「はあ?」


 やっと口を開いたトップの口から謝罪の声。そのまませがれは再びポカン。


 リバティ氏はその隙を見計らっていたのかすかさず「構いませんよ。貴方の宣言通り、今後の取引はなくて良いです。むしろ、こちらからお願いしたいほどですよ」

「なに⁉」

「知ってますか『せがれの名』殿。貴方が相手している国では、小指は約束事の象徴であると同時に、負傷した場合、その手の力が半減するとか」

「だから、なんだっていうんだ」

「要するに、指折りのクズがいるような穢れた連中と一生取引をする気はないと、口にしていませんが言ってんですよ」と、言い放った。

「おい、それがどういうことかわかってんだよな。大口の取引相手がいなくなるんだぞ!つまり、てめえの資金源のひとつが――」

「心配いりません」とリバティは微笑み「これからは、人にも国にも無礼者にも礼節を重んじる銀堂家とお付き合いさせてもらいますので」と、その上流貴族にとどめを刺し、鬼の首を獲ったような表情を浮かべ、そのまま新規契約に移行。


 親父はその表情を見て、随分おごり高ぶった交渉を吹っ掛けやがってと笑いながら「彼のように失望させないよう努力はする」と簡素に返事をした。以降、うちの大口取引相手になっていることは言わずもなかれ。


 その後一件一件、先方との取引相手はいなくなり、気付けばその上流貴族は祖国からも除外され、一族もろとも散りじりになってしまった。そのうちの何人かが恨みで自分個人にちょっかいを掛けてきたことがあったが、友人たちがオモチャにしちゃって今はどこで何をしているのかは知らない。


 一点補足として、なぜリバティ氏これほど大口を叩く行動に出たか。それは将来、彼の妻になるスラム街育ちの淑女を想った行動であったようで、もしここで進言しなければ近い未来、母と同様の被害に遭いかねないと想像した結果、ここで個の悪習慣を断っておかねばいかないと思い、あのとき決起したそうだ。


 事件が起きた直後は各所から「余計なことを」とバッシングを受け、貴族をやめることになったそうだが、後世においては「まさに英断だった」とか「祖国のメンツを守った」などと称され、祖国の王自ら「また帰って来てくれ」と懇願され人間の立場となっている。全く都合の良い話だ。


 振り返ってみてこの事件で得たものはかなり多く、主催する側も礼節や文化に配慮し、着物など国独自の正装の認可が良識範囲に拡大され、服装の自由が保障されるようになった。他にも女性でも世界を変えられることを証明したひとつの事象として祀り上げられ、女性の人権運動が活発になったなどの影響が出て、少々海外では反響を呼んだそうだ。


 一時、その事件が本当か嘘か知るために、同様の被害を仕掛けるバカタレがいたそうだが、そのたびに母は対象を投げ飛ばし、伸びた鼻と指をへし折る。その快感に味を占めてしまったのか、母のキレ度合いで指を折る本数が増えていったそう。


 その被害に遭った人間は偶然か必然か、決まって衰退の一途を辿っていき、失脚することから、小指を折られ生命線を断たれることを『銀堂の指折り』と称するようになり。世間からは尊敬と畏怖の念を込めて『パンジャガール』と呼ぶように。


 現在では定着してしまい本名より有名になってしまったが、母は第三者がいう名称ですからと容認し、何事もなく使用を認めている。 

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