パスタ専門店 シャ・ゴーレ

「シャ・ゴーレ……」


 ボソっと相坂の口から店名が聞こえた。


「読もうとしても無駄だぞ。意味はない響きだけの店名だからな」

「……そうよね」と苦笑い。


 初見ではその苦笑いは、読めないものを必死に読もうとしたことに悔しい想いをしているのかと思った。なんだけど、後からこの店が生まれた経緯を改めて知ったとき、その苦笑いの意味合いが変わった。一応の伏線として引いておく。


 店内に入って「いらっしゃいませ、遊学様」と男性のウェイトレスが応対し、対面席に案内される。


 彼女は店内を見て、ソワソワしている様子。その絵面は、金糸雀が顔を傾げたときのような愛らしさあるなと、変に気がデカくなっていたと思う。今となっては意味も違うし、恥ずかしことをしたなと扇ぎたくもなるほどに熱い話なのだが。


「こちら、本日のメニュです」

「ありがとう」


 ウェイトレスからメニュー表を貰い、軽くパラパラめくる。彼女も同様にメニューを見て悩んでいる。その姿を細かく自分は観察していた。


 ボディーランゲージという言葉を聞いたことがあるだろうか。人の性格は動きに現れるという心理学的考え方だ。人によってはそのやり口が嫌いなどと言われることがあることは分かっている。


 自分としても腹が立つと思う要素があることは認めているのだが、それが好きだった異星人と付き合ってたせいで身についた能力だから、外そうにも発想が癒着していて、気が付けばその物差しで相手をはかる嫌味な癖になっていた。


「ご注文はお決まりになりましたでしょうか」

「ああ、自分は決まっているよ。相坂さんはどう?」

「……先頼んで、確かめたいことがあるから」と意味深なことを口にした。

「わかった」


 まさか向こうもボディーランゲージを見ようとしているのかと、どこまでもアホな自分がいたことは思い出すたびに殴りたいと思う。実際、彼女が観ようとしていたことは全く別のもので、彼女は伏線内容を確認するためにやっていたことだと、後々から理解した。


「スープはジャガイモのポタージュでパスタはグルテンフリーのカルボナーラ、食後にパンを頼む」

「……」


 グルテンフリーと聞いて相坂は目を細め、シラーとやっぱりだと言わんばかりに睨んできた。現在となっては当たり前に注文できる要素ではあるものの、当時としては健康オタクやマニアのみが指定する変わり種の注文だった。


 それが一体何なのかは各々に調べてもらうことにして、話を続けよう。


 淑女は大きくため息を吐き、ウェイトレスに確認を取り始めた。


「あのさっき、グルテンフリーとおしゃっていたんだと思いますが、食感の繋ぎに何を使っているんでしょうか?」と、普通はしない着眼点に自分は目を見張った。


 ウェイトレスも僅かに驚いた顔をしたがすぐに「米粉を使って補っています。そのアイデアを与えてくださったのはこのお方、銀堂遊学様です」と余計なことを付け加えて説明した。


 自分はその回答を聞いて鼻でフッと笑って対応したことは、叔父と張り合えるくらい傲慢なものであったと感じる。


 その態度をチラッと彼女は見て、何かを見透かされた双眸をぶつられたような気がする。そのあと調理法を聞いて、納得したようでやっと注文を出し始めた。


「わかりました。それじゃあ、スープはオニオンでミートスパゲティー、パスタはグルテンフリー食後にはパンをお願いします」とにこやかに答えた。

「かしこまりました」と了承し、ウェイトレスは厨房へと姿を消した。


「よくグルテンフリーなんていう存在を知っていたな」

「うん、最近の食品業界では有名な話だから」

「まあ、確かにな」


 もうこの時点で他の女性とは違うと分かっていた。理論的には理解できていけども、心の方では偉そうな女だとイラつきがあった。その感覚のズレが余計な一言を生み出した。


「本当に苦労したよ。米粉の割合を研究するために何度も食わされ―—」

「そういうの良いから」


 た、と言い切る前にばっさり切り捨てられた。最後まで聞けよと、反発しかけた。彼女は睥睨するレベルで睨んできて発言を制止してきた。でも、その行動からは温かさが感じられた。翻訳すると「柄にもないことをするな」と怒られたような感覚だ。


 高校以降、何でもできたからやる事に関しては怒られたことがなかった有頂天な自分と相俟って、かなりキツイ。


 自分が無理をしている?今ならのその違和感が何だったのか説明できが、当時の自分には理解し難いものだった。しかし、それが何かを識る機会を与えてくれたのは、まぎれもなく彼女、相坂要だったことには間違いない。

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