第43話 尾に纏わり付くは罪と後悔

「コン……」


今までに感じたこともない程に強大な妖力を発するコンにフウは驚いたような表情を浮かべる。

刺すようなプレッシャーを放つハクの妖力とは違い、コンの妖力は暖かくそして心地いい。


「フウ、翔を連れてここを離れてくれ」

「あとは僕がやる」


「け、けど……」


「頼む」


「……りょーかい」


フウは少し不満ありげな顔をしながら、翔を片腕で担いでその場から離れる。

コンはハクを睨むように見つめながら、ゆっくりとハクの方へと歩いていく。


「まさかとは思うが…」

「喰ったか!なぁ九尾よ!!彼女を喰ったのかい?!」

「私に勝つために!まだ助かるかもしれない彼女を喰ってその力を得たか!!」

「いい!やはり君は最高だ!!だからこそ、私は君の心の底からの絶望を見たいのだ!!」


ハクは狂気的な迄に笑う。だが、同時に異変に気づいた。


(傷が…癒えている…?)


あれほどまでに酷かった外傷が全てなかったことになっている。

神妖にはそんな力はない。つまりそれは凛が持つ妖術の恩恵なのかもしれないが、傷を癒す妖術など聞いたことがない。


「まぁいい。君の力を見せてくれ」


ハクは黄泉の冷気を操り、自分の身体の数十倍の大きさの氷塊をいくつも作りだし、それをコンに向けて放つ。

だが、コンに当たる前に大きな手のようなものに妨害されて防がれる。


「なに……?」


ハクは不審に思うがさらに数を増やし、放ち続け、最後にはここら一帯を更地にできるほどの大きさの氷塊を作り出す。


「防がれるのであれば、このまま消してしまおう」

「防げば君は助かっても、周りの者たちは死ぬぞ?」

「《冥氷めいひょう 神ノ鉄槌》」


迫り来る隕石のような氷塊にコンは目を向け、片手に金色の炎を纏う。


「僕を守れ」


コンの言葉に先程まで伸びていた腕がコンをまるで大事に抱くように囲う。

そしてコンはその中で氷塊に手をかざした。


「《陽炎ようえん 昇リ龍》」


金色の炎が氷塊に向かって飛び立ち、そしてそのまま氷塊を破壊した。

落ちてくる破片を全て溶かし、そしてまるで何も無かったかのようにもう一度歩き出す。


「黄泉の氷を溶かす炎……やはり、それは陽の力を宿した炎だね?」

「本当に神妖となったか……!」

「だが、その周りに纏うオーラはなんだい?」

「傷はどうした?」


会話ができるほどまでの距離に到達したハクはコンへと問いかける。


「……これは凛の妖術だ」

「凛がくれた僕に対する最後の想い…」

「名は《寵愛》。生涯を通し、最も愛した相手の自動防御、回復を付与する力」


コンがそう言うと、そのオーラは1人の女性のような形を象る。

まるで慈しむように、支えるように、愛するようにコンを守るように抱擁する。


「面白いものがあるだろうと思ったが、そこまで常識外れな力だったとはねぇ……」

「だが、寵愛…?凛が…くれた…?」

「つくづく面白い事を言う」

「貰ったのでは無く、奪ったのだよ」

「君は彼女の命ごとその力を奪っただけだ」

「そのままでは勝てないと悟った君は、目先の力を手に入れるために人1人をその手にかけた!」

「寵愛と言ったね?君はその愛を受け取れるほどに立派な人なのかい?」

「君も私も…同類だ」


ハクはそう言って邪悪に笑う。

だが、コンは表情を変えることなくハクを見つめる。


「同類……」

「そうだな…」

「僕は、お前を倒すために凛を喰らった」

「だからこそ、もう背負うものは何も無い」

「今は、お前を殺せればそれでいい」

「それが僕にできる。凛に対しての贖罪だ」

「僕は現代最強の妖コンだ!」


そう言って、金色の炎を手に宿しそのまま刀に形を変えてハクへと斬り掛かる。

ハクもまた黄泉の氷で刀を作り受け止める。


「現代最強…?時代は変わる!!」

「最強は君ではない。この私だ!」

「決めようじゃないか。これが最後の戦いだよ九尾!!!」

「君を殺して!私はこの世界の全てを支配する!!!」


目にも止まらぬ斬撃を互いに繰り返し、百を超える錬成陣からは金色の炎と黄泉の氷塊、ハクが取り込んだ妖術達が飛び交う。


「世界は貴様のものでは無い!」

「世界は…生きるもの全てに与えられる平等なものだ!!!誰のものでもない!!」


互いに拮抗する攻撃の数々。

だが、少し僅かにコンが劣勢ではあったが、凛の寵愛が攻撃を防ぎコンを癒す。

それによって拮抗していた。


(私の恐怖が発動しない…!)

(やはり、あのオーラを砕かねば生半可な攻撃は意味を成さないか)


ハクは少し距離を取り一際大きい錬成陣を作り出す。


「《冥氷 冰獄魔子良ひょうごくまこら》」

「殺れ」


ハクは凍てつく化身のようなものを作り出して、コンへの攻撃を命じる。

だが、コンもまた大きく錬成陣を作り出して、同じように何かを呼出す。


「《陽炎 金烏きんう》」

「迎え撃て」


コン金色の鳥を作り出し、ハクの化身を迎え撃つ。

2つの妖術の魔獣たちは互いを喰らい合い、氷の化身は四本の腕に持った大剣を振るい、金色の鳥はそれを交わしながら、上空からの攻撃をつづける。そして互角であることを証明するようにほぼ同時に消え去った。

両者一歩も譲らない戦いの中で一息をつくかのように、ハクが悠々に語り始める。


「君はこの世界は何故こうも退屈なのか分かるかい?」


「…何の話だ」


「いやぁ、ただの最終戦の間の小咄だよ」

「私はこの世界が退屈で仕方がない」

「なぜなら、絶対的な強者である君が弱者である人間や、下級の妖を守るからだよ」


ハクは語る。自分がこのような事を起こし続ける理由を。


「私には分からない。何故君ほどの力を持ちながら、それを誇示せずに他者を重んじるのか」

「この世界は弱肉強食……簡単な構造だ」

「その喰らう側である君が肉である奴らを守るこの世界が退屈でしかない」

「そして私もまた、君には劣るが喰らう側だ」

「世界は恐怖と憎しみで成長していく」

「我々のような強者が弱者達を虐げなければ、弱者は成長せず、ずっと弱者のままだ」

「私はこの世界での役割を全うしてるだけに過ぎない。だが、君は強者であるにも関わらず、弱者に寄り添おうとする」

「私がこの世界で唯一の強者となれば、世界は正しく回ると確信している」

「君はどう思う?」


ハクはそう言ってコンを指さした。ハクは本気でそう思っている。自分が正しいと、自分は間違ってなどいないとそう考えている。ハクの目はどこまでも純粋に黒く光っているのだ。

コンはハクの独白にも近い話を聞いて、侮蔑するように鼻で笑った。


「バカバカしい」

「強者とは弱者を守らなければならない」

「いつか、彼らが僕達強者と肩を並べることを信じて」

「弱者は、強者の志や生き方に憧れを抱く」

「……僕がそうだったようにな」

「強者は弱者たちの憧れであり、そして先を歩くものであり続けなければならない」

「世界は恐怖と憎しみで成長する?そんなわけが無い」

「世界は繋がりと愛情で成長する」


そう言ってコンもまたハクを曇りなき眼で見つめる。


「……やはり君の考えは理解できないな」


「僕は貴様の考えなど理解する気も起きない」


「まぁいい。次で最後にしようじゃないか」

「あまり長引くと面倒だ」

「最大限の力を持って私は君を否定する」


「僕もそうさせてもらおう」

「お前はこの世界にいてはいけない」


互いの妖力高め、そして二極化した天候が拮抗するかのように混ざり合う。

淀み凍てつくような風を吹雪かせるハクの世界。どこまでも青く、そして暖かく光るコンの世界。ふたつの世界がより一層の強まっていく。

そして自分を中心に互いは大きな錬成陣を構築していく。



「《我 開くは黄泉の門》」

「《我 宿すは日輪の焔》」


「《我 黄泉を司る神なり》」

「《我 太陽を司る神なり》」


「「《神域展開》」」


コン達の言葉と共にこの場が完全にふたつにわかれる。

一つは全てを凍てつかせ、そしてこの世のものとは思えない見た目の数々の亡者たちを従えるように中央には青白く光る氷でできた着物のようなものを身に纏い、頭には六芒星のようなものが浮かんでいるハクが、氷で出来た玉座に足を組みながら腰をかける。


「《冥界伏魔殿めいかいふくまでん》」


もう1つは全てを光が包み暖かく、そして無数の金色の炎で出来た刃たちが突き刺さる。

その中央には金色の炎を着物のように身に纏い、背中には六芒星のようなものが浮かんだコンが、無数の刃を従えるかのようにその手には一際大きな大剣を持ちハクへと剣先を向けている。


「《紅鏡宝具庭こうけいほうぐてい》」


その様子はまさに神と神の対峙。

両極端な彼らの世界が拮抗する。

ハクはその場に腰をかけながらコンへと最後の言葉を放つ。


「君に勝ち、私は私の正しさを主張する!!」

「世界は恐怖でこそ成長すると!!!」


そしてコンもまた、ハクに向けて最後の言葉を放った。


「僕がそれを否定する!!!」

「世界の成長に必要なのは愛情だ!!!!!」


互いの世界が相手を食わんとして動き出す。

コンは一直線にハクに向かっていき、それを迎撃するように亡者たちがコンへ襲いかかる。

そのコンを守るように、辺りに散らばっていた刃たちが亡者たちに飛んでいき斬りつけていく。

そして、そのままコンはハクへと近づいていき、ハクは腰掛けていた玉座の形を変え、大きな鎌のような形へと変えた。

そして、コンの大剣が届く前に、それを鎌で受け止める。

すると、大剣は次第に凍りつき始める。


「この鎌は冥界そのものさ!!触れれば生命すら即座に凍りつかせる死の鎌!!!」


「それが…どうしたァッ!!!!」


コンは身体に宿した金色の炎を極限まで高めて、凍りいていく大剣を徐々に溶かしていく。


「なっ……!」


ハクはまさか溶かされると思ってもおらず驚愕する。

そして、コンはその一瞬をついてハクの鎌を弾いた。


「僕は勝たなければならない!!」

「全てを捨てでも!!お前にだけは!!!」

「僕はコン!!!最強のあやかしにして…」

「太陽を司る神だ!!!!!」


「《紅焔 神羅一閃》」


そして、その言葉と共に無防備となったハクに縦に一太刀浴びせた。その瞬間、淀んでいた空が割れコンの世界が全てがこの場を支配する。


「がはッ……!はぁ…はぁ…!」


ハクは縦に切りつけられ、即死では無いもののかなりの出血と傷で立つことができない。

そして、力を使った代償なのかその場から動くことさえもできない。


「なる…ほど…、これが神の力の代償か…」

「君は…いいな…。傷ができても即座に回復する…」

「私の…負けか…」


息も絶え絶えなハクをコンは見下ろす。

コンはまだ妖力に余力があるのか、傷がまた癒されていく。

そしてそんなコンを見ながらハクは笑った。


「ククッ…勝ったというのに…いい顔をしているなぁ…?」

「私が殺しても…君の罪は消えない…」

「あぁ…いい…。最後に君のそんな顔が見れるなら…死ぬのも本望だ……」


「……お前と話すことはもうない」

「これで最後だ」


コンはそう言って、自分の手に金色の炎を溜めていく。


「《陽炎 浄化の焔》」


ハクは金色の炎に包まれてそのまま消えていく。


「君の望む世界が…本当にあればいいな……」

「強者の恐怖がない世界は…破綻するぞ…?」


ハクは最後まで邪悪な笑みを浮かべながら跡形もなく消えていった。

コンが作り出した太陽ではなく、本当の太陽が少しずつ昇っていた。

世界の命運をかけた戦いは一夜にして収束した。


────────────────────


「あ!いたいた!おーい!コーン!!」


いつの間にか起きていた翔が、手を振りながらこちらに走ってくる。

その横には片腕と片翼を失ったフウがゆっくりと歩いてきていた。


「ハクの事倒したんだって?!俺らの勝ちだな!!」

「んで、凛は?凛はどこに行ったんだ?怪我とかして先に帰したのか?」


翔が周りをキョロキョロと見回すように見ながら凛を探す。


「お前なんでそんなずっと黙ってぼーっとしてんだ?」

「疲れたのか?」


「………た」


「ん?なんか言ったか?」


「凛は死んだ」

「僕が殺した」


「は…?」


翔は先程までの元気な声とは打って変わって、声色を低くして僕を見る。


「おい…今はそんな冗談聞いてんじゃねぇよ」

「どーゆー事だよ。凛が死んだ?コンが殺した?」

「そんなことお前がするはずが──」


「ハクに勝つ為に凛を喰った」

「あのままでは僕はハクに勝てなかった」

「あぁするしかなかった」

「だから僕は──」


僕が言い終わる前に翔が僕を思い切り殴る。

そして馬乗りになって僕を殴りつけようとするところをフウが止めた。


「おい翔!落ち着け!」


「ふざけんな!!落ち着けるわけねぇだろ!」

「喰ったのか!凛を!!」

「何考えてんだよ!!」

「ハクに勝っても、凛が死んじまったらなんの意味もねぇじゃねぇか!!!」

「俺らは…凛を助けるためにハク達と戦ったんじゃねぇのかよ!!!」


翔はそこまで言って、身体が痛むのかその場でうずくまった。

それでも怒りは収まらず、僕を睨みつけ続ける。


「お前は…そんなやつじゃなかっただろうが!!」


「……黙れ」


「何が黙れ──」


「黙れ!黙れ!!!」


僕は翔に向き直り我慢できずに何もかもを吐き出すように、声を荒らげる。


「あの場ではああするしか無かった!!ハクには勝てない。凛はほっておけば死ぬ。僕の命と引き換えに凛を蘇生することも考えた!!」

「だけど…出来なかった…!」

「僕も死ぬのは怖かったんだ……!」

「凛の優しさと覚悟に漬け込んだ!!!」

「適当な御託だけ並べて!!ハクに勝つためだから仕方ないと自分に言い聞かせて!!」

「ただ、僕は凛を助けるために命を投げ出せなかっただけのくせに……」

「こんな僕を愛する価値など…あるはずがないのに…!」


コンは自分で作り出した炎の剣を自分に突き刺そうとするが、それを凛の妖術によって防がれる。


「命を懸けてくれるほどに、愛してくれていたというのに…!」

「僕は凛のために命をかけることが出来なかった……!」

「こんなにも愛してくれていたのに……」

「僕が身勝手な逃げをしたせいで、何も返せてない…!」

「愛していると…1度も伝えていない…!」

「何が最強だ…」

「凛が死んだのは僕が弱いからじゃないか!!!」


コンは嘆いた。全ては自分のせいだと。

その光景にフウも翔も何もいえなかった。コンを一番蔑んでいるのはコン自身だからだ。

この日1匹の九尾は最強となった。

今の彼に勝つことは誰もできない。


そして同時に、その身に宿すにはあまりにも大きすぎる後悔と、自分自身に対しての罪の意識、もう誰に乞うことも出来ない懺悔の鎖たちがその身に纏わり付いた。


その罪は100年経っても忘れる事が出来るはずがなかった。


第4部【完】

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