第6話 最高のだし巻き
「おきつね様お願いです。翔くんは助けてください。」
そう言ってあいつは僕に頭を下げた。こうして頭を下げられたのは、生贄としてここにつれてこられた時以来だった。
「もう日が落ちたこの山は、あやかしの巣窟となるのは知っています。」
「このままでは翔くんは、あやかしに襲われて死んでしまうかもしれない。」
「だからどうかお願いです。翔くんを……」
僕からすれば、正直あの少年がどうなろうとどうでもいい。その結末も、あの少年が招いた事だ。自業自得でしかない。
「この山のあやかしには夜に迷い込んだ人間は食べてもいいという契約をしている。その代わり、村や集落に降りて人間を襲うことは禁じているんだ。」
「その条件を呑んだ者しか、ここには残ってない。だからそもそもここにいるあやかしの数はとても少ない。余程のことがない限り、あやかしとこの山で鉢合わせすることはほとんどない。」
「ですが!いえ…そうですか…」
人間はとても苦しそうな声で、何かを飲み込むかのように言葉を止める。
こいつのこんな弱った顔を見たのは初めてだ。
何故だが、こいつがこんなにも悲しそうな顔する事にとても胸の奥の当たりがムカムカするような感覚になる。
「行ってやれよコン。凛ちゃんがこんなにも頼んでるんだぜ??」
フウが僕に向かって言ってくる。そんなこと言うならお前が行けと言いそうになったが、何故かその言葉口からは出なかった。
「い、いえ!おきつね様が大丈夫とおっしゃるんです。無理に手を煩わせる訳には行きません!」
「私は、ここで翔くんが無事に村に帰れることを祈っていますから……」
そう言って胸の前で組んだ手は少し震えていた。
胸のムカムカがより一層強くなってくる感覚が襲ってくる。
……あぁ、もう!
僕はあいつに背を向けて言った。
「1週間だ。1週間3食毎日だし巻きを出せ。」
「それができるなら様子を見に行ってやる。」
「え…?ですが…。」
あいつは少し困惑したかのような声を出す。
「いいから!できるのか聞いてるんだ!」
僕はあいつに向かって、半ば食い気味でと問いかける。
「う、腕によりをかけて、3食最高に美味しい物を作ります!!!」
あいつは少し驚いたのか、声をうわずらせて答えた。
僕はいつも隠している尻尾を全て解放し、少し空中に浮いた。
「あやかしとの契約は絶対だ。」
「ついでに、大根おろしと醤油も絶対つけておけ。あれも気に入ったからな。」
そう言って僕は少年の妖力を感じる方へと翔んだ。
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「凛の妖力……?」
僕は、あいつを無闇に外に出せない最大の理由を、少年に教えてやった。
「そう。あいつの妖力は異常なまでに高い。あんな妖力の人間を僕のテリトリー外の場所なんかに置いたら、ほぼ間違いなく喰われる。」
「あのレベルの妖力を取り込まれると、底辺のあやかしである地縛霊や付喪神でさえも、僕らと大差のない力を得る可能性があるぐらいだ。」
「そんなにも凄いのか……」
少年は驚きを隠せない顔をしていた。同時に当然の疑問を僕に投げかけた。
「そんなにもすごいのなら、なんでお前やあの天狗は凛を喰わなかったんだ?」
「それは僕らは人間を喰らうことが好きじゃないからだ。あとは人間が作るご飯が好きだからだな。」
そう言うと、少年は耐えられないとばかりに笑い出した。なんだ?そんなに僕面白いこと言ったか??
ひとしきり笑った後に、なにか吹っ切れたような顔をしていた。
「お前らの言い分はわかった。」
「今の俺では守れない。それまでお前たちに預けててやるよ。」
「ただし、俺がお前らより強くなったら、凛は返してもらうからな!!」
そう言って、僕に指をさして宣言した。
なかなか面白いことを言うなこの少年は。
「僕ら最上位のあやかしより強くなる…か…」
「なら、妖力の使い方を知らねばな。」
「僕は、教えるのは面倒だし苦手だ。フウにでも教えて貰うといい。神社に戻るぞ。翔。」
「教えるって何の話だよ…ていうか、今お前俺の名前を!」
翔は困惑の顔を浮かべた。名前で呼ぶという意味はこいつには分からないだろうが、僕はこいつを少し気に入った、ただそれだけだった。
人狼に向けた翔の目と、あの妖力のゆらめきは………
「…少し面白そうだ。」
「ん?今なんか言ったか?てか、おい!これ落ちねぇだろうな?!」
僕は翔を抱えて神社の方まで飛んだ。
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あの日から月日は流れた。
あれからというもの、翔は毎日のように神社に来てはフウに鍛えてもらっている。
「やっぱ凛ちゃんの飯は最高だわ〜。これがあるからこのガキの面倒見てやってるみたいなとこあるな!」
「誰がガキだ!絶対お前を超えてやるからな!フウ!!でも、凛の飯が美味いのは同感だな。」
「お前ら静かに食え…飯が不味くなる。」
「まぁまぁ、おきつね様もそんなこと言わずに…さぁ!みなさんおかわりもありますからね〜。」
そのため、今までとは比べ物にならないぐらい、賑やかな食事を毎日に送っている。
僕としてはもう少し静かに楽しみたいものだが……。これはこれでありだなと思っている自分も、少しこいつらのせいで変わってしまったなと心の中で苦笑した。
「だし巻きも〜らい!!」
そう言って、僕の前にある物を翔はひとつ食べて、外へと駆け出す。
「おい、翔…僕から奪うなんていい度胸しているじゃないか……」
「ぼーっとしてんのがわりぃんだよ!凛、ごちそうさま!おいフウ、さっさと来いって!俺はもっと強くなりてぇんだ!」
「全くあいつは……」
そうやって、呆れながらも腰を上げて外に向かうフウを見て、こいつもなんだかんだ面倒見がいいなって思いながら見ていた。
「なんだか、とても賑やかになりましたね。」
そういって、あいつは食べ終えた食器を片付け出す。
「二人で取っていた食事もとても楽しかったですけど、やっぱり人数が多いのも楽しいです。」
そう言いながら、僕の方を見て笑った。僕は何故か照れくさくてその顔から目を背けてしまった。
「ま、まぁお前の作る飯は美味いからな。仕方ないだろ──」
「今美味しいって言いましたか?!」
あいつは半ば食い気味に顔を迫って声を上げる。僕は思わずびっくりして後ろに後ずさってしまった。あいつは何やらとても興奮した目をして、そして鼻息も荒かった。
「やっと…やっっと!おきつね様の口から美味しいという言葉を聞けました!!」
あいつは拳を握って、念願が叶ったかのような声を出していた。なんだ、そんなにも僕から言うことが珍しいか…?
「別に、前にも言ったことあるだろう……」
「いえ!そろそろ1年になろうとしてますが、1度たりとも聞いてませんから!!」
…昔の事は忘れたってことにしておこう。でも、そうかもうそろ1年が経とうとしてるのか。
「お前、もうそんなにもいるのか。」
「そうですよ?それなのに、やっと美味しいの言葉が引き出せたのが、どれほどに嬉しいことか……」
少しだけ罪悪感があるなと思ってしまう。だが、本来ならあの連れてこられた日にこいつを追い出す気だったのに、今はそんな気は全く起きなくなっていた。不思議な感覚だが、こいつの人柄と言う奴かもしれないな。そう思いながら少し苦笑した。
「…私、おきつね様が笑った顔初めて見たかもしれません。」
「そうか?それはさすがに嘘だと思うが…」
そんな他愛もない話をしていたら、あいつは急に真剣な顔でこちらをみながら僕を呼んだ。
「おきつね様。」
「なんだ?」
「あの時、本来なら追い出されるはずだった私を、この場にいさせてもらえて本当にありがとうごいます。」
「私は…まだここにいてもいいですか?」
そう言ってさっきとは打って変わって、少し不安そうな目をして僕を見る。
何故か僕はこいつのこの目に弱い。僕は見つめるこいつの顔を見ずに、外の方向を見ながら言った。
「…美味い飯を作り続けている間はいてもいい。」
すると、あいつは目を輝かせて少し鼻歌を歌いながら食器を片付け出す。
そして、こちらに振り向いて今までで1番の笑顔を見せた。
「はい!任せてください!これからもおきつね様の舌に合うご飯、期待しててくださいね?」
その笑顔から目を離せなくなった気がしたのは、多分気の所為だ。
外は桃色に染まりつつ、春を告げる風が吹いていた。
第一部 【完】
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