第5話 最上位たる所以
策がある。そう言って僕はフウの前に出て、少年へと向き合った。
すると、そいつは僕に向かって射殺さんばかり視線を向けつつ、罵声を飛ばす。
「きやがったな化け狐野郎。凛を返せ!」
「うるさいぞ人間。返すわけないだろう。あれは僕が貰ったものだからだ。」
「凛をモノ扱いするな!!!!ぶっ殺すぞ!!」
全く…なんて野蛮なんだこいつは。まるで獣だな。こいつがここまであの人間に執着する理由は分からないけど、僕は至極真っ当な事を言ったつもりだった。
「元はと言えば、お前たち村のものが勝手に僕にこいつを寄越して来たんじゃないか。それを今更返せとは、お前たち人間はどうしてそんなにもワガママなんだ?」
「だが、そうだな…。フウ。拘束を解いてやれ。」
そう言うと、フウは不思議そうな顔を浮かべる。
「え?別にいいけどお前何するつもりなの?」
「馬鹿な子供に少しお灸を据えるだけだ。」
僕は不敵に笑ってフウに振り向いてやった。あいつはどうやら子供と言う部分が気に入らなかったのか、またもや噛み付いてくる。
「何が子供だ!お前だって俺とあんまり見た目変わらないじゃないか!!」
「おい黙れ!僕はお前たち人間とは生きる時間軸が違うんだ!!」
思わず耳を逆立てながら、声をはりあげてしまった。
実際はもう500年は生きている。僕達九尾はあやかしの中でも一際容姿の成長スピードが緩やかなので、見た目だけだと人間の子供とそう変わらない。それをちょっと気にしてたり…って、今はそんなことはどうでもい。
僕はコホンと咳払いをひとつして、気を取り直してから言葉を続ける。
「その短剣。大方僕を殺そうと思っていたんだろう?」
「その短剣で僕に一筋でも傷をつけることが出来たら、この人間を返してやってもいい。」
「僕はここから1歩も動かない。当ててみろ。」
「できなかったらここから立ち去れ。」
そう言うと、あいつはニヤッと笑った。まるでバカにしているかのように。
「1歩も動かない?そんなの刺してくださいって言ってるようなものじゃないか。俺を馬鹿にしてんのか??」
「そうですよいくらなんでも……」
後ろから静かに見届けていたあいつが、心配そうな声を出した。
だが、その声はフウがさえぎった。
「大丈夫大丈夫。まぁ見てな?りんちゃん。」
「じゃ、術を解くぞ〜。」
フウが指をパチンと鳴らすと、少年にまとわりついていた風が姿を消した。
その瞬間、少年は地面を蹴るのと同時に、僕に向かって短剣を手に一直線に向かってきた。
「これでもある程度鍛えてるんだ!お前みたいな化け狐なんかに───」
そう言いながら、短剣ごと突進をするかように一気に距離を詰め、僕の脇腹目掛けて剣を突き刺そうとして……
気づけば手には短剣なんてものは無かった。
そして少年は何故か視界が逆さまになっていることに、数秒遅れて気づく。
「あ…れ…?」
僕は少年を自分のしっぽで掴み逆さまにしてやった。
「なんだよこれ…何がどうなって…俺の短剣は何処に…?」
「探しているのはこれか?少年。」
僕は奪った短剣を手に持ってくるくると投げて遊んでいた。
「今、何が起こったんですか…」
あいつは驚いたような目を向ける。
そりゃそうだ。とても人間なんかの目では追えるはずの無いスピードだったはずだからな。
「な?大丈夫だったろ?最上位あやかしの名は伊達じゃないんだよ。」
フウは、何故かとても誇らしげに、鼻を鳴らしていた。なんでお前がしてやったみたいな顔をしているんだ。やったのは僕だ。
「くっそ…下ろせ!化け狐!!」
少年は僕のしっぽを叩きつけて最後の抵抗をしていた。
「これでわかっただろ?少年、君では僕には勝てないよ。」
「分かったら直ちに立ち去れ。」
「ちくしょう……」
いくら子供だからといってここまでの差。自分が到底勝つことが出来ないという事を理解したようだ。
少年はかなり悔しそうな顔を浮かべていた。
僕は逆さまにしていた少年をおろし、短剣を返してやった。
少年は諦めきれない様子で、短剣を持ったままその場から立ち去ろうとしない。だが、同時にこの場に残っていても、どうする事も出来ないことも理解していて、もう心中はぐちゃぐちゃだ。
「俺は、好きな子1人も守れないのかよ……」
近くにいた僕にすら聞き取りずらい小さな声で呟いた後、神社の外に向けて走り出した。
日は沈みかけていた。
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「ちくしょう…ちくしょう…ちくしょう!」
翔は無我夢中で山を降りていた。何も見えなかった。何が起こったのかさえ分からなかった。 それ程に差は歴然で、そしてあんなにも怒りと憎しみで渦巻いていた自分の頭の中を、一瞬にして恐怖の色が染めていった。
たけど、同時にそんな化け物の傍に凛を置いて逃げ出してしまった自分に、自己嫌悪しか無かった。
気づけばあたりは日が完全に落ち、山は完全な暗闇に包まれていた。
「この時間帯の山には絶対に近づくなって親父が言ってたよな……」
そんな事を思いながら走っていると、遠くで何かが動く音が聞こえる。
翔は咄嗟に近くの気の陰に隠れて、その音の方をじっと見つめる。
「あれは…人狼??」
全身が黒い毛で覆われ、手と足には鋭利な爪が。そして極めつけはあの大きな牙だ。あんなものに噛み付かれた一瞬で噛み付かれた部分は持っていかれるだろう。
そんな何やら匂いを嗅ぎながら、何かを探しているようだった。
「ニンゲン…ニオイ…スル…」
翔は思わず口を抑えて息を潜めた。探しているのは紛れもなく自分だということに気づいたからだ。
もしもの時のために短剣を片手に構え、バレないように体を縮めて、息を殺す。
人狼は鼻を鳴らして獲物を探す。その音は、どんどん近づいて来て突然ピタッと音が止んだ。
止まった後もしばらく息を殺していたが、一向に音が聞こえない。
「やり過ごしたか……?」
そう思って、顔を外に向けた瞬間
人狼の鋭い目が翔の目線と交差した。
「ミツケタ」
人狼は、久しぶりの獲物に目を光らせて翔に向かって襲いかかった。
翔は咄嗟に体を捻って避けたが、隠れていた木は人狼の腕の一振りで、真っ二つに折れる。
あれはやばい。 本能からの恐怖が翔の体を突き動かす。翔は無我夢中に走った。
「ニガサナイ。ニンゲン。ゼッタイ」
人狼はまるで狩りを楽しむかのように、歪な笑顔を浮かべながら翔を追う。
「嫌だ。死にたくない。死にたくない!」
翔はもう立ち向かう勇気なんてなかった。立ち向かえば死ぬ。喰われる。全身であいつはやばいと警鐘を鳴らしていた。
無我夢中に逃げていたが翔は絶望した。
そこには大きな崖があった。これ以上は逃げることが出来ない。後ろからは人狼が走る足音がどんどん近づいてくる。
「嫌だ。死にたくない。俺は…俺は…」
まだ自分は死ねない。凛を救う事も、思いを伝えることすらできていない自分は死ぬ訳にはいかなかった。
人狼は崖で逃げ場のない翔を見て、ニヤリと笑う。
「オワリカ?」
「終わりじゃねぇよ……。」
翔は短剣を手に人狼に向き直る。そうだ、死ねない。絶対に。こいつに勝てなきゃ…
「お前なんかに負けてたら、化け狐野郎に勝てるわけねぇよな!!!!」
翔はそう言って短剣を構えた。
「案外勇気があるじゃないか少年。」
その声が聞こえたと同時に、九つの尻尾を生やしたあいつが、少し笑いながら現れた。
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「キュウビサマ……」
人狼は狼狽えた。まさか僕がこの場に姿を見せるとは思わなかったのだろう。
「ケイヤク。マモッテル。ソノニンゲン。イマモリニイタ。」
「まぁ、そうだな。だが、こいつはたった今僕の客人と言うことになった。手を出すのはやめてもらおうか。」
「……………」
人狼は無言で僕を睨む。どうやら不服のようだ。
「…犬風情が、誰を睨んでいる?」
僕は睨み返して少しだけ妖力を零して威圧した。隣にいる少年にも感じ取れるのか、少し圧倒されている。
人狼は怯えるように震え、そのまま逃げていった。
「お前…なんで…」
少年は助けてくれたことが疑問みたいだ。正直な話、こいつの自業自得でしかないと思っていたから、助けるつもりなんてなかったけど……
「あの人間が、お前を助けて欲しいと頼んだからだ。」
「凛が……?」
そう言うと少年は泣き出しそうな顔をしながら、悔しそうな様子だった。
「俺は、また凛に……」
「さぁ少年。これで僕が人間を食べる気がない事が少しは理解出来ただろ?だから、少しだけ話を聞け。」
そう言って僕は少年に、あいつが僕の所にいる理由を話し始めた。
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