第4部

第32話 悩める九尾


残夏祭から半年あまり、特に何事もなく日が過ぎていった。

僕達は以前と同じように神社で暮らしている。だが変わったことといえば……


「コンさん!ちょっと聞きたい事があるんだ!」


「僕じゃなくてそれはフウに……」


「コンさん!今年の残夏祭のことなんだけど……」


「あ、あぁ凛が後で聞くからそれは凛に…」


「コンさん!今日のお供え物持ってきました!!」


「あ、あぁ…ありがとう」


そう、異常なまでに人が来るようになった。

凛達の所だけではなく、ほかの近くの村からも沢山来る。

だが、全員僕を慕って来てくれているのが見て取れるので、無下にも出来ずにどう対応していいのかを迷っていた。

今日も色んな人間の訪問に疲れながら、ぼーっとしていると、先程のお供え物を持ってきた夫婦の子供が僕の袴をクイクイッと引っ張る。


「どうした、何か用か?」


その少女は後ろに何かを隠すように持ちながら、何やら恥ずかしそうにしている。


「こ、コンさんコンさん…」

「あのね、これとっても綺麗なの…」

「あ、あげる!!!」


そう言って花を1輪、僕に渡す。

僕はその子供の頭を撫でて優しく笑った。


「ありがとう、とても綺麗だ。神社に飾ろう」


僕がそういうと、とても嬉しそうに笑った。


「うん!!あんね、あんね!ま、また持ってくるね!!」


「あぁ、わかった。楽しみにしている」


「うん!!バイバイ!」


そう言って、にこやかに手を振って夫婦の元に走っていく。

そんな様子を微笑ましく思って見ていると、横から凛が何か不貞腐れたような顔をしながらこちらに来る。


「コン様、今日も沢山おモテるになるようで?」


「モテ…?よくわからんがあの祭り以降、沢山の人間に声をかけられるな」

「この花もこの辺りでは咲いてないものだ。きっと探してきたのだろう」


僕そう言ってもらった花を見る。

凛は何やら感情のよく分からない微妙な顔をしていた。


「なぜ、そんな不細工な顔をしている?」


「いや…皆さんにコン様の良さを知って嬉しい半分、複雑な気持ち半分と言いますか……」

「コン様はあれですよ、もっと人の好意に敏感になるべきです。あと乙女心を理解しましょう。女の子に不細工なんて言っちゃダメです!」


「あ、あぁ……」


何故か不機嫌な凛に怒られてしまった。

だがこれはあいつが望んだことなのでは……?とも思いながらも、言ったらまた怒りそうな気がするので黙っておく。


「私、今日はお母さんたちとご飯食べる約束の日なので、村に行きますね!!」

「作り置きしてあるのでそれ食べてください!!あと、シュビィちゃんと翔くんが今日こっちに来るって言ってましたから!」


そう言って、足早に村に帰って行った。


「最近は怒ってばかりだなあいつは……」


─────────────────────


「今日はキツネちゃんに説教よ説教」

「お祭りが終わって約半年以上、なぜ進展のひとつもないの?!」


シュビィはご飯食べ終えて、こちらに身を乗り出して詰め寄ってくる。


「進展も何も僕はこれ以上のことは望んでな──」


「はぁ〜?!あんたら両想いなのにそんなとこまで揃わなくていいのよ!!!」

「そもそも、花火一緒に2人きりで見てその時に自覚したんでしょ??なんでそのまま押し倒さないの?チューは??なんでしてないの?!」


「おしっ…!する訳ないだろう!!お前と一緒にするな!!」


「馬鹿ね!両想いなんだからさっさとやることやって、既成事実作ってしまえばこっちのも──」


「落ち着けシュビィ、そんなん出来るやつはお前ぐらいなんだよ」


隣で一緒に食事を取っていた翔がシュビィの後頭部にチョップをかます。


「翔ちゃんいった〜い」


「こいつらにはこいつらのペースと考え方があるってだけだろ?」

「それを外からやいのやいの言う筋合いは俺らにはねぇよ」


翔は落ち着いた様子で茶を飲む。

僕はそんな翔を見ながら少し気まずい顔をしてしまった。


「翔、僕は…その…」


「んな顔すんなって。俺は割と前から凛のことには区切りつけてんの」


「そうなのか?」


「そうなの?!」


僕も驚いたが、それよりもシュビィは驚愕と嬉しさを隠しきれない顔をしていた。


「いやそらそうだろ。あんだけ見続けて、入る隙もないんだから、諦めもつくって」


「そんなものなのか…というか、そんなに風に見えてたのか?」


僕がそう聞くと、翔とシュビィが大きなため息をつく。


「あのね、気づいてなかったの貴方だけだから。みんな気づいてるから、というかそれだけ好きじゃないと、あなたの為だけに村ひとつ巻き込んでのお祭りの開催なんて、する訳ないじゃない」


「逆に、その熱量の好意を寄せられているのも見ておきながら、最初に『僕のことなど好きなわけない』って言ってのけたお前をぶん殴りそうになったわ」


「あれはさすがに小娘が不憫だったわ」


そうこいつらは我慢できずに僕にだけ両想いだと言うことを言った。

凛が余りにも不憫に思えたからだそうだ。だから、じゃあ凛にも言ってやればいいって僕が言うと、「あんたは自分で言うべきよ」とシュビィにすごい剣幕で怒られた。


「僕は言うつもりはないぞ。なぜなら僕と凜では生きる時間が──」


「それは言い訳で逃げでしかないわ。貴方は先に居なくなるのがわかっているから怖いだけよ」

「あの小娘を本当に想っているなら、あの子が生きている間に、全身全霊の愛情を行動と言葉で示すべきだわ」


シュビィがこちらをまっすぐ見つめる。

こいつが正しい、正論なのはわかってる。

だが僕は………


「言うのは……その…は、恥ずかしいじゃないか……」


僕がそう言いながら口元を隠すとシュビィがこちらに身を乗り出して怒る。


「なんてそんな乙女な反応するのよ!!あんた500年は生きてるんでしょう?!」

「両想いなんだから、さっさと言うこといって、ヤる事やって、イチャイチャしたらいいじゃない!!!」

「やり方がわかんないって言うならしょうがない…私が今から翔ちゃんとやってくるから、待ってなさい!」


まさかの飛び火に驚いた翔がお茶を吹き出す。


「お、お前なんで今俺の話が出てくるんだよ!!」


「しょうがないじゃない!このキツネをやる気を出させる為にはこうするしかないの!」


「んなわけねぇだろ!!半分どころかほぼお前の欲じゃねぇか!!!」

「おい、コン!お前もなんか言ってやれ!」


「……汚すなよ」


僕は矛先が変わった事を悟って全部翔に丸投げした。


「おまっ…!」


「ほら、家主の許可が出たわ!」

「大丈夫…最高の夜にしてあげるから……♡」


「バカ、絶対やだ!こっち来んな!!今はまだ嫌だ!!」


翔はそう言って外に走っていき、出てそのまま影の中に逃げ込む。


「ウフフ…この時間帯の私から逃げようだなんて、まだまだ甘いわよ翔ちゃん♡」


シュビィも続いて影の中に消えていった。

2人がいなくなって静かになった所で僕はもう一度お茶をすする。シュビィのやつ、翔が凛に区切りをつけたって話を聞いた途端に目の色が変わったな。

まぁ、翔の実力であればこの一晩逃げ回れるだろう。捕まったら……そうなった場合はさすがに謝っておこう。


「全く…相も変わらず騒々しい奴らだ」


年々あの二人の騒がしさは増している気がする。そんなことを思いながら、ぼーっと月を眺めていた。


─────────────────────


翌日、翔はぐったりとした顔をして戻ってきた。


「に、逃げ切った……」


「お、おかえり翔」


「お前!!よくも俺の事身代わりにしやがったな?!」


「い、いやまさかあんなことになるなんて思ってなくて……」

「というか、シュビィはどこに?」


僕がそう聞くと、翔は自分の影を指さした。


「捕まって、襲われかけたから耳元で『最初はもっと大事にしたいな…』って言ったら、隙ができたので、気絶させて影の中にぶち込んだ」


「お、お前結構やるな……」


「なんだかんだ2年ぐらいはほとんど離れることなく一緒にいるんだぞ?そろそろ扱いにも慣れてくるって」


翔は「あーねむ」と言いながら、大きな欠伸をしながら、神社の中に入っていく。

その前になにか思い出したのかこちらを振り向いた。


「そーいやフウは?最近全然見かけねぇんだけど」


「あぁ、あいつなら──」


その瞬間、僕の声が掻き消える程の大きな衝撃音が鳴り響く。


「なんの音だよこれ!」

「分からないが、ここから近い。すぐにむかうぞ」


僕と翔はその衝撃音がする方へと走って向かった。

僕らが向かった場所の地面には大きなくぼみができていて、そこに少し膝をついたあやかしがいた。


「フウ!!!」


僕と翔は直ぐに駆けつけた。


「クッソ…しくじった……」

「おい、フウ!なんでお前が怪我してんだよ…!一体誰が…!」


幸いそこまで傷を深くなく、いずれも軽傷程度だが、フウに怪我を負わせることができるあやかしなど、この世界には僕を含め3体しか存在しない。

だが、まるで気配を感じない。どこかにいるはずの2体のあやかしの気配はおろか、妖力すらも感じられない。


「探しているのは我々かな?」


突然背後から声が聞こえ咄嗟に、妖術で火の玉を作り出し、それを後ろに飛ばしながら翔たちと共に声をする方に向き直りながら、後ろに跳躍する。

それと同時に禍々しく、身体にまとわりつくような僕と変わらない莫大な妖力を感じ取る。

翔はその突然の感覚に吐き気を催したのか、その場で吐いてしまう。


「なんっだこれ…突然現れて…気持ちわりぃ…」


その様子を少し嘲笑うかのように、口角をあげる少女と骸骨はこちらを見つめる。


「突然の巨大な妖力を2つ感知して、身体が気配に追いついていないのかな?やはり、人間は妖力を感じる事に慣れてないようだ…ふむふむ、いい事をしれた」


「ハク様、九尾がいます。如何なさいますか?」


「あぁ、そんなところまで飛ばしてしまったのかい?不意打ちとはいえ、少し弱すぎないかい?いや、我々が強くなりすぎたのかもしれないね」


クックックと少女の見た目をした蛇のあやかしは笑う。

僕は一切の警戒を緩めることなく、妖力高める。


「翔、シュビィと同化してここから逃げろ」


「は?俺も戦うに決まって──」


「早朝のこの時間のお前では足でまといだ」

「恐らく凛が神社に戻ってくる。凛を連れて村まで戻れ」

「これは懇願ではなく命令だ」


「ちっ……わかったよ!」


翔は不満そうに凛の方へと向かう。


「おやおや、戦力を一人逃がすとは我々も舐められたものだ」


「コン、気をつけろ。こいつら2個どころかそれ以上の妖術を使いやがる」


フウも臨戦態勢を取り、いつもは隠している大きな鷲のような翼を開く。


「貴様、一体何が目的だ」


僕がそう言うと、奴は不敵な笑みを浮かべた。


「目的…?そんなもの決まっている」

「準備は整った。今度こそ君を殺しに来たのさ九尾?」

「さぁ、今度こそ君の恐怖と絶望の顔を私に見せてくれたまえ!」


そう手を広げて笑うやつの妖力は以前よりも遥かに多く、そして僕たちやシュビィとも違う、異質な妖力へと変化していた。

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