第33話 蛇は嗤う
「僕を…殺すだと…?」
「バカは休み休み言え」
「闇に潜み、逃げ回るように隠れていたクズが、思い上がるな」
「見ないうちに随分見た目も変わったな。僕が知っていたお前は男だったが?」
僕は警戒を解くことなく蛇を睨みつける。
そうこいつは200年前に戦った時は、老人の男だった。だが、何故か少女の風貌に変わっている。恐らくそれも相まって、フウは油断したのかもしれない。
「あぁ、これは殺した人間の骨を媒体にクラマ君に身体を作ってもらってね?ほら、前の身体は君が焼き尽くしてしまったからね」
「可愛いだろう?」そう言いながら、くるっとその場で回りこちらにポーズをとる。
「悪ぃ、コン。こいつの事を調べてたら勘づかれちまってな」
フウはそう言いながらも、こちらを見る事無く刀に手をかけて奴らを睨み続ける。
「いや、頼んだのは僕だ。まさか、あそこまで見た目が変わっているとは思わなかった」
「そして僕の感知すらもすり抜けて背後に回ることができるんだ。不意打ちを食らって当然みたいなものさ」
僕もフウと会話しながらも一切目を離すことをなく、蛇たちに視線を向ける。
だが、奴らは一向に向かってくる気配がない。
不審に思っていると、蛇はその場に座った。
「今日はまだやり合うつもりはないんだよ」
「殺すとは言ったが、今じゃない」
「ここに来てしまったのも、私の周りを飛び回るそこの羽虫を払い除けたら、たまたまここに来てしまっただけさ」
「そうだとしても、お前ら僕が見逃すと思うか?」
「はは、いきがるのはよした方がいい。ここで君たちは全力を出せないだろう?」
「我々がここでやりあったとして、この周辺の村が無事で済むと思うのかい?」
「私には関係ないが、君たちは人間を守るんだろう?」
「ここでやり合わないのは、目的にそぐわないからだ。私は全力の君を絶望の顔に陥れたいのだよ」
そう言って、蛇は笑う。
こいつの言う通り、僕らはここでは全力で戦えない。だが……
「貴様ごときに全力だと…?」
僕は跳躍し、一気に距離を詰める。
「舐めるな」
「《鬼火 参の業 火ノ鳥》」
僕はゼロ距離で蛇に向けて、鳥の形をつくった炎を放つ。
「ハクさ──」
「お前の相手は俺だよ」
「《天狗流剣術 鬼狩り》」
僕の反応に一瞬の遅れもなくついてき、フウは餓者髑髏への斬撃を放つ。
そして互いに後ろに飛びまた別の妖術を発動させる。
「《鬼火 陸の業 閻魔》」
「《断罪の焔》」
「《天狗流妖術 暴風迅雷》」
互いの妖術が同時に発動され、混じり合い大きな土煙と衝撃音がなり響く。
あたりの土煙が次第におさまっていき、攻撃を受けたあやかしの影が見えてくる。
「ゴホッゴホッ、土煙がすごい」
「私は大丈夫だと言うのに、慌てすぎじゃないかい?」
「突然の事でしたので少し動揺しました」
「はは、その割にはしっかり防いでるじゃないか」
最上級のあやかしの攻撃を食らって、無傷だった。よく見ると、何やら青と黒が混ざったような色をした壁が展開されている。
「あれでやれるとは思わなかったが、まさか無傷とはな……」
「なんだあの壁。俺らの攻撃防ぎ切るなんてどんな硬さしてんだ」
僕らが疑問をこぼすと、蛇が嬉しそうに笑い出す。
「これは《結界》という妖術だ。この妖術は術者の妖力次第だが、一定量の攻撃を無効にするというもの……」
「だが、その一定量というのがとても微量でねぇ…?君たちの攻撃を防ぐには心許ないものだった」
「そこで!そこに《軟化》と《影》の妖術を付与し、《軟化》で衝撃を吸収、軽減させて《影》の妖術に攻撃を食らうと同時に、その攻撃を引きずり込む!!」
「それにより君たちの攻撃を無効化する事に成功したわけだ」
「ま、これにヒビを2回の攻撃で入れるというのはさすがと言うべきか……」
そう言って悩む素振りを見せる奴を僕達は驚愕の目を向けていた。
妖術を使い分けるのではなく、合わせて発動させるというのは、同時にいくつもの妖術を扱っているという事だ。
「一体どんな手を使って……」
「聞きたいかね?!」
僕が零した言葉に食いつくようにこちらの声に言葉を重ねてくる。
そして懐から勾玉のような形をした石を取り出す。
「これは魂魄玉と言う、私が開発した妖術を保存する石だ」
「他者の魂から妖術の情報だけを抜き取り、この石に移す。そして、その石を取り込むことで妖術の情報だけを魂に刻めるというわけだ」
「最も、これを取りこめる数や物には自身の限界がある。例えば、下級のあやかしに中級以上のあやかしの妖術を取り込ませた場合、負荷には耐えることが出来ずにほとんどが死んでしまった。あぁ、この前の人狼のようにね?」
「だが、上級のあやかしに下級から中級のあやかしのものを取り込ませた場合は、負荷がほとんどなく安定して扱うことが可能だった」
「そして我々は最上級のあやかし、まだ限界は分からないが、かなりの数を取り込むことに成功した!!」
「我々は、約20種ほどの妖術を使い分け、または合わせて使うことができるのだ!どうだ?素晴らしいだろう?!」
そう言って狂ったように笑う。
まるで、おもちゃを手に入れたように無邪気に、自分が犯した罪などまるで理解していない。
心底、腹が立つ。
「おい、くそ蛇」
フウは俯きながら蛇に問いかける。
「ダイダラボッチはお前の仕業か?」
「ああ、あの失敗作のことか?あれは人間ではなくあやかしに魂を移動させれば悪神ではなく違うものに──」
そこまで言っていた蛇にフウは斬りかかっていた。その衝撃で蛇の結界は壊れ、フウは再度刃を向ける。
「失敗作だと…?」
「お前は…命を…他者をなんだと思ってやがる!!」
「ぶっ殺す」
「《天狗流剣術 乱れ桜》」
「《骨成 腕骨 倍化》」
だが、フウの斬撃は蛇に届くことなく大きく肥大化した骨の腕に遮られる。
「あまり相手を挑発するのはおやめくださいハク様」
「目的も達したそうです」
「した覚えは無いんだが…そもそも、殺したのはおまえ達であり、あいつは私に負けたのだ」
「敗者をどう扱うかは勝者の特権だろう?何に怒りを覚えている?」
「黙れッ!!!」
「落ち着けフウ。相手の思うつぼだ」
僕は再度斬撃を放とうとしたフウ止める。
ここで僕らは全力を出せない。いや、出してはいけない。相手がべらべらと喋ってくれたおかげで、謎だった部分が確信に変わった。
こいつらも帰るつもりなのだから、1度帰って貰う方が僕たちには好都合でしかない。
「無駄話は終わったか?なら、さっさと消え失せろ」
僕が吐き捨てるように言うと、蛇はニヤリと笑いながら距離をとる。
「あぁ、そうさせてもらうよ。目的は達したのでね」
その言葉と同時に突然の乱入者が現れる。
全身が黒づくめで顔すらも確認できないが、性別は男のようだ。
その男は人間の少女を、凛を抱えていた。
「貴様──」
「おっと、君がこちらにくるよりも先に私が彼女の首を落とす方が早いぞ?」
意識を失った凛の首元に手を這わせる。
「気安く触れるな!!!」
僕は怒りを抑えられずに、周囲に炎を発生させる。
そんな僕を煽るように蛇は笑う。
「我々の目的はね…彼女だよ」
「彼女は人間でありながら、我々と変わらぬ妖力を保有してる」
「それほどまでにあれば人のみでありながら、妖術を複数持つことも可能かもしれない…」
「その妖術とは一体何なのか…あぁ、楽しみだ楽しみでしかない…」
僕はその言葉に思わず飛び出していた。
さすがにそのスピードと行動は予想外だったのか、蛇は驚愕の顔をうかべる。
「凛を…返せッ!!!」
「《鬼火 肆の業 太刀》」
「《狐火の刃》」
だが、その攻撃は黒ずくめの男に片手で受け止められる。
「なっ……!」
そしてそのまま蹴りを入れられるが、寸前に妖力の壁を展開し防ぐ。だが、あまりの衝撃に勢いを殺せず吹き飛ぶ。
「ごはッ……」
吹き飛ぶ僕を尻目にフウが抜刀の構えを取っていた。
「《天狗流抜刀術 鴉の鉤爪》」
そして目にも止まらぬ早さで抜刀を……
しようとして、それよりも先に距離を詰められ、顔に膝蹴りを入れられた。
フウは抜刀をした勢いを殺せず、まともに蹴りを食らいそうになるが、すんでのところで上体を後ろに逸らして軽減するが、それでも仮面にヒビが入り、頭から出血している。
そのままはフウは僕のところまで後退してきた。
「なんっだよあいつ…かなりつえぇ…!」
僕も蹴りを入れられたことで、頭に血が上っていたのが少し抜け、冷静さを取り戻す。
落ち着け、凛は今蛇の手の中にある。取り戻すにはこいつを倒さなければならない。だが、全力を出せない僕らに奴に勝つ算段がつかない。そして冷静さを欠けばさらに勝率は下がってしまう。
落ち着け、落ち着け、落ち着け!
「落ち着けるわけが…ないだろう…!!」
「凛を返せッ!!!蛇!!!」
激怒する僕を嘲笑うようにわざとらしく笑い、そして次第に姿を消していく。
「その顔が、その顔が見たかった!!」
「苦悩と怒りに塗れたその顔が!!あぁ、最高だ……」
「安心したまえ…殺しはしない。今はね」
「最高のタイミング、最高の場面で殺さなければ意味が無い!!」
「私はね?君の絶望する顔が見たいんだ。その為には彼女が必要なのだよ!」
「僕は、あの跡地にいる。待っているよ九尾」
「僕が…この場で貴様を見逃すと思うか?」
「思わない。だが、君は私を見逃さなければならない」
蛇はそう言うと、パチンと指を鳴らす。その瞬間おびただしい程の数の妖力を感知する。
「こ、これは…!」
「何だこの数…近くの村だけじゃねぇ…近隣の集落の周りにまであやかしが…!」
「ヤベェぞ、コン!上級のあやかしまでいやがる!」
フウは踵を返して村の方に向かおうとするが、目の前の凛がさらわれている状態であり、どうするべきかを迷ってしまった。
蛇は自分が逃げる為に、大量の傀儡を潜ませていた。なぜ、気づかなかった。これは前と同じ手法だと言うのに。
ここに偶然来たというのも、全てこいつの手のひらの上だったのだ。
「はは、早く向かわないと大量の人間がしぬぞ?」
「君はこの女の命と、大量の人間の命どちらを助けるんだい?」
「彼女を選んだとして、助けられた彼女は無惨にも殺された両親や、友人達を見て一体何を思うだろ──」
「黙れッ!!!」
僕は鋭い口調と目つきで蛇を睨みつける。
「もし…凛に傷1つでもついてみろ」
「貴様ら全員…骨も残らないと思え…!」
その圧に思わずハク達は一瞬怯んでしまった。
クラマの手はその圧により微かに震えていた。
(なんという風格と圧……ハク様が最強だと断言する理由がわかる)
だが、ハクはその怯みを一切見せずに飄々とした態度で闇へと消えていく。
「肝に銘じておこう。だが、君とはいえこの数は全てを守ることは不可能に近い」
「また会おう。できれば全てを守り切り、私を楽しませてくれたまえ」
そう言って、蛇達は闇の中へと姿を消していった。
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