第21話 白昼の強襲
〜数年前〜
「はぁ…はぁ…」
森の中を1人の少女が走る。時刻は真夜中、子供がとても1人でいてはいい時間ではない。
「きゃっ…!」
少女は足をもつれさせ、おまわず転倒してしまった。
足からは血が流れ、全身に軽い擦り傷を作る。
あまりの痛みにその場に座り込んでしまいそうになるが、少女はその場から立ち上がってもう一度走ろうとする。
「逃げなきゃ…」
だが、時は既に遅く、背後からあやかしの呻き声が聞こえてきた。そのあやかしは少女を喰らおうと、襲いかかる。
(あぁ、もうダメ……)
そう思った瞬間、目の前に自分とはあまり背丈の変わらない容姿で、頭から獣の耳を生やしたあやかしの少年が立ち塞がり、あやかしを退ける。
そして何も言わずに立ち去ろうとする少年を思わず、引き止めた。
「ま、待って…!」
「………?」
あやかしの少年は振り向いて、こちらを真っ直ぐ見つめた。
思わず、吸い込まれそうになるほど綺麗な瞳に少女は少し声を上ずらせながら言った。
「どうして、助けてくれたの…?」
「散歩のついでに、たまたま見かけただけだ。理由などない。」
あやかしの少年は、あまり興味がなさげに答える。
「人間の子供一人で、こんな所に来るんじゃない。」
そう言って、無数の火の玉を作りそれを道筋のように並べていく。
「これを辿れば村だ。ではな。」
そう言って、空へと飛んで行こうとする。
「待って!!!」
少女はまた声を出して引き止める。
「まだ、何かあるのか…?」
あやかしの少年は少し面倒くさそうな顔をして振り向く。
「あの…その…えっと…た、助けてくれてありがとう…!」
それを聞いたあやかしの少年は目を丸くし、少し笑った。
「はは、まさか人間の子供にお礼を言われることがあるとはな。」
「礼などいらん。でも、そうだな…もし礼がしたいのであれば、僕の神社の掃除でもしてくれ。自分でやるのは面倒くさくてな。」
「埃がすごいんだ埃が。」と、冗談交じりに笑った。
そのあやかしの少年はそれを言った後に、夜空へと消えていったが、少女は彼が消えた方をじっと見つめていた。
気のせいか、その目は先程まで泣きそうな顔をしていたのが嘘のように、爛々と光り輝いていた。
─────────────────────
「い、嫌だ…た、助けて!!」
「させるかよ!!!!!」
人狼が村人を次々と襲っていく。だが、翔は襲われた声がする方へ影で瞬時に移動し、襲われるギリギリのラインでなんとか人狼を撃退していく。
「あ、ありがとう翔くん…でも、人間があやかしを倒すなんて……」
「ああ、もう話はあと!とりあえず凛の家の方に行ってなるべく1箇所に集まってくれ!」
そう言って、翔は村人を誘導しながら影の中に消え、また1人、また1人と救っていく。
「はぁ…はぁ…くっそ、数が多すぎる…」
「翔くん!これで全員だと思う!」
凛が家の中から翔へと呼びかける。どうやら村人自体をひとつに纏める事は成功したようだ。
「わかった!さて、こっからは……」
翔は片手に血で作った剣を作り、足元には影でムチのような形状を作り出して迎撃体制をとる。
人狼たちはこちらを見ているが、何故か一向に襲ってくる気配がない。
まるで命令を待っているかのように、こちらを見ている。その目は虚ろで焦点があっていない。
(なんだよあれ…それに妖力もすげぇ気持ち悪い……)
「あんな数のあやかし…おしまいだこの村は…」
「俺たちの態度が悪かったから、アイツらがこの村に仕向けたんじゃ……」
「そもそも、翔くんのあれって妖術だよな…?人間なのになんで…やっぱり、あのあやかしたちになにかされたんだ…!」
村人は口々に不満や、あらぬ誤解を口にする。
翔は、思わず振り向いて言い返しそうになったが、グッとこらえて人狼たちを警戒し続ける。
その代わりに、凛がその声に対して声をあげる。
「違います!コン様たちはそんなことしませんし、翔くんはコン様たちの妖術の使い方を教えて貰っただけなんです!人間でも使えるんですよ!妖術は!!」
その凜の訴えに村人たちはさらに困惑するが、訴えたのが凛だったこともあり、逆に疑念の目を強める者もいた。
「半妖のお前なんかの言葉信じられるか!」
「人間が妖術を使えるなんて聞いたこともないし、大体こいつらが襲ってきたのはあのあやかしたちが帰った直後だぞ?いくらなんでもタイミングがよすぎる!」
「そ、それは……」
声をあげた凜はその反論に言葉を濁す。確かに、タイミングは良すぎる。まるで、誰かが照らし合わせたかのようなタイミングだからだ。
「うちの娘を半妖呼ばわりするのはやめて貰おうか。そして、彼らのことを悪くいう事も。」
「えぇ、うちの子は人間よ。そして、私達はこの子が信じるあの方たちを信じる。」
そう言って、優夏と暮人は凛を庇うように抱きしめる。
「お母さん…お父さん…」
翔は後ろのことを気にしつつ、前の人狼をしっかりと見る。
(俺の後ろに少しでも人狼を通したら俺の負けだ…)
『翔ちゃん、アイツら多分前よりかなり強い。』
「おう、わかってる。」
全体的に軽く逃げる時間を稼ぐ程度にしか戦っていないが、それだけでわかるほどに強さが上がっていた。
(ヴォルグよりちょっと弱いぐらいか…?)
(強さは問題ないけど、その強さのやつがこの数と考えるときついな…それに…)
翔はチラリと空を見る。今は真昼間、翔の能力とはかなり相性が悪い。
完全解放をしていないから今の使える能力への支障はないが、ココ最近は昼間の身体の倦怠感が出てきていた。
(吸血鬼に近づいてるってことかもなぁ……)
「アウォーン!!!!!」
そんな事を考えていると、一体の人狼が雄叫びをあげると同時に、数十体程の人狼が襲いかかる。
「やっぱ、なんかに操られてるで間違いねぇな!!」
「《陰統 黒鞭》!!」
翔は自分の足元に蠢いていた影を鞭のように動かしながら、襲いかかってきた人狼の方へと動かす。
数体は受けきれず吹き飛んだが、大部分は腕で受け止めて、受け流してこちらへと向かってくる。
「気持ち悪いぐらいに同じ動きしやがって…!」
人狼は翔に興味が無いのか、後ろにいる村人へ向かおうとする。
「行かせるわけねぇだろうが!!!」
翔は出していた影の鞭を中に戻し、自分と同じ形をした影を何体か作り出す。
「《陰統 影真似》!」
その言葉と共に、翔は人狼の方へと走り出すと、その影たちも同じように走り出し、翔と同じように人狼へと斬りかかる。
それで何体か切り伏せ影を人の形から戻して、ひとつの槍のような形にした。そのまま残りの人狼へと血の剣を投げつけ、影は逆方向に飛ばして、串刺しにして影の中へと引き込む。
「《血統 血染め針》!」
その投げた血の剣の形を変え針のように飛ばし、残りの人狼へと刺す。
「《血統 静寂の碧》」
その言葉と共に拳をぐっと握り、それと同時に人狼たちは糸が切れたかのようにその場で倒れ込む。
「舐めすぎなんだよ俺を。」
翔はどこにいるかも分からない、人狼を操っているであろう者へと吐き捨てる。
「すごい…人間があの数のあやかしを…」
「い、いやあれが人間に見えるの?どう見てもそんなわけが……」
「で、でもたとえ人間じゃなくても、俺たちを護ってくれてるんだぞ……?」
村人たちは未だに困惑はしているものの、批判的な声も肯定的な声を口々に上がる。
「あれは俺の息子だ、あやかしなんかじゃない。お前らは俺の息子をあやかしと呼ぶのか。」
「は、隼人さん……」
騒ぐ村人の背後に立って、隼人が翔をあやかしと呼んだものを睨みつける。
「お前が何をしていたのか、俺に見せてくれ翔。」
そう言って腕を組み、真っ直ぐと翔を見る。
「親父……」
そんな父親を見て、少し嬉しく思っていると残りの全ての人狼が横に展開して、全員が四足歩行で前傾姿勢をとる。
「おいおい、あの構えって……」
「「「カ、カゲ、ブ、ブブ、ソウウウ。」」」
その言葉と同時に影が人狼たちの身体を覆っていく、不完全でヴォルグのような綺麗な装甲では無いにしろ、その不完全さがより不気味さを倍増させる。
よく見ると、人狼たちは目や鼻から血を流し全身が震えている。
(強制的な妖術の付与と使用…?そんなのアリかよ……)
「シュビィ!!!」
『わかってるわ。』
翔の呼ぶ声に呼応して、シュビィは身体から一時的に抜け出して、翔の手に流れる血を少し舐めて、詠唱する。
『血をわかつ眷属よ、盾のなり矛となれ』
『
その言葉と同時に先程血の剣で倒した人狼達が、起き上がり影をまとった人狼達の前に立ち塞がった。
『一応肉壁程度には役立つと思うわ?だけど、圧倒的に数が足りない。』
『とりあえず、ワンちゃんの操作は任せて?』
「いねぇよりかはマシだ!死ぬ気で止めるぞ!」
翔は腕を自分で切り付け血を流し、自分の影に垂れ流す。
「これが、今の俺に出せる1番範囲の広い技だ…。」
「アウォーン!!!!!」
雄叫びと同時に、一斉に人狼たちは襲いかかる。
「《陰血統 影血の花》」
翔のその言葉で、血を含み赤黒くなった影が襲いかかっていく。何体かは避けるものもいるが、避けきれず刺さったものはまるで花開くようかのように影が人狼の血を含み膨張し、あちこちから棘を内部から生やしていく。
『眷属よ!』
打ち漏らした人狼はシュビィが、操る人狼たちが体当たりで食い止めるが、それでもまだ数が足りずに何匹かは翔達を掻い潜り、村人たちへと一直線に向かっていく。
「くっそ…!間に合え…!!」
翔は速攻で振り向き、走り出そうとするが、数秒間だけ動きが止まる。
「カ、ゲゲ、ヌ、イイイ」
倒したと思っていた人狼が、倒れながらも命を引き換えに妖術を発動させる。
「クソが!邪魔すんじゃねぇ!!!」
拘束をかけてきた人狼に蹴りを入れて吹き飛ばす。そのままもう一度走り出す。
だが、その一瞬の隙が原因で、既に人狼たちは村人へと飛びかかっていた。
「おい、こっちに来るぞ!逃げろ!!」
「嫌だ死にたくない!!」
「おい、押すんじゃねぇ!!」
村人達は混乱し、その場から各々が逃げ出そうとする。
「み、皆さん落ち着つ──きゃっ!」
凛が村人を落ち着かせようとしたが、村人たちに押しのけられて人狼の一番近くに押し出される。
「凛!危ない!!!」
「凛!!」
「凛ちゃん!!!」
翔や暮人達は凛の方へと必死に駆け寄ろうとする。
だが、誰よりも先に手が届く距離にいたのは人狼だった。
(くっそ…これが夜なら…!)
翔は唇を噛み締めながらも、必死の形相で走る。人狼はそのまま一直線に凛の方へと向かい、鋭い爪を凛へと向けて振り下ろした。
(あぁ…今度こそ私は……)
凛は自分の死期を悟り目を瞑った。だが、やはり最後の最後に縋りたくなるのは彼だった。
「コン様…助けて…」
凛は目を閉じていたが、一向に人狼の攻撃が来ない。恐る恐る目を開けると、あの日と変わらぬ後ろ姿が人狼の腕を片手で受け止め、あの日とは違う優しい口調で凛へと振り向いた。
「すまない、遅くなった。」
「コン…様…!」
凛は思わずコンへと抱きつく。コンは突然の出来事に驚いた声をあげた。
「お、おいどうした?どこか怪我でもしているのか?」
「コン様…コン様ぁ……」
泣き出してしまった凜にコンはさらに驚きどうしていいか分からずに、とりあえず受け止めていた人狼を妖力の圧で吹き飛ばし、空いた手で恐る恐ると頭を優しく撫でる。
「泣くほどに怖かったのか。だが、安心しろ、僕らが来たからにはもう大丈夫だ。」
「ほら、見てみろ。」と、いって周りを見るよう促す。
見てみると、人狼たちが半分は風で上空へと浮かされてひとつに固められており、もう半分はまるでなにかに固められているかのように、ピクリとも動くことなく静止している。
「友達の村だぜ?あんま好き勝手して欲しくないもんだ。」
「フウ様まで…!」
こうして、突如として現れた人狼たちの襲撃は、翔の尽力と2人のあやかしの圧倒的な力で、負傷者すらも出すことなく幕を閉じた。
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