第46話 重なる面影
「凛…?」
ふと出た言葉に思わず口を手で塞いだ。
似ていた。何もかもが。
顔立ちも、髪も、全てが瓜二つだった。
僕が愕然としていると、その凛と瓜二つの少女が声を荒らげる。
「ちっ…おいクソ狐野郎!どうせあたいを喰う気なんだろう?!喰うなら喰え!どうせ、あたいはいつか死ぬんだからな!!」
その治安の悪い口調にすぐに現実に戻された。
この少女はただ凛に似ているだけの別人だ。
僕は1度深呼吸をして未だに動揺する自分の頭を落ち着かせた。
「喰うわけがないだろう。そもそも、お前は何をしている」
「ここは僕の神社だと知って来たのか?親はどうした」
僕がそう聞くと、少女は吐き捨てるように言った。
「ここがどこなのかは知らねぇ!親はあたいを捨てたんだ!だから…いない…!」
「捨てられた…?」
「そうさ、あたいは人間派の親の元に生まれた」
「最初は一緒に暮らしてたけど、私の妖術が戦闘向きじゃないとわかった途端、捨てられたんだ」
「もう3日も飲まず食わずで山を彷徨ってたら、たまたまここについただけだ!」
「さぁ、もういいだろう?!どうせ死ぬんだ!」
「クソ親共はいっつも言ってた。あやかしは人間を食べて強くなるんだって。なのに、人間と共存しようって言ってあたいらを洗脳して管理しようとしてるんだって!」
「特にトップの『コン』ってあやかしは、人間を生きたまま沢山喰らって今の力を得たのに、人間と共存なんてするはずがないってな!」
そこまで言って力尽きたのか項垂れてしまった。
お腹の辺りから腹鳴りがする。
「お腹…空いた…」
「…はぁ」
僕は少女の拘束を解いて背を向ける。
突然拘束を解かれた少女は困惑の表情を浮かべる。
「え?なんのつもりで……」
「腹が減ってるんだろう?飯を作ってやるからついてこい。いや、その前に風呂だな」
「は?何言って……」
「いいから来い。このまま野垂れ死にされても目覚めが悪い」
そう言って神社の中に入っていく。
少女は困惑しながらも、僕の後ろをついてきた。
─────────────────────
「お風呂…ありがとう…」
「あぁ、もうすぐできるか…ら…」
「な、なんだよ。なんか変なのか?」
「あ、いや、大丈夫だ。なんでもない」
僕は思わず見惚れてしまった。口調こそ違うが、それ以外は何もかも凛にそっくりだ。
服は凛が使ってたのを渡した。
100年経ってもまだ着れる程に綺麗なのは、僕が妖術で保存していたからだ。
何もかも捨てられなかった。ただそれだけだ。
「ていうか、なんで人間の女物の服なんて……」
「はっ!まさか、綺麗にして食べる前にあたいを襲ってから……!」
「違う!そんなつもりは無い!変な勘違いは辞めろ!」
「その服は昔住んでた人間のものだ。そして、何度も言うがお前を喰う気はない」
「ほら、出来たぞ」
僕はそう言って、作った物を机の上に置いていく。
豆腐の味噌汁、だし巻き、そして炊いた白米。
出来たての食事に少女は目を輝かせて唾を飲み込む。
「熱いから気をつけて食え」
「うん!いただきます!」
少女は1口味噌汁を飲んで、更に目を輝かせる。
「うっま〜い!!!」
そして、かき込むように食べ始めた。
「おい、そんな急いで食わなくても飯は逃げないぞ?」
「美味い…!ほんとに美味い…!」
そう言って、美味しそうに食べ進めていく。
一瞬にして、白米と味噌汁は空になった。
「なぁ、もうないのか?おかわり食べたい!」
「まだ残りがあるからそんなに焦るな。すぐ持ってきてやる」
「やった!」
そう言って嬉しそうに笑う顔も、凛と瓜二つだった。
─────────────────────
「ご馳走様でした!!」
そう言って、そのまま床に寝転んだ。
「美味しかったぁ……温かいご飯なんていつぶりだろ」
そういう少女にふと疑問を感じた。
「追い出されたのは3日前だろ?そんなに日は空いてない気が…」
僕がそう言うと、少女は首を振る。
「あたいらの集落はちっさい時からずっと戦闘訓練をするんだ。そして、成績とか才能のあるやつはいいご飯が食べられるけど、あんまり良くない奴はカビたパンとか、冷たいおにぎりとか、成績のいいヤツらが残した残飯とか、酷い時はご飯が無い時もあった」
「あたいは近接戦闘は得意でいつも1番だったんだけど、妖力を使うのががほんとに苦手でさ?しかも、妖術が戦闘にあまり役に立たないものだったから……」
そう言って話しながら涙が零れていく。
「あれ…?あたい…なんで泣いて……」
僕は泣いてしまった少女の頭をそっと撫でる。
「泣ける時は泣くといい」
今までは生きるために必死になっていて、きっと悲しむ余裕すらなかったのだろう。
僕が頭を撫でると、そのまま少女は抱きつきながら喚くように泣く。
「なんで…捨てて…なんで…!」
「…少女よ、名前は?」
「…花…凜…」
「花凜、行くところがないんだろう?なら、ここにいればいい」
「ここは共生派の集落だ。人とあやかしが手を取り合って暮らしている」
「強くなくていい。お前はお前のままでいい」
「だから、今は沢山泣けばいい」
その日の夜、花凜は今までの思いを全て乗せたかのように泣いた。そして、泣き疲れたまま倒れるように眠った。
─────────────────────
「ほら、翔太!遅い遅い!」
「ま、待ってよ花凜ちゃん!」
花凜が来てから数日たった。
翔太とも歳が近くすぐに仲良くなれた。ふたりが遊ぶ姿は昔のあの二人を見ているような気がした。
まぁ、立場は逆だが。
「コン殿、一体どこからあの子を拾ってきたでござるか?」
「拾ったんじゃない。たまたま、ここに来たんだ」
「……それにしてもおかしな妖力を持つ子でござるな」
「分かるか?」
僕は花凜の妖術は何なのか聞いた。彼女の妖術は《慈愛》。だが、名前はわかったものの使い方がわからないらしい。なぜ使えないのか、どうすれば使えるようになるのかを本人が把握できてないのは、妖力と妖術を感じ取る力が彼女は低いからだった。
「使えぬと判断した者はすぐさま捨てるとは…奴らは子供をなんだと思っているのか……」
フウマは怒りが込み上げているのか拳を固く握った。
「最初に見つけたのが僕で良かった。大事になる前に助けることができただけ良しとしようじゃないか」
「…それもそうでござるな」
「しかし《慈愛》とは一体どんな力なのでござろうか」
「………」
おそらくは凛の《寵愛》と似たような能力だろう。
だが、そうだとすると彼女が命を落とさない限り使えない可能性がある。それが人間派の連中にバレていれば即座に殺されていたかもしれない。
《寵愛》が授ける愛だとすると、《慈愛》は与える愛である。
僕の予想が当たっていればおそらくは……
「なんにせよ、今は使えないのであれば仕方ない」
「素の身体能力はかなり高い上に、ほぼ無意識に妖力を身体に纏わせて身体能力をさらに伸ばすことも出来ている。才能が無いわけじゃない」
「それもそうでござる。今の状態だとうちの息子よりも全然強い」
「翔太はどちらかと言うと妖術寄りだろう?あの歳で妖術はまだ使った所は見たことないが、妖力のみの操作ができる上に魔族特有の魔術も使える」
「いやぁ妖術も使えてもおかしくないのでござるが、何故か使わないのでござるよ」
「使えないのか使わないのかは、分からないでござるが、なにせ翔太も半魔。特殊な妖術であることはほぼ間違いない」
「使う時期を見計らってるのかもしれぬ……」
「なるほど……」
そんな他愛のない話をしていると、1匹のネズミがフウマに近づいてくる。
それによりフウマの顔が真剣な眼差しへと変わった。
「どうした?」
「このネズミは、拙者が人間派の動きを監視するために潜入させていたうちの1匹でござる」
「そのネズミが1匹で帰って来たということは何か動きがあったということ……」
フウマはネズミを手で拾い上げ、自分の額とネズミの額に錬成陣を作り出す。
「なっ?!」
暫くしてフウマが驚愕の声をあげた。
「どうした。何があった」
「人間派の一派が…全軍でこちらに侵攻してきているでござる」
「到着までおよそ約5分。拙者は集落に……」
その言葉を遮るように、突然突風が吹き荒れた。
そして、懐かしくも感じるがどこか歪に混ざったような妖力がその場を支配した。
そして、その妖力の主は翔太と花凜を一瞬にして風の牢獄の中に拘束した。
僕らはそのスピードに全く反応ができなかった。
「馬鹿な…拙者とコン殿の反応すらもできないなんて…」
フウマは驚いているものの、一瞬にして錬成陣をいくつも生成し、臨戦態勢を取った。
僕はと言うと、その妖力の主の風貌に驚いていた。
長く煌びやかな銀髪だった髪は、黒く染まっており、羽も鴉のように黒くなっていた。
つけていた仮面は少し割れており、片目があらわになっている。
そして、以前とは違うなにか黒いプレッシャーを放っていた。
「一体…何があったと言うんだ…フウ…!」
フウはこちらを見て笑った。その笑顔の奥底は笑ってなどいないであろう乾いた笑みを浮かべて。
「何もねぇよ。ただ、自分の夢の為にひたすらに生きてるだけだ」
「久しぶり、コン」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます