第31話 並び立つ肩
「空を飛ぶのって気持ちいいですね!そしてとっても早い!」
凛は楽しかったのか少し鼻歌混じりに神社の方に戻っていく。
「やっぱり1ヶ月以上放置していると、少し埃っぽいですね…」
「まだ花火まで時間ありますし、軽く掃除してしまってもいいですか?」
「そうか、じゃあ頼む」
「……ほんとにもうコン様は、私がいないとダメですね〜?」
凛がケラケラと悪戯っぽく笑う。
「ああ、そうだな。そうかもしれない」
ほぼ無意識に出た言葉に自分で驚く。僕は今なんて言った?
凛もその返しは予想外だったのか、ぽかんと口を空けてしまった。
「え…?今コン様なんて言って……」
「な、なんでもない!いいからするなら早くしろ!花火を見るんだろ!」
「は、はい!そ、そうですね!す、すぐやってきます!!!」
凛は慌てたように掃除道具を取りに行った。
僕は凛を待つ為に、神社の前の鳥居に飛び乗った。
僕は今自分で言った意味がよく分からない。なぜ、今あんな事を言ってしまったのかが、分からない。
僕には恋愛的な好きが分からない。どう思えばそうなのか、なぜそう思ってしまうのか、何がそうさせるのか分からない。
僕はフウや、翔、シュビィもそれなりに好きだ。だが、それは友達として好きなのだ。
凛の事ももちろん好きだ。だが、凛に対しては同じ好きなのかと聞かれるとそうじゃない気もする。
フウ達といるのは楽しい、彼らはとてもいいヤツらだ。
だけど、凛と一緒にいるのは楽しい以上に心地いいと感じてしまう時がある。
自分自身でも、凛に向ける感情と、フウ達に向ける感情に少しの違いがある事は気づいている。
「でも、なぜ違うのかが分からないんだ…」
身の回りの世話をしてくれるから?違う。
美味しいご飯を作ってくれるから?違う。
理由がわからない。
なぜ、僕は……
「コン様…?」
凛は掃除が終わったのか、僕の事を見上げていた。
神社の方見るとここからでも分かるぐらいに綺麗になっている。この短時間でどうやったら人の身体であんな事ができるんだ……?
相変わらずこいつの家事能力の高さには驚かされる。
「……ここに座るか?多分見やすいぞ」
「え、いいんですか?鳥居に座るなんて罰当たりな気が……」
「ここの神様の僕がいいって言ってるんだ。心配するな」
僕は1度降りて、凛を抱えて鳥居に飛び乗る。
「おぉ…!すごくいい眺めですね……」
鳥居からは提灯で暖かく彩られた村がよく見える。
空は快晴、星空と月明かりが僕らを照らす。
「僕はここからの眺めが好きなんだ。村の様子もよく見えるし、何しろ遮るものが何も無い」
「まるで、世界の全てが見えてるような気がするからな」
「確かに…今この時は世界で2人きりになった気分になりますね」
そう言って自分が言ったことが少し恥ずかしいのか、照れくさそうにはにかむ。
そんな凛を見て顔が熱くなるのと同時に、目を一瞬奪われる。
凛はそれに気づかずに、また村の方を見ながらしみじみとした声で話し始める。
「覚えてますか?私がここに連れてこられたのって2年前の今日なんですよ?」
「コン様からすれば、たったの2年かもしれないですが、私からすればかけがえのない2年でした」
そう言って、凛は村の方を眺めながらゆっくりと話す。
「私は、昔からあやかしに遭遇する事が多くて、だから村の人からは半妖って呼ばれてたんです」
「今思えば、私の高い妖力を狙っての事なんだと分かります」
「ですが、当時の私は自分が呪われているのだと思っていました」
「だからこそ、私は生贄になる事を望んだんです」
「でも、それ以外にも理由があるんです。それはコン様にもう一度会いたかった」
「貴方は覚えてないかもしれませんが、ここに来る前に1度会ったことがあるんですよ?」
そう言って、コテンとこちら見ながら首を傾げる。
昔に僕と会ったことがある…?まさか…
「お前…あの時の子供なのか…?」
僕がそう言うと凛はくすくすと笑った。
「やっぱり忘れてたんですね…まぁ、そんなとこだろうと思ってましたけど」
「初めてあやかしに助けられて、私を襲わないあやかしに出会って、お礼をしたいって言うと、掃除をして欲しいって言った不思議なあやかしにもう一度会いたかった」
「一体どんな人なのかなって、あの時助けてくれたお礼をもう一度したいって」
「でも思ってた人と全然違って、貴方はとてもぶっきらぼうで、家事ができなくて無頓着で…」
凛はそこまで言って一息つく。
「そして思った通り、とても優しくて暖かい人でした」
そうやってこちら見てにこやかに笑う。
「私は知って欲しかった。貴方のその優しさを、あやかしとしてではなく、『コン様』という一人の人物を」
「だからお祭りを開いたんです」
「こうすれば、きっと貴方はいい神様だと、後世に伝わっていく」
「貴方の事を知る人間が、この世界からいなくなったとしても」
そこまで言って、凛は悲しげな表情を浮かべる。
忘れていた、人間と僕らあやかしでは生きる時間軸が違う。僕らが感じるたったの100年とは、人間の一生だ。
凛はそれをわかっていて、今僕を知る人間がいなくなったとしても、誤解される事がないように大きな行事を残そうとしてくれたのだ。
同じ事が繰り返されぬように。
僕はそんな凛にどう声をかけていいか分からなかった。
なぜ、そこまでしてくれるのか、どうしてそこまで気にかけてくれるのか、聞きたいことは沢山あるのに何故か聞いてはいけない気がした。
何も言えずにいる僕を見て、凛は言葉を続けていく。
「でも、私はあまり気にしてないんですよ?」
「私はこの2年はとても楽しくて、そして大事な大事な思い出なんです」
「こんな風に私が生きた証みたいな物も残せましたしね……」
そう言って、凛は村の方を眺める。
その表情はとても穏やかで、そして嬉しそうだった。
その表情はとても美しくて、僕は目を奪われる。
『好きなんでしょ?あの娘のことが』
シュビィの言葉がまた脳裏を過ぎる。
いつしか聞いた師匠の話も思い出す。
『いいか、好きなダチと好きな女の違いはな、大事な時に助けてやるのがダチで、そいつのためなら命すらかけて守りたいと思えるのが好きな女だ?まぁ、ガキのお前らにはわかんないか??』
僕は凛の為に命をかけれるのか、そう聞かれると分からない。
だけど、もし彼女が危機にさらされてしまったら、僕は全てを捨ててでも助けに向かうと思う。
だが、彼女は人間だ。例え僕が守ろうともきっといつかは僕を置いて死んでしまう。
時間とは残酷だ。それでも、死んで欲しくは無いと僕は思ってしまう。
凛がいなくなってしまう事なんて、考えたことも無かった。
いや、考えたく無かっただけなのだ。
それほどまでに彼女の存在は僕の中で大きいのだ。
感じたことの無い胸の痛みと感情が、僕の身体を駆け巡る。
「あ、そろそろ時間ですよコン様!!」
「この花火はこの祭りのメインイベントなんです!これを名物として今後はもっともっと大きなお祭りにするんです!」
そう言って僕の肩を叩いてうれしそうな声を出す。 そして僕の方に向き直りまっすぐこちらを見つめる。
「私は人間です。きっと、あなたの生きる時間軸では私との記憶なんて一瞬のものかもしれません」
「それでも、私の中ではかけがえのない一生なんです」
「だから、来年も、再来年も、その次の年も」
「私が生きている間は、ずっと一緒に花火を見てください」
「私は、それだけで幸せなんです」
「これからも末永くよろしくお願いしますね!」
そう言って屈託もない満面の笑みを見せた。
その笑顔は僕の心を殴りつけるかのような衝撃を与えた。
目の前の空がとても色鮮やかに染まり、花火が上がり始める。
「あ、見てください!」
「とても綺麗ですねぇ……」
そう言って、花火をキラキラとした目で見つめる。
花火の音がうるさくて、声が聞こえなくてもおかしくないはずなのに、花火の音が聞こえないぐらいに凛の声が耳に届く。
目の前では色鮮やかで、煌びやかなものがたくさん写し出されているのに、そんなものよりそれが写る凛の瞳が何よりも美しく綺麗に見えた。
火薬の匂いがここまで届く。その匂いに混ざって、隣に座る凛の少し甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
凛は最初から僕自身を見てくれていた。
あやかしとしてではなく、『コン』として見てくれていた。
そんな人間は、いや、そんな人物は初めてだった。
ずっと一人だった僕の心にズカズカと入ってきて、僕を外へ連れ出してくれた。
空虚で灰色に写っていた世界が、彼女のおかげで色鮮やかになっていった。
どう足掻いても無理だと思っていた師匠が思い描いた世界が、彼女のおかげで今目の前にある。
全ては彼女のおかげであった。
彼女が僕を見てくれたから、彼女が僕を知ろうとしてくれたから、彼女が僕を知ってもらおうと尽力してくれたから今がある。
彼女を見ると、顔が熱くなる。
彼女と話すと、とても心地いい気持ちになる。
彼女が笑うと、僕も嬉しくなる。
彼女が悲しんでいると、僕も悲しくそして怒りが込み上げてくる。
彼女がいなくなる事を考えると、心が張り裂けそうなぐらいに痛くなる。
今ある日常が、僕にとってもかけがえのないものだった。
凛がいて、翔がいて、シュビィがいて、フウがいて誰一人として欠けてはいけない大切なものだ。
それを気付かせてくれたのも凛だ。
あぁ…そうか。
「これが…恋か…」
僕の呟きは花火の音で掻き消えた。
僕よりも少し低かった凛の肩は、いつの間にか僕と並んでいた。
第3部【完】
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