第15話 王は月夜に照らされる

満月の月光が雲から少し差し込むように凛を照らし、凛は朧気に目を開ける。


「うっ……!」


額に痛みを覚え、額を抑えようとしたが手が動かない。どうやら縛られている様だ。額から少し血が滴り落ちる。


「ここは……きゃっ!」


周りを見渡すと、人狼が輪を囲むように座って、頭を垂れている。まるで誰かに付き従うかのごとく。


「やっと起きたかァ。人間の女ァ」

「待ちわびたぜ。これでやっと喰えるなァ!」


声がした方を振り向くと、周りの人狼より一回り以上大きく、そしてはっきりとした口調を持つ人狼が凛の方へと歩み寄る。


「あなたは、誰?なんで私をここに連れてきたの?」


凛は人狼を見てもなお怯まず睨みつける。

人狼は鼻で笑いながら凛を見る。


「ハッ活きのいいガキだなぁ…まぁいい。」

「俺様の名前はヴォルグ。この人狼共の《主》さ。」


「「オウ!バンザイ!」」


周りの人狼がヴォルグの声を皮切りに、歓声を上げた。


「そう、そのヴォルグさんはなんで私を食べずに、起きるのを待っていたの?」


凛は静かに、そして冷静な声で、冷静な口調でヴォルグを睨みつける。

ヴォルグは怒り混じりに声を荒らげた。


「あ?そんなもん決まってるだろ?俺様は人間が泣き叫ぶ声がだいっすきなんだよ!!それを聴きながら喰らう人間なんて極上だ!!」

「なのにあのキツネ野郎のせいで、人間がろくに喰えねぇ!!」

「あいつが俺たちの住処であるこの山に、突然来て、あんな化け物じみた力を持ちながら人間を襲うなだと?!ふざけんじゃねぇ!!」

「あいつがいなくなるのをずっと待っていた!俺が《主》として覚醒したこともひた隠しにして!!しかも、あいつはお前を大事そうに自分の神社に匿っていた!」

「そりゃあそうだ、こんなにもデケェ妖力持ってんだからな!お前さえ喰えば俺様はあいつよりも強くなれる!!!」

「ああ、もう限界だ!ゆっくりゆっくり喰ってやる!味わうように!足から頭のてっぺんまでゆっくりと貪ってやる!!」


そう言って、ヴォルグは大きな手で、りんの腕を掴み自分の口の上にぶら下げる。


「ほら!泣き叫べ!お前は今から俺様に喰われるんだからな!!」


凛はその声を聞いても、顔色ひとつ変えずに睨みを聞かせて啖呵を切る。


「私は泣きません、これで死ぬならそれが私の運命です。」

「私に妖力の大小は分かりませんが、あなたのような小物に私の妖力がたとえどれだけ大きく、それがあなたに足されたとしても、おきつね様は負けませんよ。」


「だって、あの人は最強なんですから。」


そう言って口角をニヤリとあげた。


「こんの……クソガキがァァ!!!」


ヴォルグは激昂して、足に思い切り噛み付こうとした時──

ウォルグの腕に、赤黒い刃が刺さる。


「《血統 躍動の赫》!!!!!!」


その赤黒い刃はその声を皮切りに、その腕の中で膨張し、あちらこちらから刃の先が貫通する。

ヴォルグは思わず、凛を手放し凛は落下したがそれを、赤黒い剣を持った少年が、影から現れ落下する凛を抱き抱えてヴォルグから距離をとる。


「なんだこれはよォ!お前誰だよ!!」


ヴォルグ刺さった刃を引き抜き投げ捨て、こちらを見て怒りの声をあげる。

少年は抱き抱えた凜を離さずに答える。


「うるせぇよ、汚ぇ手で凛に触んなバカ犬野郎。」


翔はそう言いながら、血の刃をヴォルグに向けた。


─────────────────────


「オウノ、ジャマ、サセナイ!」


翔は飛び出す人狼を一瞥することも無く、切り捨てていく。

凛の元へ急ぐ中、翔はもう何十体を倒したか分からないほどに、人狼を切り続けていた。

普通なら疲弊して、疲労が見えるところだが翔は──


「ハハハハ!!おら!もっと来いよ!もっと、もっともっともっと!!!!」


笑っていた。狂気じみた笑いを上げながら、敵を薙ぎ倒していく。


「なんだよこれ、超気持ちい!!今ならなんでも、何でも出来そう──」


『悪いわね翔ちゃん。』


翔の身体がピタッと止まった。シュビィが身体の主導権を奪ったからだ。翔はその事に激昂する。


『おい!シュビィ!邪魔すんなよ今せっかくいい──』


そこまで、いって翔は我に返る。今自分は何を言おうとしていたのか。自分は今凛を助けに行くことを建前に、


「今、貴方完全に力に呑まれてたわ。今日は満月、私たち吸血鬼が最も高揚する日。」

「戦闘に対しての興奮も分からなくもないわ。けど、決して本当の自分を見失わないで。もしそれが分からないのなら、私はあなたに力を貸すのを辞めるわ。」

「自分の強さを誇示するための戦いの強さと、人のために振るう強さは全然違う。」

「私は翔ちゃんには後者であり続けて欲しい。」


シュビィ諭すように忠告する。


『ありがとう、シュビィ。もう大丈夫だ。』

『俺は、凛を助けるために来てるんだ。』


自分はまだ力を完全に掌握していない。まだ何も知らないままだと言うことを痛感させられた。


「そう?分かればいいわ。ま、戦闘を楽しむ事もひとつの成長への1歩だけどね。」

『じゃ、行きましょう。小娘を助けるために戦うのよ。』


翔と身体の主導権を交換し、冷静さを取り戻した翔はもう一度、凛を助けるために走り出した。


─────────────────────


「翔…くん…?」


凛は驚いているような、そしてどこか安堵したかのような顔をして翔を見る。


「ごめん、遅くなった。大丈夫、俺は強くなったんだよ。」


そう言って、翔はニコリと笑う。


「人間ごときが妖術を使ったのか?」

「この俺様に…傷をつけたのかァ!!!!」


ヴォルグは声を荒らげて、翔達に襲いかかる。

翔は凛を抱き抱えたまま片手に体に回していた妖力を集めて打撃を受ける。


「きゃっ!」

凛が悲鳴をあげる。


(コイツ…早い。そして重すぎる。全部回してもギリギリかよ……)


翔は反動を殺すために後ろに飛ぶ。

だが、後ろにはヴォルグの下僕が待ち構えていた。


「ニンゲン、コロセ、オンナ、カエセ。」


「……っ!邪魔なんだよ!!」


「《血統 孔雀》!!」


翔は血の剣を背中にまわし、そのまま変化させ翼を開くかのように血の剣を膨張させ数百という鋭利な刃を展開する。


『翔ちゃん!前からも!』


シュビィの声に前を見ると、既にヴォルグが上空から飛びかかってきている。

翔は避けることを諦め、そのまま受けるように見せかけて、ヴォルグの足元にある影に身体を滑り込ませる。


「あっぶねぇ……ここなら安全だろ…」

「ここに、凛を1度隠し──」


『…?!翔ちゃん、避けて!!』


シュビィの言葉に反応して、間一髪で避けたが身体を数ミリ掠める。


「な、なんで……」


翔は愕然とした。影の世界に自分以外の住人が存在していた。


「お前だけかと思ったか??俺様の妖術の本質は《影》、俺が《主》と呼ばれる所以なんだよ!!」


ヴォルグの一声に、一斉に影の中に下僕達も入り込む。


「俺様の領域内の影なら、こうやって潜り込ませることも出来るんだぜ!!!」


「ちっ…!」


「《血統 繭》!」


一斉に襲いかかる人狼達の猛攻を、自ら血を流して量を増やし、大きな繭のようなものを作り出し、身体を覆う。


「くっそ……」


凛を守りながらの戦闘、そして素の力で現状の自分では勝てるか分からない相手。

翔は圧倒的なまでに不利な状態を強いられていた。


「翔君!血が……」


凛が心配そうに声を出す。


「大丈夫、こういう能力だからな。」


今この状態でも外側から叩かれているのがわかる。もうすぐこの繭も壊されるはずだ。

翔の思考は、勝つ事ではなく如何に凛を無事に助け出すかを考えていた。

助けが来るとは考えられない。今この場で凛を助け出せるのは自分だけだ。


「なぁ、シュビィ。」


『……なに?』


シュビィはあからさまに嫌そうな声を出した。


「お前の本当の能力を引き出すのに、何を支払えば使える?」


『…………。』


「なんでもやるよ。今この場であいつらに勝てるだけの力を貸せ。」


「ちょっ、ちょっと翔ちゃん?!」


凛は慌てたような声を出した。


『全部を好きなように使うには、寿命100年なんかじゃ足りないわね。だけど……』

『3分。3分だけならあなたの血を私に飲ませてくれれば使えるわ。』

『だけど、吸血鬼に血を吸われるということは、今の状態でどうなるかは分からないけど、人間ではなくなる可能性もある。それでもいいの?』


「ダメですよ、翔くん!私のためなんかに人を辞める必要は……」


翔はその言葉を遮った。そろそろ繭も限界が近いのか、至る所がひび割れている。


「俺は、凛を助けるためにここに来た。」

「助けるためには、人を辞めることが必要なら喜んで辞めてやるよ。」

「そもそもこんな力使える時点で人間かどうか怪しいしな!!」


「好きなだけ吸えよ、シュビィ。」


その声と同時に、繭が破壊される。破壊された瞬間に翔達は影から飛び出した。

それに続いてヴォルグ達も影から飛び出す。


「お前、本当に人間か?妖術は見たところ2つ使っているよな?悪神なのか?」


ヴォルグは警戒を緩めずに、翔を見ているとどこらかともなく、艶やかで浮世離れした美貌に長く伸びるブロンドの髪、蝙蝠の翼に赤い眼を持った女が後ろから翔を抱くように突然現れる。


『うふふふ…♡それでこそ翔ちゃん…。私の夫に…いえ、主にふさわしい男。』


『さぁ、今宵は満月。もうすぐ月も頂上へと差し掛かる、真夜中わたしたちの時間…。』


そう言って、その女は翔の首元に少し噛み付く。そのまま少し口元から血を滴らせ、翔の身体の中へ消えていく。


『さぁ崇めなさい。そして恐れなさい。』


『夜の王の誕生よ。』


その言葉を皮切りに木々がざわめき、雲が晴れはじめ、空の真上に差し掛かる満月が姿を現し、翔を照らす。


「……?!なんっだよ、その妖力の量は…人間が放つ量じゃねぇぞ!!」


ヴォルグはたじろぐように、手を振るい下僕たちを仕向ける。

だが、その下僕たちは翔に届くことは無かった。夜が下僕達を全て


「なっ……?!」


ヴォルグは愕然としている中、翔は静かに目を開ける。


その目は緋色に染まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る