第51話 再臨
「ここまで来れば大丈夫だろう」
そう言って、オロチは花凜と翔太を下ろした後、2人から1人に戻る。
それを見たあと、花凜はもう耐えられないとオロチに向かって叫ぶ。
「助けてくれたことはありがとうなんだけど、あんた一体誰なのよ!!!」
「と、というか2人になったり、1人になったりあんたは一体どういう…!」
「ちょっ、落ち着いて花凜ちゃんこの人に敵意は全くないから、一旦落ち着いて!」
そう叫ぶ花凜を翔太が宥める。
慌てた様子のふたりに、オロチは少しムスッとした状態で話し出す。
「さっきも言っただろう。我はオロチ、主であるコン様に使える忍である」
「そして我の力は《分身》。自分を8人に分けることが出来る」
「2人で貴様らを運び、残りの6人であいつの足止めをしていただけだ」
オロチはそんなことを飄々とした表情でいった。
「これほど木が生い茂っていれば、安易に見つかることも、妖力を極限まで下げれば見つからず逃げ切れることも可能なはずだ」
「よかった…」
花凜はその言葉に安堵した表情を浮かべる。
確かにものの数秒で、マガツが放っていたプレッシャーからかなり離れた位置まで逃げていた。
これなら…と、考えた3人だったが、オロチが突然後ろ振り向いて、緊迫した顔をした。それが気になった翔太は不思議そうに尋ねる。
「あの、オロチさんなんでそんな急に…」
「我の分身体がやられた。今すぐここから離れるぞ」
その言葉に全員に緊張が走り、花凜は怯えた表情となる。
「そんな…!」
「数秒も出来たら御の字と思っていたが、ここまで一瞬で…」
オロチはそう言いながらまた分身し、2人を担いで走ろうとした瞬間──
森が目の前から消え去った。
「「「……?!」」」
突然の出来事に3人は驚きを隠せない。方向感覚も分からなくるほどに生い茂っていた木が全て伐採されるかのように消えた。
後ろからはあの冷酷にも聞こえる声が届く。
「少々視界が悪かったのでね。消し去りました」
「言ったでしょう?私からは逃げられないと」
その言葉にオロチは一瞬にして8人に分身し、オロチへと襲い掛かる。
1人は花凜と翔太を守るように前に立った。
「いいか!やつの力は目線と手のひらの向きで発動する!!やつに目がない以上こちらからは分からない全速力で視界から消える努力を…」
「無駄ですよ」
マガツは一瞬にして他の7人を倒し、こちらへと向かってきた。
「ちっ…!」
オロチは分身することなく、腰から小刀を抜き真っ向からマガツを迎え撃つ。その姿に少しだけマガツは驚いた表情を浮かべる。
「なるほど、分身は力を分散させてしまうのが弱点というわけですか」
そう言いながら、自身の腕を鋭利に変化させて、オロチに斬りかかる。その刃を小刀で受け、1人分身作り出し、そのまま小刀で受けた方を消して、背後に回った分身体だったはずのオロチが小刀を刺すように切っ先立て振り下ろす。
マガツはそれを受けることなく、その場から消え去る。
「上ですよ」
一瞬にして頭上をとったマガツはそのまま腕の骨を何十倍にも大きくさせて振り下ろす。
間一髪で避けたオロチだったが、その威力に冷や汗をかいた。
(勝てないなこれは…)
それほどまでに圧倒的な差だった。
「あなたの分身の力はかなり強力だ。だが、ここまでひらけた場所では奇襲を仕掛けることも、錯乱させる事も難しく、その力の使い方に限りがあるでしょう」
「あなたでは時間稼ぎにもなりませんよ」
そういったマガツにオロチは鼻で笑った。
「我の役目はあの二人を逃がすことだ」
「あの二人が死なないことだ」
「『生きて帰る』その命の中に我は含まれない」
「時間稼ぎにもならない?バカを言うな。そうならなぜ貴様は俺をおいてあいつらのところに飛ばない。」
「なぜ、今のうのうと会話している我を殺さない」
「貴様のその力、他にも制約があるな?」
そのオロチの言葉に変わらないはずのマガツの表情がピクっと動いたように見えた。
「…さすがはあの八岐大蛇の転生体だ考察と観察眼が長けているようで」
「早々に殺しておかねばなるまい」
そう言って殺気を放つマガツにニヤリと笑いながら、オロチも妖力を高めていった。
────────────────────
「はぁ…はぁ…」
2人は脇目も振らずに一心不乱に走る。森だったはずの景色がどこまで走っても平原のように平たい。
あの一瞬で森を消し去るほどの力を持つ者に勝てるはずなど無いと心の底から恐怖し必死に走る。
「コンの…所まで…走らなきゃ…!」
花凜は必死に聞いた方向へと走る。
翔太もまた後ろを着いていくように走る。
実際、コンのところまでつくためには今のスピードでは足りないことは2人ともわかっている。それでも、助けを求めるために必死に走った。
「何度も言いますが、無駄ですよ」
突如として聞こえたあの声に2人は思わず足を止める。
そのままゆっくり振り返ると、ボロボロになり血を流したオロチを片手に引きずるように持ったマガツが立っていた。
「これ、お返しします」
そう言ってオロチをこちらに放り投げ、地面に投げ捨てられたオロチからは鈍い音がした。
翔太はすぐに駆け寄った。
「オロチさん!!!!」
「に…げ…ろ…」
オロチは息も絶え絶えといったところで、切り傷のような傷と少し抉られたような傷など生々しい傷が至る所にある。
「なに、死にはしませんよ。まぁ、五体満足で今後生きていけるのかどうかは知りませんが……」
怒りも込みあげたが、それよりも翔太の心は恐怖で埋め尽くされていた。オロチは強い。自分よりもはるかに。そんな人がこんなにも無惨な姿となってしまった事実が翔太の身体を恐怖で竦ませてしまう。
(くそ…僕はこんな時も…くそ…)
(僕にも…力があれば…!)
『………で。……んで』
一瞬、頭痛と共になにか声が響いた気がした。
「翔太!!!オロチを連れて逃げて!!!!」
その翔太の疑問をかき消すように、花凜が叫んで翔太の前に立つ。
「は、はぁ?!何言って…」
「このままじゃ、全員死んじゃうでしょ!!だからあたいが!」
「そ、それなら僕が残るから!」
「ダメ!あんたが死んだらフウマさんが悲しんじゃうでしょうが!」
「それにあんた、本当はもっと早く走れるでしょ?!」
「そ、それは…」
「あたいに合わせて一緒に走ってくれてるのわかってるんだから!だから、早く行ってよ!!!!」
そう言って凄む花凜だが、足元を見れば震えている。
そんな様子を少し嘲笑うようにマガツは見ていた。
「いやぁ、素晴らしい。友情…?と言うやつでしょうか」
「ですが…」
その言葉の後に一瞬にして花凜に距離をつめて平手打ちをする。軽く小突いた程度に見えるものだと言うのに、花凜は数メートル吹っ飛んでしまう。
「うっ…!」
「なんて脆いのでしょうか。この程度で足止めなど…」
「蛮勇と無謀を履き違えてはいけない」
(助けなきゃ…このままじゃ花凜ちゃんも…!)
(助けなきゃ…助けなきゃ…!)
「くっそ…動けよ僕の身体!言うこと聞けよ!!!!頼むから!!!!」
翔太はより一層頭痛に苛まれる。
助けなきゃと思う気持ちが高まれば高まるほど、頭痛は強まる。そしてまた声が聞こえてくる。頭は割れそうなほど痛いのに、なぜだかその声は心地いい。
『呼んで…呼んで…早く…』
心の中からの声が強まる。自分を呼べとそう強く翔太に語りかける。
それと同時に翔太の妖力が高まっていく。
いつも以上に。いや、押さえ込んでいたものが吹き出すように。
その様子にマガツはこちらに意識を向ける。
「なるほど…これが本来のあなたの妖力…」
翔太は優しい子だった。
自身の妖力量が多いことを物心がつく前に自然に自覚し、周りを怖がらせてしまう事を危惧して、無意識のうちに自分の力を押さえ込んでいた。他人よりも自分を下に見せるために、人よりも低く力を使うクセがついてしまった。
だからこそ、本質が妖力が使えなかった。だが、その溢れ出す妖力だけでも身体を強化し、色のない妖力に色をつけ、形を変え、コン以上に自在に扱えた。それは、コンを凌ぐ才能の持ち主だということ。
それは、生まれながら備えた彼の本質が、彼が最強であるように、最強である事が必然かのように。
力が欲しいと、人を助けたいと叫ぶ彼に反応するかのように本質が溢れ出す。
オロチをその場に寝かせて翔太はゆっくりと立ち上がる。
「僕には戦う力なんてない。僕には何も出来ない」
「だけど、僕はお前を許したくない」
「花凜ちゃんを、オロチさんを、助けなきゃいけない!!」
「だから…!」
高まり続ける妖力、上がり続けるプレッシャーにマガツは思わず手を鋭利に作り替えて切りかかる。
「天狗に申し訳ないが…なにか起きる前に殺しておきましょうか!!」
「お願い、力を貸して」
マガツが翔太の首を切り飛ばす寸前、翔太の後ろから手が伸び、その刃を素手で掴む。
その手は翔太の背後に現れた、錬成陣から伸びていた。
「なっ…!」
まさか片手で止められると思っていなかったのか、マガツは驚愕の声を上げる。
「やーっと呼んでくれたのね。ほんっとうに待ちくたびれちゃった」
「久しぶりのこちらの世界ね。きつねちゃんや私の愛しの息子は元気かしら」
その姿はこの世界では見たことの無い風貌をしていた。身体から蝙蝠のような翼を生やし、頭の横には羊のような角がとぐろを巻いている。
そして、長く綺麗なブロンドの髪はフウマや翔太とよく似ていた。
「まぁ、その前に…」
「可愛い孫に、新しい魔王様にこんなもの向けるなんて……」
異界の彼女は掴んだ手を離さないまま、もう片方を握りこみ、そのままマガツに向けて思い切り殴った。あまりの威力にマガツは片腕が外れながら吹き飛ぶ。
「不愉快よ」
翔太の前にふわっと着地し、片手に残った骨をその場に投げ捨てる。
彼女の名はシュビィ。
シュビィ・ワルプルギス。
100年の時を経て、異界の女王の再臨であった。
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