第1話 生贄の巫女
夏の終わり頃、今年はめんどくさい行事がある年だった。
「おきつね様…どうか此度も……」
老人がそう言って、巫女服着た1人の女の子をこちらに差し出す。
「お初にお目にかかりますおきつね様。凛と申します。私の命ひとつで村に平穏と繁栄を…」
凛と名乗ったこの人間はまだ子供だったが、かなり饒舌でここに来るまでに身体を清めたのだろう。とても身なりが整っていた。
ここの人間たちは10年に1度ぐらいのペースで、自分たちの村のために1人の巫女を生贄として、僕に差し出す。
「そうか。」
僕は素っ気なく返すと、神社の奥の自分の寝床に戻っていく。僕はこの風習が嫌いだ。というかまず人間が嫌いだ。
昔に僕がここに来てからというもの、僕が住みやすいように、ほかのあやかしたちをある程度追い出してやったら勝手に祀られてしまった。
たまにお供え物が来るからまぁいいかと、思っていたらどこで勘違いしたのか、人間の女の子供を生贄とか言って持ってくるようになった。
別にとって食うわけでもないので、巫女の人間を渡されても適当な村に送り返しているけど、どうやら生贄として食べられていると思われてるらしい。なんてめんどくさい勘違いだ。
これをすることによって村が安泰になると、本気で信じている。まぁここ一帯は僕の住処だから、変なものが来ないように、少しは力を使っているけど、それを勝手に解釈されて、毎回毎回女の子供を送ってくるのは本当に煩わしい。
だが、これを拒んで僕の暮らしを邪魔されると、それはそれでめんどうなので適当に流していた。
少しすると老人たちは帰ったらしく、凛と名乗った人間が寝床の前までやってきた。
「おきつね様。私を食べるのでは無いのですか?」
あぁ、めんどくさい。寝ているところを邪魔するな。
「うるさいぞ人間。僕は眠いんだ。連れてきた老人達はもう帰ったんだろう?僕は人間を食べることなんてないから、もうどこへでも行くがいい。」
こう言うと、大体の奴らこういう言うんだ「村を追い出されて住むところがない。」って。
だから、適当な村まで送ってやって終了。それがいつもの流れだった。
そんな事を考えていると、人間が「ですが…」と言った。ほら来た。今回はどこに送り付けようか…
「村にはもう帰れませんし、食べないのであれば私ここに住みますね?」
「…は?」
思考が止まった。今、なんて言った?
「あなたのような偉大な神様が住んでいると言うのに、ここの神社はとても汚れているように思うんです。食べないのであれば今からお掃除してきますね!」
そう言うと、駆け足でどこかに消えていった。
ちょっと待て。ここに住むと行ったのか?あの人間は。
僕は思わずに寝床から飛び起き、あの人間の所まで行った。
「おい待て。人間。」
そう言うと、彼女は一体どこから持ってきたのか。箒と雑巾のようなものを入れた桶を持ってこちらを振り向く。
「どうされましたか?おきつね様。」
そう言って首を傾げる。
「どうしたもこうしたもない。お前は今どういう状況かわかってるのか?」
「生贄としてここに連れてこられました。」
わかってるじゃないか。
「そうだ。そしてお前は今何をしようとしている。」
そう聞くと、キョトンとした顔で答えた。
「何って…掃除ですが?」
なんでこいつはこんな顔ができる!
「なんてだ!なんでこの状況で掃除をしようとできる!僕が怖くないのか?食べられると思って来たんだろ!?」
「はい!そうです!ですが、食べないんでしょ?ならせめて生贄として連れてこられたのなら、おきつね様の身の回りのことをしようかと…」
なんでそうなる!
「いいか?お前を他の村に送る。いつもやってる事だ。身の回りの世話なんていらない。掃除もしなくていい。」
そう言うと、彼女はこちらの目を真っ直ぐ見たまま答える。
「ですが、おきつね様?少し部屋を回ったのですが、酷い惨状ですよ?埃は溜まりに溜まって、至る所に蜘蛛の巣が。雑草は生い茂っていて、とてもみすぼらしい神社に見えてしまいます。とてもおきつね様のような御方が住むようなとこには思いません。」
「そして私とても綺麗好きなんです。このままの状態なんて、私にはとても見過ごせません!」
なんなんだこの人間は……。
今までの人間なら他の村に送ってやると言えば、目を輝かせていたと言うのに。まず僕の目を見て話すなんてことはおろか、口答えするやつなんて1人もいなかったのに。
そう思って頭を抱えていると、彼女は帯で服の袖を結び、掃除道具を再び手に取ると、こちらににこやかに笑って答えた。
「では、掃除してきますね!私家事はかなり得意なので、任せてください!!」
そう言うと、各部屋の掃除を始めた。
まぁ、いい。確かに少し汚いかもなと思っていたところだ。したいと言うなら勝手にすればいい。
「掃除が終われば、絶対に他の村に送ってやる…。」
掃除が終われば、ここに残る理由もないだろう…。そう考えていた自分が甘かったと後に後悔した。
その後も彼女は何かと理由をつけ、この神社に残り、僕の身の回りの世話を続けていた。
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