第13話 荒ぶる9つの尾

「くっそ……」


フウが吐き捨てるように言った。

悪神の元まで到着していた僕達はかなり苦戦を強いられていた。

その理由は1つ。


「なんなんだこいつ……」

「なんで、あやかしのまま悪神に……」


そう、この悪神は何故か人間の見た目をしておらず、ふたつの妖術を扱うのだ。


『グォォォォォ!!!』


「ちっ、《風よ》!!」


悪神が振り下ろすその手にフウが爆風を当て軌道をそらす。間一髪の所で直撃を避けたものの、土煙が巻き上がり視界が遮られる。


「フウ!下だ!」


その言葉と同時に飛び出てきた巨大な岩の突起を間一髪で空へと飛び避けたが、フウと僕の服を数ミリ掠めた。


「ちくしょう…このままじゃラチがあかねぇ。どうする、コン。」


「今考えてるところだ、大体なぜこいつが悪神に……」


悪神に変化したあやかしは『ダイダラボッチ』こいつは土の妖術を使うので、そもそも風と火の僕らでは相性が悪い。そして極めつけは……


「このデカさ、言うならば《巨大化》の妖術と言った所か……」


そいつは通常よりも遥かに巨体を有していた。山といってもなんの誇張も感じないほどの巨体で、ただ腕を振り下ろすだけでもかなりの威力を持っていた。それにプラスして土の妖術での投擲や、地面を操った地震や地形の変化の攻撃、厄介なことこの上ない。

更に妖力そのものが格段に上がり、僕らと同格、もしくはそれ以上の妖力を有していた。


「悪神化した事で、理性が吹っ飛んでっから攻撃は単調で、攻撃自体は当たんねぇけどこのデカさのこいつに俺らの攻撃まともに入らねぇ……」

「そもそもこいつ悪神なんかになるようなあやかしじゃねぇだろうが……」


フウが面倒くさそうに頭を搔く。

フウの言う通り、こいつはそもそも力こそ強かったものの温厚で戦いを好まず、自然との調和と平穏を第一に考えていたやつだ。

だからこそ最上位になることはなく、上級の範囲で収まっていた。

そんな奴が悪神化し、そして前例のないあやかしの姿を保った悪神になるはずがない。まるで誰かにそうさせられたかのような……


「こんなもんあの《八つ首》野郎の仕業だろ…」


「あぁ、確定だな。」


僕とフウは互いに頷く。


「とりあえず奴は問い詰めるとして、この場をどうするかを考えなければな……」


そう考えていると、奴が雄叫びをあげ妖術を発動させる。


『ガン…ホウ…』


そうつぶやくと、僕らより遥かに大きいサイズの岩を軽く見積っただけで千を超える岩を生成し、こちらに飛ばす。


「オイオイ、なんだよその数はよ!!」


「任せろ、僕がやる。」


そう言って、僕は妖術を発動させた。


「《火よ》」


僕がそう呟くと、無数の火の玉が生成されていく。飛んできている岩の方に手をかざし唱えた。


「《鬼火 壱の業 槍》」


その言葉と同時に、火の玉は槍へと形を変え、飛んでくる岩を次々に串刺しにして、その勢いを殺さないまま逆に無数の槍が身体中に突き刺さっていく。


「《爆炎よ》爆ぜろ。」


僕の言葉に呼応して刺さった槍が、大きな爆発音と岩と共に爆散していき、土煙と噴煙で敵の姿が1度隠れる。


『………………』


少しよろけたが、ほぼ無傷の状態でこちらを朧気に見つめていた。


「あれ食らってほぼノーダメって、身体でかいってそれだけでこんなに有利になるもんか?」


「こんな小手先のものじゃやはりダメか、やはりもっと大きなものを……」


「おいバカか!俺らが本気でやっちまったらこの辺の地形なんか変わっちまうだろうが!!今は如何に周りに影響を出さずにあれに勝つか考えてただろう?!面倒くさがんな!」


「そうなると僕はほとんど技使えないじゃないか…」

「だいたいあの大きさのやつがいる時点で、地形なんて変わってるだろ……もう良くないか?」


「お前なんで近接戦闘苦手なくせに、俺よりも脳筋なんだよ……」


フウは呆れた声を出して頭を抱えた。時刻はそろそろ日が落ちかけている、夜になればなる程に僕の能力は人目につきやすく使いづらくなるので、早く終わらせたいなと考えていると、遠くからとてつもない妖力を感じ取り、思わずそちらの方振り向いた。


「おい、この妖力って──」


フウはそう言いながら僕を見て言葉を詰まらせた。


「おい、なんて顔してんだお前は……」


「あいつだ、あいつの妖力だ。」


それは結界内からあいつが出たという証拠だった。でもなぜ?翔が外に連れ出したのか?いや、そんなわけが無い。翔は僕らが居ない状態でさらにこの日が落ちかけている今に外に出すという事が、どれだけ危険かわかっているからだ。そうなると……


「連れ出されたのか…?そんなことが出来るあやかしなんているはずが──」


僕はそこでハッと思い出した。あいつらなら可能だ。だが、喰らうのではなくという事実だけが引っかかる。そんなことを考えていると、ダイダラボッチがまたこちらへの攻撃を開始する。


『ガン…セキ…ソウ…』


先程よりも大きな、そして倍以上の数を創り出し、こちらへと飛ばす。


「おいおい芸がねぇなぁ。規模と威力は上がってるかもしれねぇが、これなら元の方が強かっただろ。今お前の相手してる場合じゃ──」


僕はフウの言葉を遮るように、妖術ではなく純粋な妖力を大きく外へと漏らして、飛んできた岩の槍を全て圧縮して潰す。


「僕は今考え事をしているんだ。」

「邪魔をするな土くれ風情が。」


「あぁ……、ぶちギレてらっしゃるねぇこれは…」


フウがあきれ声を出しているが、今はそんなことはどうでもいい。今すぐに帰らなばならない。何故こんなにも焦っているのか、そして怒りが抑えられないのか分からない。だが、あいつの身に何かあれば僕はきっと後悔する気がした。


「おい、フウ。もういいよな?今からあれを一撃で焼く。」


「へいへい、わかったよ。そんじゃ、まぁ少し火が通りやすいように切っとくか。」


「《火よ》」

「《風よ》」


そう言って僕は、上空に大きな錬成陣を作り出し、そこに妖力を溜めていく。

フウは居合の姿勢をとり全身に風の妖術を纏わせ、手中に風の妖術を集約させ風を刀の形に変えていく。


『グォォォォォォ!!!!』


危険を感じ取ったのか、奴は拳を握りこちらを殴るかのように腕を大きく振りかぶった。


「バーカ、遅せぇよ。」


フウはそう言って、僕の前に居合の姿勢を崩さず立った。そのまま身体をグッと屈め前傾姿勢をとる。


「前のお前のことは好きだったよ。じゃあな。」


「天狗流抜刀術 《鴉の鉤爪》」


その言葉と共に一瞬で目の前から消え、あの巨体の後ろにいた。風の集約を解き、居合の構えを崩して僕の方に呼びかける。


「あとは頼んだぞ〜!!!」


その言葉と共に殴りかかってきていた腕はもちろん、巨体そのものが真っ二つに切られていた。


「僕にやりすぎと言う割にはあいつも大概じゃないか……まぁいい。」


僕は呆れ声を出しながら、上空に作った錬成陣への妖力溜め終えて、その錬成陣に向けて手をかざす。


「《鬼火 伍の業 龍》」


その言葉と共にその錬成陣から大きな龍の形をした火が現れる。


「全て焼き尽くせ。《鬼龍炎舞》」


僕は手を振り下ろし、巨体の方に向ける。その合図とともにその龍は巨体に向かって、巨体を覆うように纏わりつき、そのまま巨体を焼いていく。


『グォォォォォォ……!』


雄叫びをあげながら、必死に抵抗するが、身体を一刀両断され、大きな龍にまとわりつかれた体は次第に焼け、そして溶けていく。


『オ……ア……』


雄叫びは次第に小さく、そして掻き消えていく。そして最後、確かにその巨体は最初で最後の理性のある言葉を発した。


『ア…リガ…トウ…』


巨体は火に焼かれ、跡形もなく溶けて焼却された。こいつの事はもっと調べる必要があったが、今はそれどころではない。何故あやかしのまま、悪神となれたのか。なぜ温厚のはずのこいつが悪神になってしまったのか。

本来なら考えることや、聞き出さなきゃならなかった情報がもっとあったが、僕の思考はそんな事に割いている余裕はなかった。


「今すぐ戻るぞ、フウ。」


僕は自分の神社の方に身体を向けて急いで向かう。


「お、おい!そんなに急がなくても翔はあの山に住んでるあやかしにおくれは取れねぇだろ!」


フウも慌てて僕についてくる。 僕はフウに向けて首を振った。


「確かにその通りだが、あいつらはあいつを喰らったのではなく、外へ連れ出したんだ。」


「?それがどうしたんだ。」


フウは首を傾げる。この重大さが分からないのは、こいつが自分のテリトリーを持たずに放浪しているからだろう。


「基本的にあやかしは群れない。だが、ごく稀に《主》と呼ばれる個体が低級から中級のあやかしには産まれることがある。」

「そいつは、通常の個体より強く、そして特殊な妖術の本質を持つことが多い。」

「連れ出したということは、それを指示した個体が存在するはずなんだ。もしそれが本当にいた時、今の翔ではまだ勝てない。」


「まじかよ……」


フウは僕の話を理解し、事の重大さを理解する。僕は静かにそしてほぼ無意識に心を押し殺すかのような声で言った。


「死ぬなよ、翔………」

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