#2 人類はそれを「フール」と呼んだ

入れ替わり事象自体が日常の一部になった頃、その入れ替わり自体が大きな危険を孕んでいることが世間に知られることとなった。

歴史上初めての「カテゴリー3フール事件」である。


19××年、8月2日の深夜、中国の天津市のとあるホテルから公安に通報が入った。


「宿泊客の様子がおかしく、暴れ回るのでなんとかしてほしい。すでに何人もけが人が出ている」


その通報を受けホテルに向かった警察官が目にしたのは、「人間の姿を少々逸脱した男」だった。目は赤く光り、筋肉は隆起し、爪は鋭く姿勢は獣のよう。動きは人間とは思えないほど素早く、意思疎通はできず、ひたすらに凶暴。警察官が現場に到着したときにはすでに何人もの宿泊客とホテルスタッフが血を流して倒れていた。


警察官の「ホテルは包囲されている、おとなしく投降せよ」との説得にも聞く耳を持たず、警察官にも襲いかかったためやむを得ず発砲。足を狙った銃弾は確かに容疑者に当たったが、容疑者の足は止まらなかった。さらには銃弾が当たった足が膨れ上がり、人間離れした容姿に変貌していった。パニックに陥った警察官のめちゃくちゃな発砲にも動じず、容疑者は距離を詰めてゆく。

結果、先着した2名の警察官はその鋭い爪の餌食となってしまった。


遅れて到着した警察官たちは、すでに容疑者を射殺することを決定していた。多数で取り囲み、何十発も銃弾を撃ち込んでようやく容疑者は動かなくなった。この映像は一部モザイク処理され、世界中でニュースに載り、市民を恐怖のどん底に叩き落した。動かなくなった容疑者は、少しの時間を経て「元の人間の姿に戻った」のだ。これは「入れ替わり事象」「神様のトレード」の一種ではないかと専門家が皆口をそろえて警告した。


死者12名、負傷者6名の大事件だったが、数字だけでは表せない衝撃がその事件にはあった。「母の髪の毛の長さに驚く息子」なんて小さな事件から始まった話が、「人間離れした姿で無差別に危害を加えまくる異常者」という凶悪事件に繋がってしまったのだ。


これ以降、入れ替わった人間のことを「フール」と呼び、危険度によってカテゴリー分けされるようになった。




【無害認定】のカテゴリー1。入れ替わる期間は数日から1週間程度と長いが、危険はない。性格は穏やか(もちろん元々の本人の性格にもよるが)で、入れ替わり事象のほとんどがこのカテゴリー1だった。


【注意認定】のカテゴリー2。入れ替わる期間は1日から数日程度。少々元の人間よりも凶暴、粗雑になることが多いが、犯罪に走ったり見境なく危害を加えたりするほどではなく、周りの人間が少し注意して接することで十分に対処できる程度のもの。


そして【有害認定】としてのカテゴリー3。姿が変わり、意思疎通は難しく、凶暴。これは早期に制圧することをどの国の政府も奨励していた。そして、銃弾を撃ち込んでも体が変異し簡単には制圧できない事例が続くことで、あっという間に制圧奨励は「射殺推奨」へと変わっていった。


さらに世界中でぽつぽつとカテゴリー3事件が起こるにつれ、単なる警察組織ではフールに対抗できないと見た各国政府は、世界規模でのフール対策組織を発足させた。それが「Fool Countermeasures Committee(フール対策委員会)」である。


フール対策委員会はFCCと略称で呼ばれ、世界各国に組織を拡大させていった。

それから40数年、FCCが世界の平和を守っていた。市民にはその実態をほとんど公にすることなく。


そして現代、日本、大阪―――。


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