#20 阿部氷町は譲らない

阿部あべ氷町ひまちは子どもの頃からFCC隊員である。神門みかど深水しんすい矢達やだちトオルとともに、幼少期を訓練に費やして生活してきた。そこに伊勢崎いせさきやなぎを加えた4人が、東京本部所属、神門隊である。


阿部氷町は、自分のポジションを譲りたくない。

神門隊の隊員であること。神門深水の幼馴染でありよき理解者であること。いつも彼の隣にいる、ということ。


「阿部さんって、神門隊長と付き合ってるんですか?」

「は? なに言ってるの? そう見えるの? 節穴じゃね」


何度言われただろう。世の中に星の数ほどバディはいるというのに、それが男女ペアだというだけで「恋人関係では?」「恋愛感情があるのでは?」と思われてしまう。刑事と刑事とか、刑事と大学准教授とか、インチキマジシャンと大学教授とか、素晴らしい関係性の男女バディだっていっぱいいるのに……。




「神門隊長に対して恋愛感情はないの?」


ないね。一切ない。

手を繋ぎたいとか、恋人になりたいとか、結婚したいとか、彼との子どもが欲しいとか、氷町は一切思わない。深水に恋人ができたとしても、別れてほしいとは思わない。好きにすればいい。ただし、FCCとしての仕事に支障が出るなら別れさせるし、自分のポジションは恋人にも明け渡さないけどな、とは思っている。




――――――


「必殺技はないんですか?」


今日も神門隊は広報の仕事に出ている。

質問コーナーで、無邪気な少女が深水に尋ねている。

まただ。

慣れっことはいえ、さすがに何度もこの質問にぶち当たると腹も立ってくる。

直接質問を受けている深水はさらに複雑な思いだろう。


「僕たちは『敵を必ず殺す』ための技を必要としていません。僕たちは市民の皆さんの安全を守るため、その脅威を排除するために戦います。だから、『フールを殺す』ための技はいらないんです」


うんうん、まあいい感じに回答できている。

深水にしては落ち着いている。頭も回っている。


「フールは憎き悪ではありません。災害や病気などと同じものと考えています。僕たちは軍隊ではなく警備員だったり医師だったり、そういう人たちと同じようなものととらえてもらえたらと思います。だから、僕たちに必要なのは必殺技ではなく、例えば治療薬だったり、手錠だったり、麻酔薬だったり、シェルターだったり……」


んん、ちょっと例え話が抽象的になりすぎている気がする。

相手が小学生くらいの少女だということを忘れているのではないだろうか。


『長い。そろそろ締めて』


「だから僕たちはフールと戦うときにも技の名前を叫びませんし、昔流行ったヒーローとは違うんだ、って理解してもらいたいですね」


『はい、すかさず笑顔』


最後はニコッと笑顔で締めた。

深水のこの笑顔で視聴者はコロッとやられる。広報部隊としての役割をきちんと演じられているということだ。

そういう訓練を彼はしている。

やろうと思えば氷町もできる。そういう訓練をしてきた。


しかし、ガラじゃない。

こうやって外から見てマイク越しにこっそり指示するのが性に合っている。




――――――


「ねえねえ! ちゃんと受け答えできてたかなあ!? 今日もボク変じゃなかったかなあ!?」

「あーはいはい、大丈夫だったよ、しんちゃん、ちゃんと広報部隊立派にやれてたよ」


氷町は、裏でこうやって深水の機嫌を取るポジションが気に入っていた。

世間には決して見せることのない深水の弱い部分。ずっと昔から変わらない気弱さ。幼い頃から一緒に過ごしてきた自分や、トオルの前でくらいしか見せない深水の素の姿。


「テレビに出るのだって、そろそろ慣れてもいい頃なんだけどね」

「そう言うなよー、しんちゃん頑張ってるじゃん」

「『必ず殺す技は必要ありません』って言ったときの言い回しは、隊長にしちゃあすげえうまかったと思ったけどなあ」

「そうそう、落ち着いて回答できてたと思うよ?」


第三者から見たら甘やかし過ぎにも映るだろうか。

しかしフールに対応する出動の仕事だけでなく、頻繁にテレビに出演したり雑誌のインタビューに答えたり、思いのほか大変である。最近では公式からアップされている動画に出演する頻度も上がってきている。深水以外のメンバーが映像映えしにくいこともあって、隊長一人に負担が集中している。だからこうやって甘やかすのは、決してやりすぎではないと氷町は思う。


主な仕事はもちろんフールと戦うことのはずだ。だから、そのために隊で一番強い隊長のモチベーションを保つことは、必要なことなのだ。氷町は誰にともなく心の中で言い訳をしていた。




出動要請が入ったのは、広報の仕事がひと段落して、隊室で待機し始めたときのことだった。




――――――


「テンマ、情報を」

『はいはいお任せを。バーゴは、おそらく住所不定のタイプです。前回発現したのは約9年前。関西の繁華街だったので避難誘導に時間がかかり、その間に路上生活者を含め数名が負傷。死者1名。戦闘にも時間がかかり、最終的に見失ってしまっています。レーダーに映らない迷彩を使っていました』

「迷彩!?」

『目視もしにくかったようです。できるだけ囲む形で戦うことを推奨します』

「了解!」

『そのときの解析で、すでにフール細胞情報は得ています。今はレーダーにも映ります。ただし変異していたりさらなる迷彩を使ったりしてくる可能性もあるので油断はしないでください』

「了解!」




神門隊専属のオペレーターであるテンマは、群を抜いて早口である。しかしそれでいて聞き取りやすいというのは天賦の才能だと氷町は思っている。


『阿部隊員、初めから放射モードで。上から一掃してください。矢達隊員はAのマークをしてある地点へ。路地裏の出口なので固めてフールを閉じ込めてください。伊勢崎隊員は同じくBの地点へ。今日は殴ってもらう方がメインで。神門隊長、いつも通り、臨機応変に蹴り倒してください』

「阿部了解」

「矢達了解」

「伊勢崎了解」

「神門了解」




神門隊が自他共に認める最強部隊である一端を担っているのは間違いなくこのテンマである。氷町よりも少し年上なだけだが、現場でのサポートが端的でわかりやすく、いつも効果的である。隊員四人に別々の指示と視覚サポートをして、それが早い上にミスがない。現に氷町の視界にはすでに向かうポイントとルートが示されている。


「じゃ、あーしは上行ってきまーす。テンマ、撃ち始めの合図よろしく!」


言い捨てて自分は看板などを利用して建物の屋上へ向かう。

今回のフールは迷彩能力があるという話だったので、目視よりもレーダーを信用するとして、自分たちが出動してからおそらくフールは同じ路地裏にとどまっている。となれば上から広く弾を打ち込むのは自分の役目だ。しかし過去に逃げ切った実績があるので油断はできない。神門隊が再び逃がしてしまったなんて許されない。


「阿部、フールの上空に到着。確かに目視では見づらい。いつでも撃てまーす」


『ストップ! 逃げ遅れの、あー、路上生活者らしき老人発見』

『トオル、連れてけ!』

『言われなくても僕が行きますよ、っと』


「フール反応の反対側ね!!」


現場は路地裏だ。

そういう人もいることは想定内。


『オーケーオーケー、A地点の外側で保護』

『矢達隊員、守りながら戦えますか?』

『任せて』

『一般隊員を向かわせてます』

『さーすが、対応が早い』




レーダー上ではフールは大きく動いていない。

しかし目視でははっきり確認できない。

氷町の射撃で場を動かすことが要になるだろう。


『阿部隊員、始めてください』

「了解ッ!!」


ダダッ

ダダッ

ダダッ


小刻みに撃つ。


ダダッ

ダダッ

ダダッ


フール細胞を破壊するこの弾は、ビルの側面を無駄に傷つけることはない。


ダダッ

ダダッ

ダダッ


だから遠慮なく路地裏の上空から銃弾を浴びせ続ける。




「動いた!!」


フールの迷彩が崩れてきている。

目視しにくいが、「しにくい」だけだ。9年前とは技術も大きく違っている。ヘルメットのゴーグルを通せば十分に見える。


「Aの方行った! トオル頼む!」

『了解!』

『神門カバー入ります!』


ダダッ

ダダッ


屋上を移動しながら射撃を続ける。


ダダッ

ダダッ


一撃必殺の威力はないが、フールの体を堅実に削いでいく。

氷町の性格には合わないようにも思えるが、氷町自身はこの武器を気に入っていた。

とどめを刺すのは深水でいい。深水であるべきだ。それが神門隊の戦い方だ。


『ひーちゃん、もういいよ。あとは僕が』

「はーい、隊長よろしく~」


ドゥッ


上空にまで風が来る。

深水の蹴りが炸裂した。

あれを食らってぴんぴんしていたフールを氷町はまだ見たことがない。


『……制圧完了』

『さすが神門隊、迅速な制圧でした。お疲れ様でした』


まあ、こんなもんである。


「ぷくく、ヤナさん、出番なかったな」

『うるせえ、いいことだろうが』




――――――


後日、神門隊は病室に呼ばれた。

このとき倒したフールが目覚めたあと、病室で叫び始めたということだった。

彼もまた、路上生活者だった。9年前からずっと。だから前は逃げられてしまったんだろう。戸籍もあるかないかわからない。親族だって、いるのかどうか。


「殺してくれ! なんで俺はまだ生きてるんだ! いいから殺してくれよ!」


氷町含め神門隊がすぐに駆けつけたとき、彼の精神状態はまだ不安定なままだった。


「あー、話をしても?」


深水には任せたくない。ここは自分が。そう思って氷町は一歩前に出た。




「あんた、なんで騒いでんの?」

「あんた! あんたが俺を殺してくれるのか!? なあ!」

「話になんねーな、あーしらは殺人集団じゃねえんだ。拾った命大事にしろよ」

「ダメだ、ダメだ、俺はフールなんだろ? カテゴリー3だろ? だったら殺してくれよ!! こんな力を持ったまま生きていられねえよ!!」


氷町の頭の中でなにかが弾けた。


「なめんな!! あーしらこの制服を着たときからすべての国民は保護対象!! カテゴリー3フールはすべて制圧対象!! わかるか!? 制・圧・対・象!! な? 『討伐』とか『殺害』とかじゃねーの! で、先日まさに制圧したんだから、オマエは保護対象! わかったか、あーん!?」

「殺して……もらえると思ってた……」

「甘えんな! あーしらは誰も殺さねえんだ!!」

「ミネさんに……申し訳が立たない……うっ……」

「誰だよ、ミネさん」

「……9年前に……俺が……殺した……」

「あー」


自覚していたか。9年前の映像で氷町も確認していた。

過去、路上生活をしていた土地で仲良くなったという老人。

カテゴリー3フールが初めて発現した際、一番近くにいた老人。

警報が鳴る中、逃げずに声をかけ続けていた老人。

ミネさんというのか。本名かどうかも怪しいが、少なくとも彼はミネさんと認識していた、その老人。

9年前の事件での、一名の死者。




「僕もちょっと口を挟んでもいいかな」


トオルが一歩前に出る。珍しい。こういうときに積極的にかかわるタイプではないのに。


「今回も、逃げ遅れた一般人が一人いたんだ。僕が保護したんだけどね。彼も、あんたのことを案じてたよ。『いいやつなんだよ』『助けてやってくれ』ってね」

「……ジロさんだ……」

「そうそう、そのジロさん。ちなみに僕は、『任せて、彼はきっと助ける』と約束してしまったんだ。その約束を反故にしてしまうことは避けたいな」

「……うう……」

「規定違反にならない範囲で、ジロさんにまた元気な姿を見せてあげる必要があるんじゃないかな」

「……」


それだけ言って、トオルは氷町をちらりと見た。

僕の台詞はここまで、とでも言うように。




「……あーしらは、FCC隊員を募集してる。一般から、じゃなくて、フールの力を発現した人から、な。あんたは世間的には死んだ。でも、その力、市民を助けるために使ってくれないかな。給料も出る。『死にたい』『殺せ』って言うのはちょっとやめて、ま、ゆっくり時間使って考えてほしい」


氷町もまた、そこまで言って、深水を見た。


「……あなたの入隊を、僕たちは心待ちにしています。もし決断をしてくれることになったら、歓迎します」


まあ、これで決まったと思っていいだろう。

最後はやはり隊長の笑顔が効く。


「……では」


深水は彼と握手をし、颯爽と部屋を出ていく。

氷町たちも後に続く。

神門達としての仕事は果たせただろうか。

あとは彼次第だ。


そういえば彼の名前すら聞いていなかったな、と氷町は思ったが、振り返ることはしなかった。


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