#14 百瀬縁はおせっかいである

百瀬ももせゆかりはおせっかいである。


『志摩隊の佐原です。難波隊の茅野隊員とともに、Aルームを使いたいのですが、お手すきのオペレーターさんはいますか?』

「はいはーい、本日のサポートはピーチでーす。Aルーム使用を許可しまーす。どうぞー」

『あ、ありがとうございます』

「連日大変ですねえ。本日の第一出動は斎藤隊、第二出動は墓石隊。志摩隊も難波隊もオフなのにご苦労様でーす」


FCC大阪支部のオペレータールームに勤めて3年目。キャリアは短いものの、広い視野での指示、避難誘導に優れるという上からのお墨付きをもらい、チーフを務めることも多い。


「近江くん近江くん、最近志摩隊長はどんな感じ? 元気にしてる? なんかさー、オレンジが志摩さんと飲みに行きたそうにしてるんだけど、なかなか誘えないってぼやいててさー」

『いやー、はは、そういうことは本人に聞いてもらった方が……』


近江の苦笑いが音声からも伝わってくる。


『八雲さんとか、明治さんとかと飲みに行っていることが多いみたいなんで、そちらに聞いてもらった方がいいんじゃないですかね。志摩隊長、結構いつもべろべろになるまで飲んでますし、本音もポロっと出ているかもしれませんよ』


なるほど。明治ちゃんから聞き出す手があるか。難波隊にはときどき理子に会いに行くこともあるし、そのついでに……。


「ありがとー! 明治ちゃんとはときどき喋るし、そっちから聞いてみる!」

『あ、あの、私この話聞いてても大丈夫だったんでしょうか?』

「大丈夫大丈夫! たぶん!」




難波隊の新人、茅野隊員は、今日も佐原隊員と訓練か。

オフの過ごし方は基本的に自由とはいえ、ここの支部の人たちはよく自主的に訓練をする。墓石隊の隊員は全員が自主練好きだし、志摩隊の草原隊員と登坂隊員もよく訓練室に籠っている。ベテラン揃いの宮城隊ですら、「さぼってるとなまる気がする」とか言って短時間ずつだがものすごい集中力で鍛錬していたりする。


「で、近江くん、今日はなにをするのかね?」

『あ、はい、えっと今日は、茅野隊員の装備を登録したいと思っていまして』

「あ、オッケーオッケー、じゃあ『リング』渡さないとねー!」

『そうですね、お願いします』

『リング? ですか?』

「転送しまーす。ほいこれ、足首にはめてねー。できたら右足がいいかな?」


手元でちょちょいと操作し、Aルームに「ワープリング」を転送する。


「茅野さん、右利きだったよね? なら右足を引いて構えることが多いと思うから、右足に装着してみて」

『あ、はい!』

「詳しい説明は……近江くんからの方がいいかな?」

『はい、わかりました』


いそいそと武骨なリングを装着する茅野隊員に、佐原隊員がレクチャーしている。




簡単に言えば、「フール体を異次元に消し飛ばすワープホールを作り出すためのマーカー」である。シンプルな見た目のわりに恐ろしい兵器である。


そもそも「カテゴリー4」が初めて観測されたあと生み出された技術であり、その神髄は「もしまたカテゴリー4が発現したら、速やかに消し飛ばす」ことである。たった15分の攻防で甚大な被害を出したカテゴリー4。というかカテゴリー3では測り切れないレーダー反応と攻撃力、被害規模だったから「カテゴリー4」と内密に呼ばれているだけで、FCCはアレを正しく分析できていないというのが現状だ。実際、過去二度目の発現は記録されていない。つまり、このリングが実際に現場で使用されたことは、まだない。


『まあ、だから、これが正しく機能するかはわからないんだけどね』


その通り。カテゴリー3に対して使用することも禁じられている。理論上、4人のマーカーで囲んだ正方形の空間にあるフール細胞、フール体を消し飛ばすことができる、ということになっている。その発動には支部長の指示とオペレータールームの起動操作が必須である。

つまり、起動すればその範囲にあるFCCの管轄の監視カメラやジャミング装置は全部おしゃかだし、右足のマーカーを前に出していたら消し飛ぶのは足だけだが、右足を引いていたらその隊員の全身が消し飛ぶ。発現したカテゴリー4が機動力に優れるなら数隊が同時に制圧に当たるだろうから、運よく正方形を結べた4人の隊員の内側にいる隊員はすべて消し飛ぶ。だからそう簡単に使えるものではないのである。


『だから、いざというときはさっと右足を前に出さないといけないんだ』


その判断をとっさにできる隊員がどれくらいいるだろう。

普段はリングごと足を欠損させないため、引きで使う足に装着するが、いざというときには足を逆にしろと言うのは……


「難しいよねー。実地訓練もできないし」

『そうですね』

「それにさー、そのリングさー、見た目がごつくてちょっとねー。茅野さん、ピンク色とかにもできるけどどうする?」

『ピ、ピンク色ですか!? いえ別にこのままで……』

「そう? マーブルとかヒョウ柄とかもできるよ? どう?」

『え、えっと……大丈夫です』

「遠慮しないでいいのにー、気が変わったらいつでも言ってね? カスタマイズしたげるから!」

『は、はいぃ……』




それからしばらく、右足を正しい位置に置いて正方形を描く訓練に励んでいた。

カテゴリー3と戦闘をしながら所定の位置に4人がつくというのは相当難しいはずなのに、それをカテゴリー4相手にやれる隊員というものがいったい日本にどれだけいるのかといつも百瀬は思っていた。


「カテゴリー4なんて、二度と出て来なくていいんだけどなあ……」


これは音声をオフにして呟いた。

実際にフールと相対して戦闘するのは彼らなのだ。そのモチベーションをくじくようなことは、別に聞かせなくていい。


『あ、だから難波隊が4人揃った! って環隊長は喜んでたんですね?』

「そうそう、4人揃わないと、いざというときマーカーで正方形を結べないからね」

『あれ、でも、私がフール化したとき、難波隊が出動したって聞いたんですけど?』

「あー、それね、そういうときのために、便利なフリーの隊員がいるのよ。フリー入れて4人いれば、出動できるの。あのときは野庭のばさんが出動したんじゃなかったかな?」

『野庭さん……』

「茅野さんはまだ会ったことないか。あっちこっち出張してるからね、あの人」


野庭隊員はベテランのフリー隊員である。隊長を退いてからはその特別な技術を買われ、他県の支部に指導に行くことも多い。「戦闘技術」を買われている墓石隊長とはまた違った意味で、貴重な存在である。


「あ、そうだ、野庭さんの話題で思い出した。『シールド』も渡しといたほうがいいよね? 近江くん?」

『ああ、そうですね。使わない人もいるけど、みゆきちゃんには必要かと』


百瀬は話しながらもう操作を終え、先ほどの「リング」よりもずっと小さな輪っかを訓練室に転送した。




『今度は指輪ですか?』

「そそ、それね、野庭シールドって言うの。ノヴァシールド、って呼んでもいいよ」

『なんですかそれ!』

「スーパーノヴァって呼ぶ人もいるね」

『ぶふっ』


野庭隊員は、FCC全体でも珍しく「自分の体を硬化させる」技術がとても高い人である。至近距離でフールと殴り合ってもほとんど傷を負わない。当時は隊長でありながら隊員の楯になるような戦い方を得意としていたらしい。


「野庭さんのフール体の情報が入っててね。念じれば任意の場所に楯が出せるってわけ」

『へええ、便利ですね!』

「ただ時間は短いし、あまり遠くにも出せないけどね。それでも戦闘が少し楽になるはず」

『遠距離攻撃をしてくるカテゴリー3もいるからね、いざというときのためにも持っていようか』

『はい!』

『シールドの大きさはだいたいね、Mサイズピザくらいかな』

『ぶふっ、ふふふっ、Mサイズピザ……』

『僕Mサイズじゃ足りないんだよね、ピザ。みゆきちゃんはMサイズで足りるタイプ?』

『ぶふぅっ! ピ、ピザって一人で食べるものじゃ……ないですよっ!』


うんうん、茅野隊員は初めの頃こそ佐原隊員を怖がっていたようだが、最近ではずいぶん慣れた様子だ。笑顔もよく見られるし、堅苦しい感じがない。新人が支部に馴染んできていることを、百瀬は自分のことのようにうれしく思った。




「あ、そういえば思い出した。ねえ茅野さん、一般市民の橘くんって子は、どんな子なの?」

『え? え?』

「詳しいことは聞いてないんだけどー、君のイイヒトらしいね? ちょっと詳しくお姉さんに教えてみ?」

『え? え? ちょ、ちょっと今はその……』

「あ、じゃあ難波隊の隊室で! 今度オフが重なったときにお邪魔するからさー、聞かせて? ね? いい話!」

『あ、あぅ』

『ピーチさん強引なところもあるけど、ミーハーなところもあるけど、悪い人じゃないよ』

「聞こえてるぞ近江くん!」


茅野隊員は真っ赤になっている。いいなー、青春だなー。

なんて思いながらも、百瀬は決してからかうつもりはない。応援一筋である。若者の恋路はすべてうまくいってほしいし、そのためなら自分はなんだって協力してあげたい。


「早くオフ被んないかなー。明治ちゃん和菓子好きって聞いたから、お土産におすすめの和菓子持ってくねー。あー楽しみー」


百瀬縁はおせっかいである。が、ゆえに友だちも多い。


ちなみに、百瀬はこのあと「専用の回線で個人的な話をし過ぎだバカ」と先輩オペレーターに頭をはたかれた。


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