#15 牧野雨音はツイている

牧野まきの雨音あまねはツイている。


「はいリーチ!」

「うおー、マキさんマジかよ」

「早すぎるって!」

「うるさいうるさい聞こえなーい。早く振り込めオラオラ!」


かつて自分自身にフールが発現したことも、別に不運だとは思っていなかった。目立った被害者も出ていなかったし、たくさん被害を出してしまった元フールに比べれば自分はずいぶんツイていると思ったものだった。

この年になるまで結婚しなかったことも、特に気にしていなかった。最愛の男は牧野がフール化してしまうよりも前に死んでしまっていたし、その男に操を立ててというつもりでもなかったが、その男以外の誰かと結婚する気になれなかったというのが本音だ。


「それ! ローン! リー、タン、ピン、ドラ4!」

「ぎゃああああああ!!」

「ドラ4!? マキさんツキすぎやろさっきから!!」

「はっはっはー、ハコらすぞー!」


FCC隊員は支部に部屋が与えられるが、いつからか牧野は小さなアパートで暮らすようになった。正当な権利なのだが、牧野自身はこの町で住民と共に生活する方を選んだのだった。「いつまでもババアが部屋埋めとったら、若いもんが暮らしにくいだろう? 老人ホームでもあるまいし。あたしはあの町でせせこましく生きているのが性に合ってんだよ」と言って、オフにはこうやって小さな雀荘で常連をカモにしたり、昼間から将棋を指して楽しんだりしている。


「はっはー、ツイてる!!」


牧野は人生を謳歌していた。




――――――


「お、初めましてだねえ新人ちゃん」

「マキさん! 今日はこの子の初出動と言える日やねん! 花持たしたってやぁ!」

「バッカ、まだまだ若いもんにいいところ譲ったげるほど老け込んでもないし優しくもないわい!」


支部待機で第一出動となったのは、牧野の所属する宮城隊だった。


「この子が入ったから、野庭のばのボーヤのサポートがなくても出動できるようになったんだねえ難波隊は。おめでとさん」

「ありがと! ってそうじゃなくて! ほんまにええ経験積ましてやりたいねんって!」

「はいはい、でもあたしらが手ぇ抜いて一般市民に被害が出るのは本末転倒だよ。経験積ましてやりたいってんなら、あんたがうまく立ち回りなタマキ。それが隊長だろ?」


そう言って牧野は加速した。現場に着くまで無駄話を続ける気はなかった。なにより早期決着。そして一般市民への被害ゼロ。それがいつも心がけている牧野のこだわりだった。




「はっや」

「すごい人ですね……」

「宮城隊は大阪支部最年長やけど、ああ見えてめっちゃ強いから。マキさんだけじゃなくて全員鬼のように強いから」

「あ、あの、最初の頃に写真で見せてもらった人たち……」

「そうそう。特に今のマキさんは志摩隊のケースケとかミドリちゃんに足さばき教えた人やし。うちも昔ずいぶんしごかれたし」


「昔って言うんじゃないよ! あんたにとっての3年前は昔かもしれないけど、あたしにとっちゃつい最近だよ!」


「ほんで地獄耳でもある」




タマキのやりたいことは理解できる。

訓練室でいくら練習をしようが、実際にフールを目の前にすると「ビビッて」しまう隊員は珍しくない。自分だって、何度も現場を経験して、失敗もして、先輩に叱られながら自信をつけていったものだ。


「まあ、若い隊員が増えるのは悪いことじゃないけどねえ」


かつての自分を思い出しながらしみじみと呟く。


「でも難波隊の出番はねえよ。おれたちで十分だ」


隊長である宮城がむきになっている。


「わかってるって隊長」


まず大事なのは避難が終わっていること、一般市民に被害が出ないこと。

フールを誰が倒すか、なんてのは些細なことだ。




――――――


現場はデパートの屋上だった。

小さなステージに楽器が散乱している。ヒーローショーのようなものではなく、音楽の演奏があったらしい。

ベンチや屋台、商品がめちゃくちゃに散らばっているその中央で、上半身が大きく隆起したフールが周囲を威嚇していた。元客だろうか。元店員だろうか。


『こちら進藤、配置に付いたぞ』

「了解、でかい一発は勘弁しろよ」

『了解、崩れると被害が広がるからな。屋上から逃がさないためだけに撃つわ』

「OKOK、そうしてくれ」


「宮城隊よりオペレータールームへ、デパートの内部の避難状況確認を難波隊に頼んでくれ」

『オペレータールーム、了解』

「宮城隊、これより戦闘に入る。サポートよろしくっ」


牧野を含め宮城隊の戦闘員は年配ばかりだが、フールとの戦闘においてまったく戦闘力が劣っているとは思わない。難波隊は若くて強いが、いざというときの冷静な判断がまだまだ甘い。到着する前に決着がつくだろう。




――――――


「うあぁっ! 遅かった!」


タマキの叫び声が聞こえた。


「遅かったね、難波隊。もう仕舞いさ」


牧野のウィップはすでにフールの体を拘束していたし、進藤の弾丸はフールの足を数度貫いたあとだった。宮城は得意のフットワークでいつものようにフールを翻弄していたし、寺沼は序盤に両腕を落としてフールを消耗させたあとはヒマそうにしていた。


「隊長、ボコって終わりにしてくれ」

「ちょちょちょ! ちょっと待って!」

「なんだい、あんたたちは後ろで指くわえて見てたら……」

「一発! 一発だけ! この新入りに撃たしたって!」

「バカ言ってんじゃないよ! このフールだって苦しんでるんだ! 新入りの体験学習に実験体として使わせろってのかい!?」

「う……」


これだからタマキは甘いのだ。

隊長として隊を率いている意識が優先されて、FCCの一員であるという自覚がない。




「まあまあマキさん、一発入れるくらい、いいんじゃないか? 新人の初舞台なんだろ? おれの初出動の時も、マキさんはいいところをおれに譲ってくれたじゃねえか」

「ちょっとジョーさん、甘いこと言わないでくれよ」


寺沼が軽口を叩く。


「……一般市民への被害はゼロ、周囲に飛行機やヘリはなし、見られてねえうちにさっさとしな」

「隊長! あんたまで! 難波隊の出番はねえなとか言ってたくせに!」


隊長の宮城まで甘いことを言い出した。


「ええの? マジで? マジで!? ヤギさんほんまありがとう! ほらほらみゅっち、一発撃てたら慣れるから! 足な! 急所はあかんで! 急げ! ほれ!」

「は、はぃぃ!!」


あーあーあー、結局撃つことになっちまった。どいつもこいつも甘いんだから。

牧野は顔をしかめてそっぽを向く。




「落ち着いて、訓練通りに、な」

「……はい!」


新人とはいえ、緊張しながらも様になっている。

ちゃんと誰かに教わったのだろう。


が、牧野はふと嫌な予感を感じた。

フールはほぼ制圧できている。宮城隊も難波隊もフールを取り囲んでいる。

力を抑え込むまであとわずかなダメージのはずだ。

周囲に高い建物はひとつしかないし(そこに進藤がいる)、飛行機もヘリも見えない。一般市民の目はない。ジャミングもいつも通り効いているとオペレーターが言っていた。


なのに、なぜだろう。嫌な予感が消えない。

牧野は自分のこういう勘をアテにしていた。




すーっ、はーっ。


新入りの深い呼吸。


腕、指にわずかに力がこもる。


もう撃つ。


その瞬間まで、牧野はフールの挙動に注視していた。

ほんの少し、ぶるっとフールの体が震えた。そして……。


「みゅっち、待っ……」


タマキが叫ぶがおそらくわずかに遅かった。

フールの体が小さくなる。隆起が元に戻る。

牧野のウィップをすり抜ける。


バシュン!!


無情にも新入りの弾丸が発射された。




――――――


「あんたらそろいもそろって甘ちゃんだ。隊長、あんたも含めて、だよ」


宮城は苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「『信じる』ってのは『諦める』ってことと似ていてね。未来をひとつに絞って想像することは案外怖いものなんだよ。失敗したときにどうフォローするか、リカバリーするか、隠蔽するのか、糧にするのか。データも信頼も楽観的観測も大事かもしれないが、うまくいくはずの未来が『なかった』ときにどうするか、事前に考えておくことはもっと大事だと思うね。麻雀と同じさ」


新入りの弾丸は、牧野の展開したシールドによって防がれていた。先ほどまで拘束されていたフールは、人の姿を取り戻していた。


「やっぱ、あたし、ツイてたな」


シールドを出すタイミングもギリギリだった。

出す場所もぴったりだった。

人の姿に戻った状態であの弾丸を食らっていたら、無事では済まなかったかもしれない。


「そして、あんたも、ツイてたな」


牧野は、気を失いかけているバンドマン風の青年にも、そう声をかけた。


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