#7 綾式理子は和を重んじる
その場の雰囲気にそぐわないことは言わない。その場に必要ないことはしない。口では「大丈夫」と言っていても、顔が大丈夫そうでない場合はケアを怠らない。もちろん、理子のおせっかいを必要としていないであろう場合は手を出さない。
昔からこうではなかった。空気を読むのが得意な子どもではなかった。FCCには、本当に様々な人たちがいる。老若男女、クセの強いのも穏やかなのも、勝気なのも嫌味っぽいのも鈍感なのもいる。そんな中で険悪になった隊員は居場所がない。脱退するわけにもいかない。喧嘩別れするわけにもいかない。我慢していればほころびが出る。そうなれば周りの人間も気を遣う。だから、自分が率先してそうならないように立ち回るのが得意になっただけだった。
綾式理子は和を重んじる。
だいたいどんな相手でもそつなくやっていけると思っている。もともとは別の隊にいた理子だったが、環が隊長に就任するタイミングで引き抜かれた。どちらの隊にも未来のビジョンがあったので、理子は自分が移籍することが大阪支部のためになると思った。だから今現在、難波隊にいるというだけで、今後また隊編成が変わることがあれば、異動することに抵抗はない。
「理子ちゃん! この子、うちの隊に入れたいねん! みゆきちゃん言うねん! こないだうちらが倒した子!!」
環が、この間自分たちで倒したばかりの元フールの女の子を引っぱって隊室に連れてきたときは驚いた。
「この子な、なんとな、聞いて驚かんといてよ。すごいねん。歴史に名を刻むでこれはほんま」
「はよ言って」
「フール化してなくても、見た人のカテゴリーわかるらしいねん!!」
「……それはすごいわ」
本当だろうか。フール化している人間には「フール細胞」というものが存在する。無意識にフール化している人間も、自分たちのような元フールの隊員も。身体にフール細胞があればそれをレーダーで追える。そういう技術がFCCにはある。現にこの子が暴れたときも、オペレータールームが正確に居場所を突き止めて、現場に向かうことができた。
「あたし、カテゴリーなにに見える?」
「……私と……同じ色に見えます……」
「そ、この子な、色で見えてるらしいねん。濃い色がカテゴリー3、ちょっと薄めならカテゴリー2、みたいに」
「わ、私、そんなカテゴリーが見えてたとかわからないんですけど……単にオーラの色がちょっと違うな、くらいの……」
「うちの隊員のカテゴリーも全部見分けてたし、ヤギさんの隊も全員正解してたで」
宮城さんの隊も……。それは、本物かもしれない。あの隊にはカテゴリー2の珍しい隊員が一人いる。それを言い当てたとしたら、確かだ。
しかも驚くべきことに、理子も環も今は「フール化を解いている」のだ。つまりただの人間である。レーダーにも反応しない。にもかかわらず言い当てた。
「みゆきちゃん、って言ったね。あなたを難波隊に正式に勧誘します。事務的な処理はすべてこちらで。フール化する訓練とか、FCCに関するいろいろとか、フールに関する勉強もしてもらいたい。一般市民が知らない重要機密も含めて」
理子はこの隊で最年長だ。隊長は環だが、舵取りは理子が行うことも多い。環もそれを期待してくれている。この子のために、そしてこの隊のためにどう動くのが一番よいかをよく考える。
「あ、でも大阪出身の子は大阪支部に入れにくいんだけど、それはわかってるの?」
「!! 説明してへんかった!!」
「え、えっと、私まだ入隊する覚悟はできてないんですが……」
「あれ、そうなの?」
無理に入れるのは理子の望むことではない。
フールとして制圧された人間はその能力上、FCC隊員に向いているとはいっても、拒否する人もいるのだ。高齢だったり、幼すぎたり、戦うことに向いていなかったり、性格的に問題があったり。
「ゆっくり決断してくれたらええよ。ただ入隊する気ぃがあるんやったら、他の隊にはやらん!」
「女子隊員募集中だからね、うち」
「そうそう、他の隊男ばっかやから、うちにしとき!」
「ふぇ、は、はい……」
この子は少し恥ずかしがりというか、引っ込み思案な子に見える。ばりばり戦闘をするタイプには見えない。明治は物静かだが戦闘に向いている。環は言わずもがなバトル向きの性格。理子は冷静に戦局を見るタイプだ。だがこの子は……。
いや、それを差し引いても「カテゴリーを見分けられる」というのは喉から手が出るほど欲しい人材だ。
「大阪にずっと住んでいたの?」
「あ、いえ、最近父の転勤で引っ越してきたばかりで……」
「あ、そうなんだ」
「まだ1ヶ月くらいです」
「そっか……慣れない地で、大変だったね。高校生活も始まったばかりだったんじゃない?」
「……」
「わけもわからないまま、こんなことになって、大変だったと思う。いろいろと保健医さんから聞いているかもしれないけど、まだ情報がいっぱいでよくわかんないでしょ」
「そう……ですね」
「とにかくゆっくり、気を落ち着かせて、入隊とかそんな話はあとでも大丈夫」
「あ、ありがとうございます」
環なら気が急いて「え、じゃあ大阪支部入るのに支障ないやん! ラッキー!」くらい言ったかもしれないが、事件直後の女の子にかける言葉としては配慮に欠けている。混乱したまま無理に入隊を決めさせるのは可哀想だ。ゆっくり決めさせるべきだ。
「ほら、隊長、彼女を休養室に帰してあげて」
「あ、うん」
「またね、みゆきちゃん。とりあえずはこの施設で養生して、心を落ち着かせて、それから返事を聞かせて?」
「あ、はい、ありがとうございます」
――――――
「いやあ、あんときの理子ちゃん、うちよりよっぽど隊長やったわ」
「人生の年季が少しだけ長いだけよ。うちの隊長は環でしょ」
結局数日経って、茅野みゆきは正式に難波隊に入ることになった。大阪に住んでいて大阪で事件になったが、それでも大阪支部に入ることを上に認めさせた。
「戦闘には向いてへん気ぃもするけどな」
「そのへんはオーミくんがうまく教えてくれるでしょう」
「オーミさん教えるのうまいもんなあ」
「戦術指南は彼に任せるとして、それ以外の面倒ないろいろはあたしたちでやらないとね」
「うーい」
FCCの新入りが覚えることはとてつもなく多い。一般市民が知らないことも常識として知っておいてもらわないといけないし、それを市民に漏えいすることは重大な規律違反だし、戦闘訓練もあるし、そもそもフール化をうまく扱えるようになっていかないといけない。いろいろな検査も必要だし、大阪支部の人間への面通しも必要だし、両親に無事を伝えるための面倒な手続きのあれこれもある。
「嬉しそうやな、理子ちゃん」
「そりゃあだって、4人揃ったんだもんね、ようやく」
「せやな、これでもう3人部隊とか言わせへん」
「しつこくミドリちゃんを勧誘することもしなくて済むね」
「いや普通に5人部隊めざすんもありちゃう?」
「ありちゃうわ」
ときどきしか関西弁が出ない理子である。関西出身ではあるが、あまり関西弁を出さないようにしている。和を重んじる身としては、「関西弁の通じにくい大阪支部で関西弁を話すことにメリットが少ない」からである。環はなにも気にせず関西弁を使いまくるが、彼女は例外である。そもそも標準語を話す環は気持ちが悪い。
慣例であってルールではないのだが、大阪になじみの深い人物がカテゴリー3となって暴れ、FCCに制圧された場合、FCC大阪支部には配属されにくい。なぜなら一般市民からすれば「死んだはずの人間」として認識されているからである。知り合いや親族が多いほど、パトロールや戦闘行為で一般市民の目に触れるたびに正体がバレてしまう危険性がある。
「うちの息子はフールとして死んだはずなのに、なぜかFCCの制服に身を包み別のフールと戦っていた!」なんてことになってしまう。「本当にあった怖い話」になってしまう。ニュースにフールの顔写真と名前は絶対に出ない。しかし直接の知り合いは別だ。噂程度でも知ってしまっていることが多いだろう。
そのため、FCCに入隊したとしても、なじみの薄い地域に配属されることが多い。環やみゆきの場合は珍しいと言わざるを得ない。とはいえ、みゆきは大阪にまだなじみが薄いと判断されたのだろう。リスクは低い、と理子は思っていた。理子に限らず多くの人間がそうだった。これは楽観的観測だったと、後になってわかる。
――――――
「今見える範囲でカテゴリー3は?」
「……いません」
「OK、ちょっと場所変えようか」
理子とみゆきは昼の繁華街に出ていた。行き交う人を見ながら、潜在的カテゴリー3の人物を事前に見つけ出しておこうという目論見だ。パトロールもしながら、一石二鳥である。
もちろんパトロールなので、みゆきもきっちりとFCCの制服に身を包んでいる。正直まだ着こなせているとは言いがたいが、形から入るのも大事だと理子は思っている。
「理子先輩、狙撃手なんですよね? やっぱり目がすごくいいんですか?」
「んー? そんなことないよ? スコープの精度が高いだけだよー」
「最近環隊長が私のことを『みゅっち』って呼ぶんですよ」
「『みゅっち』!? それちょっと呼びにくくない? 『みゆっち』とか『みゆきっち』ならわかるんだけど」
「私もそう思うんですけど、なんか気に入っちゃったみたいで……」
「新しい後輩ができて嬉しいのかな。ほんとにヤだったら、言いなよ?」
「はい、あ、いえ、嫌では全然ないんですけど」
「最近オーミくんに、戦術について学んでるんでしょ? 成果はどう?」
「すごくためになるというか、私には未知の世界過ぎてすごく難しいけど面白いです!」
「そっかそっか、FCCの装備に慣れてきたら、難波隊全員で訓練もしたいねえ」
「そうですね! ……でも、ちょっとだけ、近江先輩、怖いです」
「あっはっは、まあ彼、大きいもんねえ」
「みゆきちゃんに見えているオーラって、どれくらい離れてても見えるものなの?」
「えっと、そうですね、あのビルの入口らへんにいる人くらいまでは、判別できます」
「なるほど、なるほど」
雑談をしながら、人ごみに目を向ける。別にフールが普段から挙動不審とかそういうことではないが、それでもパトロールを自称するのだから怪しい人物に目がいってしまう。理子は「フール対策委員会」だが、フール以外の迷惑な一般人への対処も行うことがある。気は進まないが。
ピピッ
ときどきヘルメットのレーダーでフールの存在も確認する。普通に街中に溶け込んでいるのなら、ほとんどがカテゴリー1、悪くてもカテゴリー2だ。しかしそのすべてが平和で心優しいとは限らない。過去にはカテゴリー2が暴れ回ったこともある。
まあ、それを言い出したら、単なる人間が暴れ回ることだってある。覚せい剤で頭がおかしくなった男が包丁を振り回した事件だってこの辺りで起こったことがある。何事も絶対はない。理子は気休め程度に周囲のフールを確認した。いないことはないが、気にするほどではなさそうだ。
「ここからなら見やすいですね」
「ね、程よい距離感で、360度見渡せるし」
いつものパトロールとは少しポイントが違うが、みゆきに広範囲を見てもらうためのルートを取っていた。これからはたびたび一緒にパトロールを行おう。それが今後のFCCとしての活動を楽にするはずだ。たっぷり働いてもらった後は、美味しいスイーツでもご馳走しよう。チョコのたっぷりかかったドーナツはどうだろう。それともパンケーキ? いやしかしテイクアウトしやすいものの方がいいよね。和菓子の方が好きかな? それなら明治ちゃんにおすすめを訊いた方がいいだろうか。
理子がそんな物思いにふけっていると、みゆきに声をかける人間がいた。
「あ、あのっ!!」
なんだろう。道でも尋ねたいのだろうか。
だがその少年は、FCC隊員に用があるという様子ではなく、みゆき本人に用がある、と言った顔をしていた。
「……橘くん……!?」
え?
みゆきのこの反応は……直接の知り合い……!?
まずいことになった。
理子は己のうかつさと運の悪さを呪った。
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