#12 筧翔馬は嘘を吐く

かけい翔馬しょうまは嘘を吐く。


それが友だちへの話題提供のひとつだったし、それで誰が傷つくわけでもない。嘘の自慢をすることはあっても、誰かを悪く言うような嘘はほとんど吐いてこなかった。友だちも「それは嘘やろー」なんて言いながら、翔馬の嘘を楽しんでくれていたと思う。


「おれのおとん、FCCの隊員やねんで」


はじめに言い出したのはいつのことだっただろう。


「だけど誰にも秘密やから、言いふらしたらあかんで」

「お前が言うてるやんけ!」


もちろん嘘だった。

だけど、そう言うことで自分の父を感じられる気がしたのだった。




「ほんなら家に制服あんの?」

「ないねん、基本泊まり込みやから、うちにはなんも置いてないねん」

「嘘っぽー」


本当のFCCがどんな風に働いているのか、翔馬は知らない。

町中をパトロールしている姿くらいしか見たことがない。


「そもそも大阪支部でもないねん」

「え、なんでなんで?」

「FCC隊員の素性って内緒にしとかなあかんから、住んでるとこと別の支部に入るねん」

「へえ、そうなんや。って今まさに素性晒しまくっとるやんけ!」


翔馬の周りは楽しいやつらばかりだ。

翔馬の嘘を楽しみながらぎゃははと笑ってツッコんでくれる。

ただ自分は会話を楽しみたいだけ。友だちを笑わせたいだけ。そのためにどんな適当なことも言ったし、それで自分の立場がどうなるかなんて、考えていなかった。




――――――


「知ってる? カテゴリー4のフールの話」

「え、なにそれなにそれ」

「カテゴリーって3までちゃうん?」


その日も翔馬は、学校からの帰り道、思いついたでたらめを友だちに披露していた。


「あんな、歴史上一回だけ出たらしいねん、カテゴリー4」

「うっそやー!!」

「さすがにそれは嘘やん」

「ほんまやねんて! 都合の悪いことやから大人が隠してるだけでな、だいぶ昔に一回だけあったんやて」

「じゃあなんでショーマはそれ知ってんねん」

「おじいちゃんがFCC隊員やった頃の話、おとんから聞いてん」

「FCCなんはおとんやろ?」

「おじいちゃんもやってん」

「都合ええなあほんま」

「嘘ちゃうって!!」


翔馬の話の中では、いない父親も、死んでしまった祖父も、英雄になれる。




「アメリカでな、なんか地下通路が陥没した事故があってんけど、実はそれは、一瞬だけ出現したカテゴリー4のフールやったらしいねん」

「一瞬だけ?」

「うん、でもその一瞬でな、でっかい穴が道路に開くくらいの被害が出たんやて」

「でもただの事故扱いになってるってこと?」

「そうそう、だってカテゴリー4もおるなんて知られてみ? パニックになるやん」

「まーなあ、3よりもっとやばいやつなんやろ? 逃げるヒマもないわ」

「おれらみんな塵にされるで」

「怖っ」

「あっはっは」


厳密に言えば完全な翔馬オリジナルの嘘というわけではない。ネットで拾った都市伝説を混ぜて喋っている。眉唾物の話ばかりだが、翔馬には信憑性などどうでもいいことだった。


「ほんでなんでそれをショーマのじいちゃんが知ってんねん」

「そんときアメリカ勤務やったらしいで」

「んなアホなwww」


ふとそのとき、視界の端に映ったFCC隊員が、翔馬たちの方を見ていたような気がした。


「?」


そちらに目を向けると、もう逸らしていた。

FCC隊員に聞かれるような場所でFCCのホラ話をするのは危ないかもしれないな、と翔馬は少し反省した。




――――――


その日の帰り道は、なんだか変だった。

いつも一緒に帰る友だちも、みんな用事があるとか迎えがあるからとかで、翔馬は一人で帰っていた。楽しく話す相手のいない帰り道は、ずいぶん寂しいものだった。その帰り道、異様に人が少なかったのだ。


「……なんか人少なくない?」


独り言も、どこか寂しく響いた。


誰もいないわけじゃない。


しかし、いつもなら行き交う客で賑わう商店街も、小学生や中学生が通る通学路も、がらんとしている。ほとんど人がいない。いつもは店先に出ている店員も、姿が見えない。


「……世界の終わりってやつ?」


空元気で呟いてみるも、ぞっとしてしまい、逆効果だった。




「ちょっとお時間いただきますよ」

「うぉああっ!?」


突然背後から声がかかり、翔馬は文字通り飛び上がって驚いた。


「少し人にはけてもらいました。そこの、猫の額みたいに狭い公園のベンチまでご同行願います」

「オイオイ、そんなガキに丁寧な物言いは逆効果だろ、ビビってんぞそいつ」

「彼がビビってるとしたら君の『ガキ』発言とその高圧的な物言いにだろ」

「んだとコラ」

「いいから、話が進まないじゃないか。引っ込んでろよ」


FCC隊員が二人口喧嘩をしているのを、翔馬は信じられない思いで見つめていた。


「はけてもらった」と言ったのか? 今ここにほとんど人がいないのはこの人たちのせいなのか? まさか友だちがみんな都合が悪くて自分一人で帰る羽目になったことも? いやそれはさすがに違うのでは?




翔馬は混乱する頭で、なんとかFCC隊員に連れられ言われるがまま公園のベンチに座っていた。


「君の名前は?」

「あ……え……筧……翔馬です……」

「君のお父上の名前は?」

「え?」

「あと、おじいさんの名前も」


FCC隊員による質問が続く。

その間も、通りに人気はほとんどないままだった。散歩の主婦や下校の学生、いつもなら公園で遊んでいるはずの幼児や母親も見かけないままだった。


「OK、ちょっと照会するから待っててね」


プシュ


「わ!?」


今まで話をしていた方ではない隊員が、不意打ちで翔馬になにかをスプレーした。


「ちょっとネコ、急すぎるよ!」

「いーんだよ、どっちにしろ黒だろ」

「まだわかんないだろ、そんなの」

「ただのホラ吹きのガキだったとしても、どちらにせよ『処理』させてもらわねーと、なあ?」


スプレーした方の隊員がゆっくりとこちらを向く。

翔馬は姿勢を保とうとするので精いっぱいで、揺れる視界と響く会話の声で朦朧としていた。先ほどのスプレーになにかあるのだろうか。当たり前か。ただの水をかけられたとは思えない。




「オイ、後学のために教えてやる。本当にFCCの関係者だったらなあ、フールの『出現』なんて表現は使わねえんだよ。『発現』だ、覚えときなガキ」

「ちょっと、後学なんて必要ないから!」

「あ? あー、そうか、どうせ忘れるもんな」

「そうだけどそうじゃないよ!」


そして、なんだかよくわからない機械を翔馬の頭に当てた。


「あ、あー、オペレータールーム」

『はいどうぞ』

「使用許可願います。コード745HA02」

『745HA02、はい、受け付けました。30秒以内にお願いします』


「って、わけで、悪いなガキ、これもFCC隊員の『オシゴト』なわけよ」

「おいちょっとネコ、君ねえ、ガラ悪すぎるんだよ。FCCの印象が悪くなるだろ」

「どうせ忘れるんだから細かいこと言うんじゃねえよトカゲ」


ネコ? トカゲ? コードネームかなにかだろうか。

FCCって本名で呼び合わないんだ。やっぱり身元を隠すためなんだ。

もしかしてバレたら困る人たちなのかな。元犯罪者とか? さすがにそれはないか。

「忘れる」って、なにをされるんだろう。殺されるとか……じゃないよな? 記憶を消すのか? そんな技術があるの? でも仮に消されたとしても、目撃者はいなさそうだ……そのために……人を寄せつけなかったのかな……ああ……眠い……。




「悪く思うなよ、お前が調子よく喋り倒してたホラ話、アレな、一部当たってたんだわ。だから二度とあんな話言いふらすんじゃねえぞ。じゃねえとあの友だちみーんな、同じことしなきゃなんねえから。面倒だろ?」

「だから余計なこと言うんじゃないよ。さっさと終わらせてくれ」

「はいよ、じゃあな」


ピピッ


シンプルな電子音とともに、機械からなんらかの衝撃が伝わってきた。

翔馬の視界は、ゆっくりと白く霞みがかり、そして意識を失った。




――――――


「どーしたんショーマ、なんか元気ないやん」

「んー? 別にそんなことないで?」


友だちと下校中、翔馬はFCC隊員が二人並んでこちらを監視しているのに気づいていた。友だちには目もくれない。翔馬だけを見つめている。

居心地が悪くなり、すぐに目を逸らした。


「今日もFCCのこと教えてやー、裏話」

「おーせやな、あ、今まで言うてきた色々、あれ全部嘘な」

「え、まじで!?」

「嘘って言っちゃうん!?」

「FCCのことはだいたいなんも知らん。でもな、市民を守ってくれる立派な組織やで」


自分でも思っていない言葉が口から出た。

しかしそれはなぜか、翔馬の気持ちをスカッとさせた。


「おー、こえーこえー」という呟きが遠くから聞こえた、気がした。


筧翔馬は嘘つきだった。昨日まで。


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