#13 登坂鶏介はまっすぐである

登坂とさか鶏介けいすけはまっすぐである。


猪突猛進と揶揄されることもあった。集中すると周りが見えなくなると言われたこともあった。まだ若いんだからと窘める大人もいたし、そのよさを伸ばすべきだと褒めてくれる大人もいた。


自分がFCC隊員になったからには、自分がなんでもできるようになって、自分がみんなを救いたいと願った。他の誰でもなく、自分がやるべきだと思ったし、他の誰でもなく、自分が率先してヒーローになりたいと思った。




「登坂、お前は自分の体を顧みなさすぎる」


志摩隊長にそう言われ、落ち込んだことがあった。


「隊長、だけど、オレなら大丈夫です。誰よりも回復速度は速いと自負しています。少々のダメージはないようなものです」

「その戦い方を、改めろと言ってんだ。草村と連携して、もっと落ち着いて戦えばダメージなんか負わねえはずだ」


自分のアイデンティティを否定されたようにも感じた。

もちろん隊長が鶏介自身のことを案じてくれているのはわかっている。それがわからないほど子どもではないつもりだった。それでも。


「鶏介くんは素早いから、左右にもっと振って戦えばフールも翻弄されると思うよ」

「けいちゃんはまっすぐ突っ込みすぎなのよ。私が同じように突っ込もうとしたら止めるくせに」


近江さんにも、ミドリにも、窘められた。訓練でも、実戦でも、鶏介はまだ自分の戦い方を定められないでいる。




――――――


「さて、みゆきちゃんのフール化も安定してきたことだし、そろそろ武器を使っての戦い方を教えていこうね」


近江さんが最近戦術を教えているという、難波隊の新入りと初めて対面した。

なぜかその訓練に鶏介も呼ばれたのだ。


「こちら、志摩隊の登坂鶏介くん。僕と同じ隊だよ。みゆきちゃんよりも年下だけど、いろいろ教わってね」

「あ、はい、よろしくね、鶏介くん」


鶏介は志摩隊でもミドリと並んで最年少、FCC大阪支部でもそうだ。新入りとはいっても、また鶏介よりも年上。いつまで経っても年下の後輩ができない。


ぶすっとしている表情が気になったのか、近江さんがフォローを入れた。


「鶏介くんはとっても素早いから、近接戦闘、あ、ナイフとかの近距離用の武器で戦うことね。それがすごく得意なんだ」

「……別に、普通です」


鶏介はそっけなく謙遜した。




「さて、難波隊のバランスを考えると、みゆきちゃんにはハンドガンから試してもらうのがいいかなと思うんだけど、どうかな?」


近江さんは新入りではなく鶏介の方に話を振る。


「……そうですね、環隊長は超近接戦闘バカだし、明治さんも近距離からの崩し、理子さんは狙撃だし、まあ妥当なのは銃でしょ」

「だよね! じゃあみゆきちゃん、さっそく銃の取り扱い方を教えていくからね」


じゃあなぜ鶏介は呼ばれたのか。鶏介は短剣二本で戦うスタイルだ。ミドリと同じ。

近江さんはショットガン型とはいえ銃型兵器の取り扱いには慣れている。だから鶏介より指導に向いているだろう。スタイル的には志摩隊長が一番向いていると思うが、他隊の新人に指導するよりは自分の隊をきっちり指導する方を優先しそうだ。龍之介さんは……まあ、なしか。相性的に。

やはり鶏介は自分がここに呼ばれた理由がわからないでいた。


「よし、じゃあ、ちょっと鶏介くんを撃ってみようか」


この一言で、鶏介は自分が呼ばれた理由を理解した。




「ひええ、え、この子を撃つんですか!?」


「この子」と言われたことにカチンときた。こっちゃ先輩だぞ。


「顔と心臓以外だったらどこでもどうぞ」


少々ふてくされた声が出たが、鶏介は大真面目にそう言った。

一応短剣を構えて顔と心臓への誤射に備える。さすがに直撃したら鶏介でも危ない。


「はい、じゃ、足を狙ってみて」

「ひ、ひぃぃい」


ぶるぶると震える腕で鶏介の足を狙っている。

そんな緊張して当たるもんか。


バシュン!


最初の弾は足元には来たが、まったく当たらなかった。


バシュン!


二発目もハズレ。

しかし、すぐに引き金を引けた胆力には驚いた。

案外クソ度胸があるのかもしれない。




バシュン!


三発目が一番近かった。つま先の先ほどに着弾。次は当たりそうだ。


「もうちょい、頑張って」


応援する心の余裕も生まれた。


「左手に力込めて。右手は力抜いて」


アドバイスする余裕も生まれた。

自分は銃型をほとんど使ったことがないが、そういう基本は聞いていたから知っていた。


「……はいっ」


バシュン!


四発目でようやく鶏介の左足に着弾。足がはじけ、鶏介はバランスを崩し膝をつく。




「ああああっ! だ、大丈夫!?」


悲鳴を上げる新人に笑いかけながら、鶏介は落ち着いて立ち上がった。


「オレの回復速度はここで一番早いよ。全然大丈夫」


制服は回復しないので素足になる。しかし傷ひとつない。いつものことだ。

これくらいの傷は数秒、いや1秒ほどで元に戻る。膝をついていた時間も一瞬のことだった。


「あ、なーんだ、そっか、よかったぁ~」


しかし新人のその能天気な言葉に、なにかがチクリとした。

なんだ? なにも問題のないやり取りではなかったか?

フール兵器の試し撃ちに使われることは珍しくなかっただろう?

自分でもこの回復速度を売りにしているし、自画自賛してもいるだろう?




「じゃあ、次、みゆきちゃんの番ね」

「え?」

「はい鶏介くん、これで同じように撃ったげて」


近江さんは鶏介にハンドガンを手渡した。


「え? え?」


新人は二人を交互に見て、状況が理解できていないようにおろおろしている。


「……じゃ、同じように、左足に当てるから」

「え? え?」


バシュン!


「……え?」




新人が膝をついて茫然とした顔で虚空を見つめている。


「ぁぁああああっ!! い!! いいい痛いぃぃぃぃいい!! ぅうぎぎぃいいい!!」


遅れて痛みを感じたのか、一転叫びながらのたうち回っている。

鶏介よりはずいぶん遅いが、それでも10秒ほどで撃たれた左足は元に戻っていた。


「もう大丈夫だと思うけど?」

「……あれ? ……ほんとだ……治ってる」


すぐに回復するからといって、痛みも感じないわけではない。足が吹っ飛んだのだ。軍人だって叫ぶだろう。それを実感させるために近江さんは鶏介に撃たせたのだろうが、それにしてもやり方が意地悪だ。こんなことをする人だっただろうか?


「ごめんね急にこんなことさせて」


殊勝に謝る近江さん。だがその視線は、新人ではなくこちらを向いていた。




「え?」

「鶏介くん、君のその高い回復能力は、FCCに欠かせない素晴らしい戦力だよ。だけど、それが一般的だと周りに思われることは、回り回って君の為にもFCCの為にもならない」


この温厚な先輩に、ガツンと殴られた気がした。

鶏介の回復を見て、この新人は気が緩んだということか。


「みゆきちゃんは、これからたくさん戦闘をして、経験を積んでいくだろうね。大きなケガをすることもあるだろう。殉職したFCC隊員だって過去にたくさんいるんだから、その可能性も考えておかないといけない。だけど、心のどこかで『ケガをしても回復するから大丈夫』『すぐ回復するからどうせ痛みは一瞬』と考えていたら、痛い目にあうよ」


新人も鶏介も、黙って聞いていた。耳が痛い話だった。


「みゆきちゃんが、『あ、なーんだ』って言ったとき、鶏介くん、腹が立たなかった?」

「それは……えっと……はい」

「『撃たれても大したことないんだ』って思われた気がしたでしょ?」

「……はい」


鶏介の一瞬の揺らぎも、先輩にはお見通しだった。




「それから、もし一般市民が、君の戦いを目にする機会があったとしたらどうだろう。身体を欠損させながら、叫ばず痛がりもせず、敵に立ち向かう。頼もしいヒーローに映るだろうね。応援してもらえるだろうね。だけど、例えばそのあと、みゆきちゃんが今みたいに痛がっていたら、市民はどう思うだろう。『あっちは痛がりもしないで頑張っているのに、情けないやつだ』『あいつは弱いな』『軟弱者だな』と思われてしまわないかな」


「……」


考えたこともなかった。ただ自分が突っ込んで、早く制圧してしまうのが一番だと思っていた。自分の戦う姿が市民に見られるかもなんてことも、考えていなかった。付近は避難指定されるし、ジャミングによって自分たちの姿は撮影されないようになっている、と心のどこかで安心していた。


「さらに言えば、戦う君の姿を見て、『怖い』と思う人もいるかもしれない。手足が吹っ飛んでも、気にせず戦う姿は、『化け物じみてる』ってね。FCCは手足が吹っ飛んでも敵と戦うバトルジャンキーだ、化け物集団だ、そんなふうに言う人もいるかもしれない」

「もう……わかりました……すみません……オレの考えが浅かったってことは……よくわかりました」


鶏介は、自分がここに呼ばれたもっと大きな理由を理解した。

きっと、志摩隊長が言い出したことだったんだろう。

そしてこの人は、優しい先輩は、嫌われ役をあえてやってくれたに違いない。


「ありがとうございます」

「ん、いい顔になったね」




自分の戦闘スタイルを見直そう。確実に攻撃を避ける。まずはそこから。大振りな攻撃だけでなく、細かい、例えば針とかを飛ばしてくるタイプのフールでも、全部避けられるくらいの戦い方を。


「さて、じゃあ次は射撃訓練と、疑似戦闘訓練だね。オペレーターさんに頼んで、過去のカテゴリー3と疑似的に戦ったり、耐久力だけ異様に高い個体を出してもらったりもできるし、いろいろ試していかないとね」

「戦えるようになったら、オレも相手しますよ」

「あ、いいね、ぜひ頼もうかな」


やはりこの人は優しい。

後輩二人を指導して、嫌われ役もこなして、近江さんこそ志摩隊のバランサーとして欠かせない素晴らしい戦力だ。いつかこんな風になれたら。


「じゃ、オレ、ちょっと試したいことできたんで、『ルーム』借りて一人で訓練してきます!!」


二人に一礼し、鶏介は訓練室のうち一番大きな「Dホール」を飛び出した。今からでも他の小さな訓練室「ルーム」のどれかを借りて個人的に訓練をしよう。オペレーターさん、空いてるかな。


「彼の一番のよさは、あのまっすぐさだよね」


そう近江がしみじみと呟いたことを、鶏介は知らない。


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