#11 墓石八雲は後輩想いである
しかし、本人は清潔感を大事にし、言葉遣いにも気をつけているのだが、後輩に怖がられてしまう見た目をしているらしい。最近入隊した難波隊の新入りにはまだ会わせられないと陰口を叩かれているらしい。まったく不本意である。目つきの悪さを気にして、コンタクトではなく眼鏡をかけているが、それも逆効果だと後輩に言われたことがある。甚だ遺憾である。
同期入隊ではないが、志摩夕暮とは同い年である。気も合い、お互い隊長ということもあって一緒に酒を飲むことも多い。志摩のお気に入りの居酒屋や焼鳥屋なんかが大阪支部の近くにあるため、ときどき誘い合っては飲みに繰り出す。八雲は自我が保てる程度にしか酒をたしなまないが、志摩はべろんべろんになるまで飲む。普段FCC隊員として活動しているときに自分を堅く律している反動なのではないかと八雲は考えている。もちろん非番の日にどれだけ飲もうが前後不覚になろうが、他人や店に迷惑をかけるのでないなら、とやかく言われることではない。だから八雲はうるさく言わず、志摩の好きなように飲ませている。
しかし、後輩がいる前でその失態を見せるのは止めてやりたいとも思っている。
「志摩さぁん、グラス空ですよー」
「あー、おー、じゃあ同じのもう一杯」
「はい。店員さん! これ、同じのください。濃い目で」
「濃くしなくていいんだよぉ明治よぉ」
明治は普段はあまり喋らないが、八雲と志摩と飲むときはわりと饒舌になる。この姿を難波隊のやつらは知っているのだろうか。八雲自身も、初めて見たときは驚いたものだ。
「八雲さぁん、グラス減ってないですよー」
「おれはこのペースでいいんだよ、ゆっくり飲ませろ」
「はぁい、あ、このからあげ、もらいますよー」
「食え食え、若者」
「おれの……からあげ……」
「ゆうくんの言うことは無視していいから」
年の離れた野郎二人に挟まれて、堂々と、そしてマイペースに飲むこの後輩を、八雲は不思議がっている。同隊の綾式はあまり飲まないと聞いているが、それでも女同士で飲みに行ったりしないのだろうか。なぜわざわざ八雲と志摩の飲みについてくるのだろうか。
かといって別に邪険に思っているわけでもない。男二人のむさくるしい飲み会よりもずいぶん楽しい。べろべろになった志摩を運ぶのも、明治と二人でなら容易い。
「明治、お前はどうするんだ、次」
明治のグラスがもうすぐ空きそうだ。
「あ、私は同じのにします、また」
「気に入ってるな、その焼酎」
「ええ、最近はこればっかり、ふふふ」
20歳の飲みっぷりじゃねえな、と八雲は苦笑する。「やわらぎ」とかいう焼酎をいろいろな割り方で飲み続けている。
「お前の飲みっぷりを見ていると気持ちがいいぜ」
「えへへ、ありがとうございます」
たいして酔っているようにも見えない。この3人の中でも、一番の酒豪だろう。
志摩がテーブルに突っ伏してしばらくが経ち、明治のグラスも八雲のグラスも空いたタイミングで、店を出ることにした。いつもと同じくらいの時間だ。
「大将、お会計」
「あいよっ! いつもどうもね!」
すっかり顔も覚えられている。店が少ないわけではないが、この辺でこのメンバーで行く店と言えば限られている。だいたいが志摩のお気に入りの店だ。
「いつもごちそうさまです」
「おう」
「志摩さんも、ありがとうございます」
「……ぉぅ」
返事が返ってくるとは珍しい。今日の志摩はまだ意識があるらしい。
「どうします? もう帰ります?」
「んー、もう一軒行きたい気分なんだけどな、おれは」
「……近江君、呼びましょう」
明治のこういう話の早さが、無駄のなさが、八雲には心地よく感じる。
「あ、いいですね、じゃあ私もご一緒します。だけど、志摩さんどうしましょう。もう飲めそうにないですよね。ていうか歩けそうにないですよね。置いていくわけにもいかないし……同じ隊の近江君を呼び出して志摩さんを運ばせましょうか」という流れを一言で完結させた。
「うちの隊長が、いつもすみません」
「いやいや、悪いが部屋まで頼む」
志摩隊の佐原がすぐに駆けつけてきた。身体が大きくて大人の余裕がある男だが、明治よりも年下だ。
「近江君、20歳になったら一緒に飲もうね」
「あ、はい! ぼくきっと強いですよ。両親とも酒豪でしたから」
それはそれは頼もしい。
年の離れた後輩がどんどん20歳になっていくのは嬉しい反面、自分がどんどん歳をとっていくのが寂しい気持ちもある。
「じゃ! お疲れ様です! お二人も飲みすぎないでくださいよ」
「わかってるわかってる」
「ありがとねー」
佐原が軽々と志摩を担ぎ、FCC大阪支部へ帰っていった。よほどの事情がある者以外は、基本的に大阪支部に部屋がある。八雲と明治も、結局帰る場所は同じである。
「私たちの戸籍ってすでにいじられてて架空のものなんだから、年齢もごまかしてくれたらいいのに」
明治は今20歳だ。居酒屋で年齢確認をされることもある。
「そしたら近江君ともすぐ飲みに行けるのに」
実際の年齢よりも年上に偽造した免許証や身分確認証、やろうと思えば作れるだろうな。なにせすでに世間的に死んでいるはずの八雲や明治の戸籍がちゃんとあるのだから。
「未成年者に早まって酒を飲ませるメリットはねえよ。20になるまで気長に待ってやろうや」
「……そうですね。私の時もちゃんと待ってくれましたもんね」
「待ったのは、お前だろ」
明治は八雲と志摩が時々飲みに出かけていると知った瞬間、自分も行きたいと言った。物静かで他者に寄っていくタイプではないと思っていた八雲は、ポカンとしたものだった。
「20歳まで待てたらな」そう言って、八雲と志摩は断った。しかし明治はその約束をきちんと守り、今はこうして飲み仲間となった。八雲が言った通り、待ったのは明治の方だった。
「いらっしゃい、おう、久しぶり」
八雲が選んだ店は、ときどき一人でも使っていた餃子がメインの小さな居酒屋だった。
「二人で」
「あいよ、珍しい」
カウンター席に明治と座る。
あんまり焼酎は置いていないし、メニューは餃子ばかりでバラエティに富んでいないし、明治は気に入るだろうかと心配だった。
「わ、この餃子、気になります」
「えびのやつな。うまいぞそれ」
「あー、迷うなー、いろんな種類をちょっとずつ頼みましょうよ」
「……いいなそれ」
「この黒のやつとー、えびのやつとー、あ、辛いやつもいいですね」
一人ではできない頼み方だ。明治のテンションは高いままだったので一安心する。
「二度目のかんぱーい」
二人してビールのジョッキをぶつける。明治は焼酎好きだが、こういうところでは普通のビールも飲むのだと知った。
「八雲さん、そういえば和歌山遠征、どうでしたか」
「ん? 楽しかったよ」
「ゆずさん、会えました?」
「ああ、元気そうだった。また強くなってたぞ、あいつ」
明治の言う「ゆずさん」は、難波隊の前身、日野隊の頃の明治のチームメートだ。今は和歌山で柏木隊を率いている。いわゆるヘッドロック、じゃない、ヘッドハントされて和歌山へ異動になった隊員だ。
「八雲さんが和歌山行ってた間、龍君も虎君も寂しそうでしたよ」
「んなことないだろ、あいつらが」
「沙尋ちゃんも寂しそうでしたよ」
「それが一番嘘だろ、あいつしれっといつも通り訓練室こもって過ごしてただけだろ。今日も『あ、隊長、いつの間にか帰ってきてたんですね。おみやげないんですかおみやげ』とか言われたぞ」
八雲の隊は全員が独立志向というか、それぞれが個別に戦える実力がある。八雲がひとり和歌山支部に戦術指導に行っていても、問題なく3人で戦えるだろう。制度上そういったことはできないことになっているが。
「墓石隊って、みんなそれぞれ強いですよね」
「ん……まあ、そうだな」
八雲がいなくても、それぞれ訓練して勝手に腕を上げていることだろう。
「私も八雲さんに戦術指導してほしいです、また」
「……お前はもう十分強いじゃないか」
「……まだです。まだ、全然足りない」
明治がジョッキを置いた。
「新隊員のみゆきちゃんは近江君に指導されてぐんぐん伸びてる。フール化も、もう1時間を超えたって聞きました。環はミスしない、ミスしてもリカバリーが早い。理子先輩は一番欲しいタイミングで一番欲しいアシストをくれる。でも私は……」
うつむきながら明治が心情を吐露している。八雲は黙って、次の言葉を待つ。
「私はまだ、迷ってる。一瞬の躊躇が命を左右するってわかっているはずなのに。新隊員の命を危険にさらすわけにはいかない。連携の精度も上げないといけない。年長の私が頑張らないといけない。なのに……一瞬の躊躇が、迷いが、なくせない」
この間の出動のことを言っているのだろうか。八雲が和歌山へ行っていた間に大阪で起きたカテゴリー3事件のことだ。そのときの明治に、なにかそう思わせることがあったのか。
「市民に被害はなかったんだろ」
「……はい」
「環も、理子も、無傷なんだろ」
「……はい」
「で、そのとき倒したフールが今の新人なんだろ」
「はい」
「なにが問題なんだ?」
八雲には明治の迷いがよくわからなかった。もっと自分の言葉で語らせないといけない。自分にできることはしてやりたいが、最終的に解決するのは明治自身だし、おそらく難波隊の仕事だ。
「剣道をやっていたとき、相手と1対1で向きあって、余計な思考が入る隙はなかったんです。自分が勝つことだけに集中できていたというか。負けてしまっても自分の責任で、自分が悔しいだけで。誰にも迷惑はかけなくてよかった。でも、FCCの戦いは市民や隊の仲間を守るための戦いでもあって、そして相手を殺すのではなく救う戦いで……だから……私は戦闘におけるキャパが少ないんですよね、きっと。だから迷いが出る。環にも言われました。『迷いが出てる』って」
これが明治の迷いか。相手に勝つための戦いではないことに、まだ慣れることができないでいる。よく言えば慎重で冷静。だが環のような直情型から見れば、優柔不断に見えるかもしれない。
「……よし、これ食え。食って元気出せ」
残っている餃子の皿を押しやる。
「こっちはおれが食う」
一部は自分で平らげる。そしてビールで一気に流し込む。
「八雲さん?」
真剣な相談を適当に聞いていたと思われたかもしれない。だが八雲には、他に励まし方がわからないのでこう言った。
「すぐ帰って訓練室で特訓だ。オペに無理言うことになるが、まあ、特別に許してもらおうぜ。悩むヒマないくらいしごいてやるから」
「……はいっ!!」
明治が嬉しそうな顔でいい返事をした。
墓石八雲は後輩想いである。その範囲は隊の垣根を越える。
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