#5 志摩夕暮は規律に厳しい
自分の言動や見かけが優等生でないことを十二分に理解したうえで、自分にも他人にも厳しい。「似合わないな」と言われながらも、自分のそういう厳しさが組織には必要だと思っていた。隊長になる前も、隊長になってからも、そのスタンスは大きく変わらなかった。
「うぉい、婆さん、避難命令出てんぞ。なんでまだこんなとこにいる?」
カテゴリー3のフールが発現し、通報があった時点で周囲1㎞圏内は避難地域となる。避難用シェルターは多数準備されており、頑丈な建物や地下が住民の避難場所となる。FCC隊員にも戦闘員でない者がたくさんおり、避難誘導に全力を尽くす。もちろん警察も、だ。
しかし……。
「……腰を……抜かしてしもてねえ……」
「まじかよ……ったく、災難だったな、婆さん」
避難に遅れる住民がいることもある。多くは子どもや老人だった。
今現在近辺にフールの気配はないが、大きく移動するタイプだった場合はここも危険だ。他にFCC隊員も見えない。すでに避難はほとんど完了しているということなのだろう。
「佐原ぁ! 避難に遅れた一般市民をおぶって退却!」
「了解」
志摩はとっさに判断し、隊で一番大柄な佐原に老人の避難を任せた。
「地下道に潜って待機しとけ!」
「了解!」
佐原はすでに駆け出していた。見かけほど鈍重ではないのだ。だからこそ、志摩は彼に任せたとも言える。この会話は大阪支部のオペレータールームにも届いている。志摩隊がばらけたことは、すでに伝わっただろう。
「隊長!」
「現場……どうします?」
年少の二人が隊長である志摩に尋ねる。
現場経験は少ないとはいえ、この二人の連携はかなりのレベルだ。このまま現場に行って戦闘に参加しても大丈夫だと思える。だが。
「他に逃げ遅れた市民がいないか確認しながら現場へ向かう」
先に難波隊が出てくれていてよかった。うちが現着一番乗りだった場合、避難と戦闘を天秤にかけなければいけないところだった。志摩はこっそりとため息を吐いた。
「……現場は学校だ。遠巻きに囲って、目標が飛び出して来ない限りは待機」
「そんな!」
「隊が揃わねえ状態で不用意に参戦することはできねえよ」
「でも! 難波隊はもともと3人じゃないですか! だったらオレたちも!」
「けいちゃん! やめなって!」
「うるせえ! 隊長命令だ、勝手な行動は許さねえ」
志摩だって現場で戦いたいと思っている。そのために日々訓練をしているのだから。しかし隊長がそのような私情を挟めば、そしてその私情のせいで甚大な被害が出てしまったら、その責任はどうやって取ればいい? そう思うと、ストップをかけられるようになった志摩は、自分が大人になったなと感じる。今まさにキャンキャン吠えている
「オペレータールーム、今日のチーフは誰だ?」
『こちらオペレータールーム、チーフはオレンジ』
「おう、オレンジか。こっちの会話は聴いてたな? オペは難波隊のサポートをメインで頼む。おれたちは保険程度に思っといてくれ」
『了解、難波隊はすでに戦闘を開始しています』
「はえーな、さすが」
「……」
登坂がぶつぶつ言っている。まだ納得がいっていないのだろう。しかし逆上して勝手に単独行動をするほど馬鹿でもない。いずれこの決断が必要だったと分かるときが来るだろう。
「……! 静かに! 誰かの声が聞こえませんか?」
と、もう一人の隊員、
今は車も通っていない。シンと静まり返った街角に、耳を澄ませる。
「……子どもの声だ」
「登坂! 草村! 確保して避難!」
「了解!」
「了解です!」
志摩の指示を聞くが早いか、二人とも恐ろしいスピードで駆けていく。FCC隊員、とりわけ前線に立つ戦闘員は人間離れした身体能力を持つ。だがその中でも、あの二人の機動力は抜群だ。
「……頼りになる隊員たちだぜ」
将来有望な若者たちだからこそ、規則違反なんかでケチがついてほしくない。志摩も急いで後を追った。
「志摩隊からオペレータールームへ、おれたちのいるポイントへ一般の隊員を寄こしてくれ。特に先に佐原のいるポイントへ。市民を預けてから4人揃って現場へ向かう」
『こちらオペレータールーム、了解。いつも思いますけど、そういうところきっちりしてますよね、志摩さん』
「うるせえ、無駄口叩くな」
志摩夕暮は規律に厳しい。
しかしそれを自認していることと、他人から茶化されることは別問題だ。
『他人だなんてよそよそしいですね。私たちそんな関係ですか?』
「うるっせえ、正式な回線でいらんことを言うな。ていうか独り言を拾うな」
オレンジ、帰ったらしばく。
志摩は深いため息を吐いた。
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