#4 森永明治は寡黙である
「あ! 危ないよ!」とか「その服、似合ってないと思うよ」とか「その考え方、やめた方がいいよ」とかいった言葉も、たくさん飲み込んできた。「そのキーホルダー、可愛いね」とか「私たち、友だちだよね」とか「いつでも相談に乗るよ」とか、そんな言葉も飲み込んできた。そのせいで、友人は少なかった。心の中ではよく喋るのに、それが外に出ないせいで周りから勝手に「深窓の令嬢」「高嶺の花」キャラを定着させられていたときは、がっかりしたものだった。自分はそんな人間じゃないのに。
「めいちゃん、って呼んでええ?」
難波環に隊長が替わったとき、唐突にそう言われた。
「明治」なんて女の子らしくない名前を気に入っていなかった彼女だったが、それからは自分の名前を少し好きになった気がした。
あれからもう3年になる。環はあの頃より、ずっとずっと隊長らしくなったと思う。明治よりも年下だが、今のメンバーで言えば環が一番隊長らしい。だから、明治は環が隊長になることに、まったく反対しなかった。ただ、それは伝わっていただろうか。賛成の意志も、積極的に示さなかったのではないだろうか。
「めいちゃんは陽動! 目標の注意引き続けて!」
「めいちゃん、そっちに追い込むから! タイミング合わせてや!」
環はいつも明確な指示をくれる。
明治は黙って、その指示に忠実に従う。
「シッ!!」
シュン、と刀が空を切る。すべての斬撃を当てる必要はない。
空を切ることで相手の行動を制限する。
当てるための斬撃と、相手をコントロールするための斬撃を、明治は使い分けている。
こんな戦い方は、剣道を習っていた頃にはあり得なかった。すべてはFCCに入隊してから身につけた技術だった。
相手はすでに人間離れした容姿になっているとはいえ、もとは高校生の女子だ。目は赤く染まり、爪が武器になってはいるが、制服に身を包んだ女子だ。ぶった切るには少し心を殺しきれない。
睨みあいながら、一定の距離を取りながら、明治は目標の注意を引こうとしている。周囲には散乱した机といすが大量に転がっている。みなあわてて避難したのだろう。しかし学生のものと思われる血痕はない。けが人や死者は出ていないようだ。よほどここの教師は避難誘導がうまかったとみえる。
「めいちゃん! 迷いが出とる!」
環が叫ぶ。
「四肢狙ってくれたらいいから! とどめはうちが!」
「……了解」
FCC隊員はフールに対処するのが仕事だが、殺すことが仕事ではない。昔は殺害もやむなしとされていたが、あるときから瀕死にすることが目標とされてきた。瀕死に追い込むことで、フールとしての異能を抑え込むことができる。そういう研究が進んだことで、カテゴリー3のフールは瀕死に追い込み制圧するということが暗黙の了解になった。
そして、環の武器はそれに適している。
「フッ!!」
シュン、シュン、と刀が空を切る。窓際に追い込む。理子先輩も狙っているはずだ。本当はこんな狭い教室内でなんか戦うべきではないのだろうけど、校庭に引きずり出すのは骨が折れる。志摩隊の到着も遅れている。ここで素早く制圧してしまいたい。こういうところで戦うのなら、志摩隊の前衛二人にいてほしいのに。
と、そのとき難波隊の通信に連絡が入った。
『オペレータールームから難波隊へ。志摩隊は避難に遅れた市民の救助により現場到着が遅れる模様。目標を現場から外に出さないことを最優先!』
ああ、弱音を吐いたとたんこれだ。
環は「うちらでちゃんと制圧する」と気を吐いていたのに。
「あっちゃあ、ま、志摩さんなら逃げ遅れた市民を見捨てて現場に急ぐなんて、死んでもせえへんやろな」
『仕方ない。その教室から出さないようにしよう。外に逃げても私が足止めする!』
環と理子先輩が返事をする。私も、と明治は思ったが、なんと言っていいのかわからなかった。なので簡潔に、意思だけ伝える。
「ここで仕留めます。短期決戦で行きましょう」
環がハッとしてこちらを見る。普段あまり意思表示をしないものだから、驚いたのだろうか。
「私が左腕を落とす。理子先輩、目標の右側面を狙ってください。環は、とどめ、お願い」
倒す算段は考える前に口から出た。言い切ったらもう足が動いていた。目標は怪物だが、誰が悪いわけでもない。望んで破壊行動をしているわけでもない。これは病気だ。あるいは災害だ。早く終わらせてあげよう。苦しませず、終わらせてあげよう。
「シッ!!」
明治の斬撃が目標を襲う。
左側面だけを狙う。そう考えを絞ると、驚くほど相手がのろく見えた。
「だぁっ!!」
最後の一閃。左腕を根元から斬り落とす。どんぴしゃのタイミングで、遠く離れた理子先輩からの弾丸が右側面にプレゼントされる。目標は大きくバランスを崩し、叫び声をあげる。再生する前に、とどめを。
後ろを見なくても、もう環が突っ込んできているのが分かった。
「あとはよろしく」
「まかせとけええええええええ!!」
環の絶叫とともに、重い重い一撃がぶち込まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます