#19 神門深水はヒーローではない

神門みかど深水しんすいはヒーローではない。


ヒーローではないが、FCC東京本部で一番有名で一番強い隊の隊長である。


「みかどたいちょー! サインください!」

「はっはっは、OKOK」

「僕も! 僕も!」

「大丈夫、待っててね、みんなに書くよ」


「神門さん、クールでかっこいいよねえ」

「はっはっは、ありがとう、嬉しいです」


「フールが出たら、またぶっ倒してね!」

「よしよし、約束するよ、安心しててくれ」


「あ、あのっ、私、1年前にフール事件が起こったときに現場にいて……あなたに助けられたんですっ! いつかお会いしてお礼を言いたくてっ! あ、あの、本当にありがとうございました! 命の恩人ですっ!」

「そうか、あなたが無事でよかった。それだけで、僕はFCC隊員でいてよかったと思うよ」


決してドラマの中のヒーローではない。しかし世間はそうは思ってくれない。

まぎれもなく現実に実在する本物のヒーローだと多くの人に思われている。




――――――


「神門さん、カテゴリー3フールが出現したという警報が出た場合、避難する際に気をつけておくべきことはありますか?」

「そうですね、まずは落ち着いて、最寄りのシェルターをめざすことですね。慌てて二次被害の事故が起こってしまっては本末転倒ですから。シャッターの閉まるお店、地下通路の入り口、ロック可能の目印のある建物、そういったものを常に意識しておいていただけたら」

「最近でも、シェルター入り口での避難者の事故が報道されました。どう思われますか?」

「カテゴリー3の変身時間である『1分』という時間は遅らせることが困難です。しかし市民の皆さんの避難のスムーズさは、他国と比べてもとても優秀だと聞いています。いつも思います。現場に着いて、逃げ遅れた人のなんと少ないことか、と。これまで通り、落ち着いて、助け合う意識を持ってください。フールは我々FCCに任せ、みなさんは安全第一に。僕が出動する限り、市民に死者は一人も出しません。お約束します」


深水は広報の役割も果たしている。

TVやラジオに出演することもたびたびあるし、取材を受けて雑誌や新聞に記事が載ることも少なくない。マネージメントは上層部と広報課で行ってくれるが、できる限りは出ろと言われている。FCCのイメージ向上に、深水の人当たりのいい物腰と、人のよさそうな整った顔は効果的なのだそうだ。

ひたすらに「一般市民に開示してよい情報」と「そうではない情報」を頭に叩き込み、口を滑らすことのないよう念入りにやり取りのイメージトレーニングをし、皮肉や嫌味は間違っても口にしないようにし、それでいて第一線でも戦闘を行う。お飾りの部隊ではない。実際に東京本部で一番強い隊だと自負している。




――――――


「うあああああ! ねえ! 今日のボク大丈夫だったかなあ!? ちゃんと喋れてたかなあ!? ねえひーちゃんどう思う!? おかしくなかった? 大丈夫だった? ボク大丈夫だった!?」

「はいはい、今日もしんちゃんはご立派でしたわよー大丈夫大丈夫」

「ほんとに!? 適当言ってないひーちゃん!? なんかおかしなとこなかった!? ほんとに!? インタビュアーさん引いてなかった!?」

「だーいじょうぶだいじょうぶ、『正義のヒーロー神門隊長』の仮面はちゃんとかぶれてたよ」

「え、ボク仮面なんかかぶって出てたかなあ?」

「比喩だよおバカ」




「なんだよ、また隊長は幼児退行してんのか」

「……いつものことです」

「これ動画に撮っておいてファンに見せてえなー」

「……ダメですよ、絶対」

「冗談だよ」


神門深水はその外面と裏腹に、とても幼児的である。

隊長という肩書ではあるが、彼を支える隊員の方がよっぽど大人である。

最年長の伊勢崎いせさきやなぎ

幼馴染の阿部あべ氷町ひまち矢達やだちトオル。

この3人がいつも深水を支えている。しかし世間的に、東京本部最強の神門隊は、神門深水の隊なのである。


「いつも言ってるけどー、ね、しんちゃんがこの中で一番広報向きなんだって。だって見てみ? 他のメンバー」

「おいこっち見んな」

「ヤナさんは子どもが泣くでしょ? どっちかというと完全に悪役顔でしょ? トオルは無愛想で人気なんか出ないでしょ?」

「おいこら、誰見て泣くって? お? お前を泣かすぞ?」

「……異議あり。僕は無愛想だけどそこそこ人気はあるぞ」

「無視無視。で、あーしは人前で喋ると口の悪さが絶対こぼれ出るからさ」

「性格の悪さと頭の悪さもこぼれ出るよな」

「るっせえ!!」

「悪の女幹部だよね。いつも失敗して泣いて撤退するタイプの」

「しばくぞ!!」


ギャーギャーと騒がしいが、本当に仲が悪い隊というわけではない。口は悪いが皆認め合った仲間である。この部分は決して公表できない姿だが。

特に、年少の3人は「子どもの頃にカテゴリー3を発現した」という共通点がある。幼少期からFCC所属なのである。


「や、やめてよー、けんかしないでよぉみんなー」


深水が泣きそうな顔で言うと、3人は破顔して深水のもとに駆け寄る。誰もがこの頼りない情けない深水の裏の顔が好きだった。




神門深水は、幼少期、ヒーローに憧れる少年だった。

だが今は自分自身が、市民に希望を与えるヒーローである。

まだ幼い頃にフールとなった深水は、長い期間をFCCで過ごした。子どもの頃の名前はもう忘れてしまった。「神門深水」というのは、与えられた名前である。


「すべてを隠していては怪しまれる。FCCの広報部隊を作ろう」という機運が高まったのは世紀が変わろうという頃であった。当時前面に出ていた部隊は身寄りの少ないもので固められていたが、同時進行で「身寄りの少ない少年少女」を10年未来を見据えて育成していたのである。それが、神門隊の3人であった。「阿部氷町」も「矢達トオル」も、広報部隊としての役割とともに与えられた仮の名前である。しかし長い期間を共に過ごした3人にとって、元の名前などもうどうでもいいものだった。




自分の中に潜む「フールの力」は、幼い深水の心を蝕んだ。

「化け物の力で化け物と戦う自分」という客観的事実が、自分をヒーローと思えない最大の矛盾点だった。市民が恐れる「化け物」と、自分と、一体なにが違うというのだろう。この力が万が一暴走したら、自分は人類の敵となってしまうのではないか。それが今日、明日起こらないと誰が断言できるだろう。


だから深水は、徹底的に自分の力を制御するために訓練をしてきた。どれだけ危機的な状況になっても、冷静な思考を失わない努力をしてきた。すべては市民の安全のために。

例えば、もし氷町が暴走したとしたら、深水は迷いなく氷町を制圧するだろう。場合によっては命も奪うかもしれない。しかしそれは冷酷なのではなく、氷町を想ってのことでもあった。逆の立場なら、氷町に殺されてもまったく気にしない。むしろ躊躇ったら怒るだろう。それはトオルでも、柳でも、同じことである。




東京本部には多くの隊が常駐している。しかし世間に広く知られている隊は神門隊だけであった。


「おれたちがどれだけ頑張っても、世間には1㎜も興味を持ってもらえないの、納得いかないな」

「どうせ『また神門隊が倒してくれた』って思われちゃうんだよな」

「こないだもニュースに取り上げられてたぞ」

「ずるいよな、ほんと」

「でも……顔出すのも嫌だな」

「えーそっか? おれはチヤホヤされたいけど? インタビューとか受けてみたいけど?」


陰口を叩かれることも少なくない。嫉妬、羨望、妬み、様々なマイナスの感情が刺さる。面と向かってぶつけてくる者は少ないが、だからこそ陰でのやり取りが回り回って深水の耳に入ってしまうこともある。


「でも、小さな頃からFCCなんだぜ? 対フールの戦闘技術を10年叩きこまれたやつら。お前、10年訓練できる?」

「……まあ、それは、同情するかな」

「小学校もほとんど行ってないって話だ」

「じゃあ頭悪いのかな」

「戦闘技術は日本トップだけど、漢字は書けないんじゃねえか?」

「九九もできないかもな」

「はっはっは」

「笑い事じゃないだろ」

「……だな」


その特別な出自は、陰口を叩く者の口を重くさせた。自分たちだって、普通のまっとうな人生を途中下車してFCCに入隊しているのだ。その辛さやしんどさは、FCC隊員であれば理解できる。切り捨てたであろうもの、失ったであろうもの、もう手に入らないであろうものを考えると、憂鬱な気分になる。


「噂だけど、神門隊長って、あんだけ強いくせにプライベートでは甘えん坊らしいぞ」

「それは嘘だろ!」

「広報用の顔とはギャップがやばくて、阿部隊員に泣きついたり、よしよししてもらってるらしい」

「それは嘘だろ!」

「ぬいぐるみと一緒に寝てるらしい」

「それは……嘘だろ……可愛いなおい」




――――――


ヴィー!! ヴィー!! ヴィー!!


「!」

「神門隊出ます!」


東京本部に警報が鳴り響くが早いか、4人はすでに変身を終えて連絡通路に入るところだった。出動待ちのときは基本的に隊室待機。しかも神門隊の隊室は連絡通路のすぐそばにしてあった。広報部隊の特権である。


『オペレータールームより神門隊へ』

「はい!」

『1番と7番、すでに繋げています。移動お願いします』

「神門隊了解! もう入った!」

『フール細胞反応確認、周辺マップに反映済み。しかしこれは……おそらく……』

「なんですか?」

『バーゴ』


オペレーターのその言葉に、一瞬4人ともが言葉を失った。


「ほんとに? 確実?」

『反応が同じです。99%一致』

「じゃあ、絶対逃がせないな」

「あと3隊は出してほしいな」

『要請中』

「よろしくテンマ!」


神門深水は幼児的な部分が多少あるが、それはプライベートでのことであり、FCC隊員として活動しているとき、その裏面は闇に葬られる。誰よりも強く、誰よりも市民の安全を大切にし、フールを倒すことに全力を注ぐ。状況判断も隊員との連携も、優れている。だからこそ、FCC本部も、神門隊のメンバーも、専属オペレーターであるテンマも、彼をヒーローと認めている。


「神門隊出動!」


7番出口から飛び出したその姿は、深水自身がどう思っていようが関係なく、ヒーローそのものであった。


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