さよなら極楽また明日。

藤沢泰大

第1章 四戸高校陸上部編

第1話 一度でいいからマネージャーになってみたかった

 高校は、家から遠ければどこでもよかった。

 ……だけじゃないな。違う町がよかった。中学時代の同級生はほとんどが地元の高校に進学するので、あの人達に出くわす確率が下がること、つまり地元を出ることが第一条件だったという感じ。

 わたしは中学でバレーボールをしていて、バレーそのものは面白くて好きだったけれど、人間関係があまりにごちゃごちゃしすぎてしまって、練習や試合以外で気疲れした。女だけの場所ってあんまり得意じゃないかもしれない。気の合う人ばっかりだったらいいけど、そんなのなかなかないから。そういうこともあって、中学時代の仲間たちとなるべく顔を合わせない環境がよかった。そうだ、高校の条件あと一つだけあった。絶対共学。

 そんな経緯もあって、わたしは高校でスポーツをやるつもりはなかった。バレーボール部もなかったし。またなにか揉めたり、揉め事に巻き込まれるのはまっぴらごめんだった。身体を動かすのは好きだけど、別に部活じゃなくてもできる。駅から高校までは(遅い便で一限に間に合わないから)走って通っていたし、まだ決めていないけどバイトだって身体を使うのはあるだろう。なんでもよかった。そう、部活以外なら──この時まではそう思っていた。

 今も大して変わらないけれど、わたしは気が変わりやすい。執着しない性格なのだった。とはいえ、スポーツをやりたくない、いややらない。その決意はそう簡単に揺らがないほど固かった。だけど、部活には入ってもいいかも。スポーツをやらずに部活に入れる方法がある。そう、マネージャーだ。

 映画やドラマでよく見るシーンだ。マネージャーが部活に勤しむスポーツマンたちの縁の下の力持ちとして必死に支えているあの姿。なんていうか、女子ってこうであるべきだよな……いいな……と、思っていたのだった。これは今も思っている。実際、今のチームのマネージャーもすごく良くやってくれているから。もちろん、部活と実業団のマネージャーじゃやってることが全然別だけど。彼女を見ていると嫌という程思い知らされる。わたしにこれは出来ない。そして、この頃のわたしにはそこのところの認識がまるでなかった。

 勢い勇んで「おう、マネージャーになったるぞ!」ってな勢いでサッカー部の門を叩いた次の瞬間に言われたことは忘れられない。

「うちの部に女はいらねえ」

 金ダライが真上から頭に向かって落ちてきたような衝撃を覚えたこの言葉、令和の時代には口が裂けても言えないだろう。瞬く間に問題になる。うちの会社では年に数回ハラスメント講習を開催していて、講師の「これは悪い例です」に確実に含まれるような文言だ。だけどこの時、まだ平成ギリギリひと桁台。ハラスメントなんて言葉をサッカー部顧問は知らなかったことだろう。

 こうして、淡い憧れは幻と消えた。もしこの時マネージャーになっていたら、きっと今のわたしはない。今頃は実家の食堂を継いでいて、安くて美味い定食で育ち盛りの子供らの腹を満たしていたことだろう。そんな人生もあり得たのだ。それはそれで、きっと幸せだった。


 結果的に、わたしは今勝負師になっている。いつの頃からか勝ち続け、自己記録を更新し続け、日本記録を持っていた時代もあり、日本の代表として海外の大きな試合でも戦った。

 そんな想像もしていなかった人生のきっかけが、同じクラスにいた蕪木環奈だ。カンナは世にも珍しい(というほどじゃないが)わたしよりも背の高い女子だった。中学から陸上部で、八百メートルとか千五百メートルで東北大会の決勝戦も走ったほどの選手なんだ、と自分で言っていて笑った。なにその自画自賛。今思い出してもウケるわ。

 カンナとは入学式の日からなんだか馬が合って、毎日話していて面白かった。わたしの中では、話していて楽しい相手というのは特別面白い話題を持ってるとかではなくて、リズムが合うこと。バレーボールで例えると、ラリーが永遠と続くような感覚。バレーはボールが床に落ちないと点が入らないけれど、わたしはそれが好きだった。中学の部活のチームメイトは、効率良くポンポン速攻で点を取りにいくスタイルだったので、そういうところも合わなかったな。カンナだけではなく、同じ部活のカンナの友達も同じだったから、陸上をやっている人は粘り強く一つのことを続けれるのがあまり苦じゃないのかな? と気付いたりした。

「代利子、あんた中学で部活やってたんなら高校でもなんかやりなよ」

 申し遅れたが、わたしの名前は三上代利子という。実は二年前に結婚して、今の本名は安藤代利子なんだけど、三上でいた時間があまりにも長いから、選手としての名前は今も三上代利子で通している。社内でも旧姓使用を認めてもらっているのでありがたい。

 カンナはどうやら、わたしに一緒の部活に入って欲しいようだった。つまり、陸上部へ。この頃の本音はどうだっただろう? 部活は嫌だ、スポーツは嫌だと言いながらも、でも心の根っこの部分では、カンナやその友達と遊ぶためには陸上部に入ったほうがいいのかも、と思っていたんじゃなかったか。

 だけど、もったいぶるのがなんだか楽しかったから、マネージャーになろうとしてみたり、バイトの求人誌をカンナに見せつけるように読んでみたりしていて、それはそれで楽しかったのを覚えている。

 ちなみに、カンナとは今でも親友だ。

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