第27話 そしてまた走り出す

 調理師になれないことが分かった。

「免許なくても店には立てるんだよ。なんならオレも持ってねえ!」

「料理なんてやってるうちに上手くなるからねぇ。免許のありなしなんて気にしなくていいのに……」

 両親にはそんな風に言われたのを覚えている。だけどそれは当時のわたしの頭には入らなかった。思い込んでいたから、調理師にならないと店は継げないと。

 すっかり気持ちが切れてしまって、わたしは高校から帰る道すがら、ほんの少し前まで自分が練習していたグラウンドをボーッと眺めていた。そして、気付いた。

 カンナがまだグラウンドにいる⁉︎ 引退したはずなのに! この時、ビックリした勢いでグラウンドに乱入してしまった。

「どうした? たしか引退したんじゃなかったか」

 浅井監督はニヤニヤしていた。ニヤケ顔の鬼。わたしは何も言わずにカンナを指差した。

「蕪木はまだ記録会があるからなぁ。それに大学でも競技を続けるしな。緩んだまま大学には進めねぇだろ」

 そうなのだ。カンナの他にも、大学や社会人でも競技を続ける意志がある部員は、引き続き練習に参加していいことになっていた。わたしにはその意志がなかっただけであって。

「……お前も走っていいんだぞ? オファーもきてるしな」

 監督はバインダーから一枚の紙を外してわたしに見せた。東日本女子駅伝、と書いてあった。なにこれ。承諾書?

「いちおう、まだ断らないでおいてやったんだ。東日本女子駅伝の県代表に選出して下さったんだよ。言っておくが、これは相当すごいことなんだぞ? それをなんだ、なにこれ。って……」

 東日本女子駅伝というのは、その名のとおり毎年秋に東日本地区の十八都道県が福島県を舞台に戦う駅伝大会だ。女子駅伝としては全国的にも注目度の高いレースの一つなのだが、わたしは自分に関係ないことに興味が向かないたちだったので、このレースのことも知らなかった。そもそも自分がなんで選ばれたのかも分かっていなかった。

「それだけ、お前は青森県で突出した高校生だと認められたってことなんだ。東北大会やインターハイでの走りを県連の人達も観ていたんだよ」

 東北大会は確かに勝ったけれど、インターハイではお世辞にも良い結果とは言えなかったんじゃないの、とわたしは思っていた。もちろん、あの時点での力は出し切れたし、自分ではスッキリした気持ちだった。ただ、第三者から見たら別に大した成績じゃないだろう──そんな風に考えていた。

 だけど違った。全国の、インターハイの決勝で走るということは、たとえ成績が大したことなかったとしても案外すごいことに見えるのかもしれない。わたしはいつも気がつくのが遅かった。

「どうだ? 走るか? それとも……走るのが嫌いになったか?」

 嫌いじゃない! わたしは即答した。天邪鬼なところがあって、わたしはつい相手と反対のことを言ってしまう。それを知り抜いている浅井監督に利用された感はあるものの、実際嫌いではなかった。

 もう本気で走るのはいいかな、と思っていた。だけど、この時は不思議と「また走ってもいいかな?」と自然に思えたのだった。それほどまでに目標を失っていたわたしは、まるで糸の切れた凧のようにあてどなく彷徨っていたのかもしれない。

「なら、今日からまた練習だ。お前知ってるか? 東日本女子駅伝はテレビで中継されんだ」

 テレビ⁉︎ 思わず飛び上がった。まさか自分がテレビに映る日がくるなどとは思わなかったのだった。

 そう聞くと、俄然やる気が出てきた。目標はは常に新しいのが良い。合宿の友達と再会するためにインターハイを目指したように、今度はテレビでカッコいい姿を見せることを目指す。新しい目標を見出せなくなった瞬間、マンネリ化が始まる。

「あれ? 引退した人がいるー」

 インターバル中のカンナが汗を拭いながらわたしを茶化した。引退撤回! と叫びながらわたしは準備運動をしていた。

 インターハイで終わりだと思っていたけれど、まだまだステージがあるんだなぁ。もしかしたら、陸上にはわたしの知らないことがほかにもたくさんあるのかもしれない。そうワクワクしながら、わたしはまた走り出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さよなら極楽また明日。 藤沢泰大 @fujisawasan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ