第22話 あのさ、アンタに負けた人達は……
東北大会は突破した。そして次はいよいよ本番の全国大会、インターハイ。残りの一ヶ月半も全力で駆け抜けよう。全国の強い人達としっかり勝負できるように!
……とはならなかった。
思えば、東北大会までの半年間はわたしの人生の中では異質な時間だった。こんなに一つのことに対して突き詰めたことはなかったし、自分なりに真剣に取り組み続けたこともなかった。周囲からはそう見られないように心がけていたけれど、集中もほとんど切らさずに日々の練習に臨んでいた。
その反動がきたのが東北大会の直後だった。わたしは元の“手抜きの代利子”に戻ってしまったのだった。
十周する練習メニューなのに六周しか走らない。タイムはもちろん分からないようにいい感じで書いておいて、と頼んでおいた。ジョグで校外に出れば寄り道して日暮れまで帰ってこない。そんなことをしていると体重も無駄に増える。
「……さすがにもうちょっとやんなさいよ」
あの何も言わないことに定評があった浅井監督にすらそう苦言を呈されてしまうほど、高三七月あたりのわたしはだらけ切っていた。
だってインターハイはもう決まったし。みんなに再会するって約束は果たせるわけだし──気ィ張って部活やるのって、やっぱしんどいし。ダルいし。
今にして思えば、俗に言う燃え尽き症候群というやつだ。わたしは短期的に目標を達成してそこに向かうのは得意な方だけれど、それを連続で続けるのは難しい。無理してしまうと、身体か精神のどちらか、あるいは両方とも崩れてしまったりする。だから、実際こういう時期も必要なのだと今は分かっているから、周りからどう見られようと、何と言われようと、自分のやりたいようにやることを心掛けられるようになった。
でも、高校生の頃のわたしは、そこまで揺らがない自分自身を持ってなどいなかったのだった。
その日も後輩達とワイワイ話しながらダラけたウォーミングアップをしていた。この時点でカンナがわたしを鋭い目で見据えているのには気付いていたので、これは何か言われるかな? と雑談を切り上げてカンナの方へ歩み寄った。
「……調子はどう?」
カンナも、わたしがただやる気を出していないだけだとは思っていなかっただろう。もう二年以上も同じ部活で付き合ってきた頃だし、体力とか心を回復させるのにそうしている面もあるというのは理解していたはずだ。それでもさすがに腹に据えかねた、というところだったと思う。だいぶ良くなったよ、と肩をすくめてわたしは言った。
「そう。なら、そろそろインターハイに向けて巻き直していかないとね?」
カンナは東北大会で千五百メートルを制してからも、それまでと変わらず猛練習を続けていた。見ていて故障するんじゃないかと心配になるくらい、自分を追い込み続けていた。半年以上もやる気を落とさずに続けるなんて、わたしにはできない。カンナだって当然ながらキツかったはずだ。そのくらいに、高校最後のシーズンに懸けていたのだと思う。
わたしがもしカンナだったら、わたしに対して怒鳴っていたんじゃないかと思う。自分と並ぶ存在が同じ部活にいて、ここまでやる気に差があると一言でも二言でも言いたくなるだろう。矛盾しているのは自覚している。
そうだねえ、でもさぁ、目標達成しちゃったからなんかね……そんな風にグダグダ返した記憶がある。
「出るだけでいいの? みんなと再会できたらそれでいいの? 今のままだと、東北大会より良いパフォーマンスなんて発揮できないよ」
それはそうだと思って聞いていた。カンナは、もっと先に目標を持て、と言いたかったに違いない。満足するのが早いと。
「……あのさ、アンタに負けた人達はね、宮城や福島の名門私立で毎日たくさん努力してきた人達なんだよ。私に負けた人達も同じ。県内じゃ、青森田中の人達だっておんなじくらい練習してたと思う。でも、アンタに負けた。合宿で仲良くなった人達と再会できる──だけじゃないと思うよ、インターハイで東北を代表して走る意味は。負けたみんなを納得させる走りができなきゃ、申し訳ないと思うんだよね」
カンナは良いことを言うなぁと思う。わたしは本当に出会った人に恵まれてここまできただけだ。実際、この時の言葉は、グズグズしていたわたしのケツを強烈に叩いた。
「アンタがものすごい女だってことは、私が一番知ってるつもり。三上代利子のすごさを、今度は全国の人達に見せつけてやろうよ」
いやー、そこまですごく……ないよ? とわたしはモジモジしながら返した。気味悪い! とカンナは笑いながらわたしの横っ腹を蹴ってきた。
とにかく、あと一ヶ月ちょっとで陸上部も終わりだし、最後にいっちょかましてやるか──そんな気にはなっていた。
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