第21話 力で全国へ!

 東北大会女子三千メートル。一緒に走るメンバーも、これまで対戦してきた顔見知りばかり。去年の冬の合宿で共に猛練習に耐えた人もいた。

 スタートした瞬間、位置を取る。いつもどおりだ。レースは自分で作る。自力で戦えない限りはインターハイへ行っても恥をかくだけだと思っていた。前の選手を追い抜く形で六位以内に入って、それで東北大会を突破できたとしてもあまり意味はないと思っていた。

 わたしの頭の中には一着しかなかった。とにかく勝利を収めて、胸を張ってインターハイの舞台へとコマを進めたかった。じゃないと合宿で競った彼女たちと真の意味で対等の立場にはなれないと思った。

 わたしはこの頃、やっと周りから警戒される選手になれたようだった。それは視線で伝わる。舐められているとは感じなかった。厳しい勝負になるな……と、相手が覚悟しているような、どこか追い詰められた目をしていたのだった。これはやりやすかった。構えていてくれれば、こちらはどんどん仕掛けるだけだ。

 相手を気にしている時点で勝負に負けている。相手の出方を窺ってそれに対応するというのは一見賢いようでいて、その実どうしても一歩反応が遅れてしまう。走る種目は特に立ち遅れが響く。わたしのラスト一周半からの早仕掛けに着いて来られる選手は誰もいなかった。残り六百メートルくらいを全力で駆け抜ける。これは、八百メートルをやっていた経験が生きたと感じる。他の陸上強豪校の子達は、意外と専門距離しか走らなかったりする。三千メートルという女子の長距離種目でも、仕掛けどころによっては中距離種目みたいな展開に持っていくことが可能なのだった。このスピードの急上昇には、三千を専門でやっている子はなかなか着いてこられない。色々な距離を経験しておくことは、決して無駄じゃなかった。

 ラストの直線ではさすがに疲れてスピードが落ちたが、追い上げてくる足音はまだだいぶ遠かった。たぶん大丈夫だと思えた。目の前までゴールテープが近付く。応援団からの拍手の音が大きくなる。テープの先には“みんな”が待っている。良かった。わたしは約束を破らずに済んだ──。駆け抜けた瞬間、安心して笑えた。大笑いできた。本当に安心した。笑っているのに、ちょっと涙が出てきているのが不思議だった。


 わたしは三千メートルを制し、カンナは千五百メートルを制した上、八百メートルでもインターハイ進出を決めていた。四戸高校陸上部から三種目もインターハイに出場するのは学校の歴史上でも初めてのことらしく、応援に来ていた校長先生からもえらく褒められた。

「おめでとう!」

 と、面識のない小豆色のジャージを着たおじさんから声をかけられて、わたしは誰だか知らんけどとりあえず頭を下げておこう、と首をちょっとだけ曲げた。浅井監督はわざわざ帽子を取って深々とお辞儀していた。誰ですかあの人、と監督に聞いた。

「アコーダの羽生監督だべ。お前のことをわざわざ京都から観に来て下さったんだぞ」

 アコーダって、あの服屋? アコーダなら市内にも店舗があったし、親の車で買い物に連れて行ってもらったことも一度や二度ではなかった。それと陸上になんの関係が?

「あの合宿から、羽生監督はお前に注目してくれてるのさ。面白い選手だって連絡もくれてな」

 よく分からないけど、陸上を見るのが好きな人なのかな……くらいの認識しか当時のわたしにはなかった。なぜなら、実業団というものがあるということを知らなかったのだった。

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