第20話 インターハイで会おう!

 全選手参加の三千メートル走が終わって、合宿の全行程が終了した。みんな体育館に集まって、初日とは全く違う和気藹々とした空気の中に包まれていたのをよく覚えている。レベルはそれぞれ異なっても、十六歳から十八歳の子供たちだったから当然五日も一緒にいれば打ち解ける。みんな厳しい練習を共に耐え抜いてきたのだから尚更だった。

「練習はしんどかったけど、これでみんなと会えんくなると思うとなんかさみしいわ」

「別に永遠の別れじゃねぇし。また会えっぺよ」

「そうだ、住所教えてよ、よりっち。アンタの欲しがってた新喜劇のサイン色紙送ったるわ」

「マジで⁉︎ うれしい! そしたらウチはりんご送るね!」

 名残惜しさがあった。永遠の別れじゃない、と言ったけれど、実際にはみんな遠く離れて生活しているし、日々忙しい。次に会えるとしたら──インターハイ。

「インターハイで会おう!」

 言葉に出さずとも、みんなそう思っていただろう。

 青森に帰っても気持ちを切らさずにやらなきゃいけない、と思った。だって、自分だけインターハイに行けなくて、みんなと再会できなかったら恥ずかしいし、情けないから。

「よりこさーん、これなんてよむ?」

 アグネスが最後に、またわたしを試すように(たぶんそんなつもりはなかっただろうが)漢字を見せてきた。

「き・ろ。“帰路”な。無事帰るまでが合宿だって書いてあるよ」

「ありがと、よりこさん」

 のちのトラック世界女王とこんなに何気なくやり取りできたのは、わたしのいい思い出の一つになっている。

 色々大変だったけど、青森にいたらこんな経験絶対できなかった。この五日間は、のちのわたしの運命を大きく変えることになるのだった。


 帰りの新幹線の中、カンナは疲れ果てて眠っていた。合宿中、カンナとは部屋も違って、あまり話している余裕もなかった。

「蕪木は、今年のインターハイ千五百で日本人最先着した手代木にずっとくっついて練習してたぞ」

 対面に座っていた浅井監督が言った。インターハイはアグネスともう一人の留学生が圧倒的な強さでワンツーを決めていたので、手代木さんという人は三位だったということになる。

「どうしたって留学生は強い。日本人で一番強い選手でも千五百の優勝タイムから十秒近い差がある。お前もあのアグネスと一緒に走ってたべ?」

 鬼速かったっすよ! あの人はもう歩くみたいに走ってそれで速いから次元が違いました! すっげえ羨ましかったです! 楽そうで! とわたしは自分が得た感覚をそのまま浅井監督に伝えたと思う。

「……人種の違いってのはものすごい差なんだよ。それこそ、生まれながらのな。日本人のトップから学ぼうとした蕪木と、エチオピアの留学生についてったお前。その選択がどう出てくるか楽しみだわ」

 そう言って浅井監督は笑った。いつになく嬉しそうだったからよく覚えている。


 それから色々あって、季節は春になった。体感的にはあっという間に高校三年生。後輩しかいない。長距離部門の副キャプテンに任命されていたわたしだが、特別何もすることはなかった。

 後輩への指導はカンナキャプテンにお任せで、ただひたすら楽しみながら走った。最初は固かった新入部員たちも、冗談を言って笑いながら練習していくうちに、だんだんと柔らかくなっていった。あまりにも柔らかくなりすぎたからか、たまにカンナが締めていた。その辺の塩梅ってのは難しいよね。カンナにはたくさん迷惑をかけている。その分恩返しもしなきゃいけないよな、と今も思っている。

 冬の合宿を経験したのは大きくて、もう県大会レベルではそうそう負けなくなっていた。三千メートルでは終始先頭に立って集団を引っ張るレースで、後続に足を使わせて消耗させた。一周回るたびに差を広げて、完勝することができた。こんなに楽に勝てたのはこの時が最初だろう。

 わたしは自信を持って、鬼門の東北大会へと歩を進めることができた。

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