第4話 すげえ人に近づくために
四戸高校陸上部の雰囲気は、意外なほど自由で、わたしにとってはそれが何よりありがたかった。部活、それも走る競技だと、軍隊みたいに否が応でも走らされ続けるのではないか、と戦々恐々としていたのだけど、全くそんなことはなかった。陸上部に入る入らないであんなに悶々としていたのがバカみたいだな、と思った。
鬼の顔面を持つ浅井監督も、醸し出す厳しそうな雰囲気を裏切るように無口で、部員がストレッチ中にバカバカしい話をしていても何一つ注意することはなかった。わたしも最初は監督の顔色を窺いながらバカ話に混ざっていたのだけど、監督の存在を気にせずにバカ話に興じるようになるまでさほど時間はかからなかった。
良かった。これなら楽しい高校生活を送れそうだ。わたしは素直に喜んでいた。この時点では、高校を出てしまえばあとは終生料理を作り続けることになる人生だと決めつけていたから、わたしにとって高校生活は何より楽しむこと、そして大人になっても仲良くできる友達を一人でも多く作ることが大きなテーマとなっていたのだった。
ただ、自由さを享受するためには、やらなければならないこともあった。
走ること。
カンナはもちろん、先輩たちの中にも、県大会や東北大会で好成績を残し、インターハイに出場するという高い目標を持っている人が何人かいた。わたしは、インターハイと聞いてもさっぱりピンとこなかったのだけど、全国大会と分かりやすく言い換えてもらって、おおすげーな、と感心した。
そんな目標を持つ人たちは、口だけでなく練習もたくさんしていた。浅井監督は無口だと言ったけれど、ちゃんと練習に打ち込む部員に対してはきちんと目配せしていたし、上手くいっていない時には助言だってしてくれた。その姿は、まるで地獄の中の仏のように見えた。
実際、部活の中に入ってカンナを近くで見ていると、教室の中とは全然違うなこいつ、って感じだった。なんていうか、怖かった。目つきがマジだったし、そこまでやる? ってくらいに追い込んで練習するしで。これがオン状態で、教室ではオフなんだろうな、とわたしは理解した。
すげえ人はこんな近くにいる──そう気付いた瞬間、自分の中のテンションがグンと上昇したのが分かった。どうせ仲良くなるなら平凡な人よりすごいと思える人の方がいい。
だけどそれと同時に思い知らされたこともある。そういう人は常に上を見ているから、それより下にいるわたしとは目も合わせてくれない。カンナだって表面上は確かに友人なのだけど、並び立っているようには感じなかった。余興というか、戯れというか、気分転換というか……そんな関係性のような気がしていた。
打開策は一つしかなかった。それは呆れるほど単純なことだった。
降りてきてくれないなら、自分がこの人たちと同じところまで上がっていく。
そのためにはどうしたらいいか?
わたしは、追いかけていくことにした。カンナを、先輩たちを。
初めはなかなか追いつけなかった。これまでに経験したことのないスピードで長い距離を走り続けているのだから、当然と言えば当然だ。どんどんと前を行く背中が小さくなっていくのを見るのが悔しくてたまらなかった。カンナなんかはなんだかんだ優しいところがあるから、しんどそうに追走するわたしに気付いてスピードを緩めてくれたりする。それにわたしはプッツンきて、余計なお世話すんなこんちくしょー! と叫んだ。情けはいらない。そんなことされたら、いつまで経ってもお前に追いつけやしないじゃねーか!
これ、という目標がハッキリ定まると、その一点しか目に入らなくなってしまう。目標へ辿り着くのを邪魔するような優しさは余計な気遣いでしかなかった。カンナはそれ以降、毎回わたしを容赦なくぶっちぎってくれた。
強い人の背中につくと、自然と走るのが楽になる。楽な力で、速く走れるようになる。わたしに初めてそう教えてくれたのは陸上部のみんなだった。
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