第10話 冬はコンポタ! これだけは譲れない!!

 わたしたち走るチームは、一斉に校外へジョグに出る。季節は冬。全員白い息を吐きながら、比較的ゆっくりとしたスピードで距離をこなしていく。コースについて浅井監督から特に指示は受けていなかった。一時間以内で帰ってこいよ、くらいのものだった。

 校外ジョグは、練習中の一つの楽しみだった。走る六人全員のジャージのポケットから、ジャラジャラと小銭同士の擦れる音が聞こえていた。

 そう、コンビニである。コンビニといっても、二十四時間開いてないやつ。最近あまり見なくなったローカル感あふれるアレだ。わたしたちは農家のおばちゃんが店番に立つ店内で、ワイワイとこの日のオヤツを物色していた。

「この寒さはポタージュだべ、やっぱし!」

「甘いココア……好き……」

 カンナはいつの間にかアイスクリームを手に取っていた。いつも大福のやつだった。

「カンナ……冬にアイスはなくね?」

「“冬だからこそ”アイスだべ!」

 それがカンナのこだわりだった。青森の厳しい冬にあえて冷たいアイスを食べたいというその気持ちがわたしには理解できなかったが、意外とこういう人多いんだよね?

 それぞれ思い思いに好きなものを買って、練習中に飲み食いする。少しの背徳感がクセになるのだった。浅井監督には当然黙っていたが、たぶん耳には入っていたと思う。たぶんというのは、一度も注意されたことがないからだ。厳しく体重管理する高校だったら正座で説教を喰らうような行為だろう。実際、会社に入ってから他の部員にこの話をしたらメチャクチャ羨ましがられた。わたし以外は当然のように陸上の名門校出身者ばかりの我が社。みんな厳しい環境で生き抜いてきたんだなー、とそんな時に分かる。

 ちなみに、カンナは青森県代表チームに選抜されなかった。本人の心の内は分からない。ただ、わたしの目から見たら、持っている力の全てを出し切れてはいなかったように思えた。勝負が始まる前から負けているような……。強豪校相手に引け目を感じていたのだろうか? あるいは、上級生には勝てないと諦めていたのだろうか? いずれにせよ、らしくない走りだった。浅井監督も選考レースを観ながら、どこか納得のいかない様子で首を傾げていたものだった。

 あの頃、カンナは常にわたしの前を行っていた。そのカンナでも勝負への意欲が萎えてしまうほどに、強豪校で鍛え上げられた選手たちは手強いものだった。もし、三十九歳になった今のわたしが当時のカンナに声をかけられたら、なんて言うだろう。こんなことは考えても仕方のないことだけど……でも、考えても意味のないことを考えずにはいられないのが人間らしさだと思うのだ。

「強豪校の人らだって同じ人間だよ! 強気に前に出てペース上げていけば必ず苦しくなる! 相手の心を折るレースをすればいいんだよ!」──こんな感じか?

 考えることは大事だ。だけど、考えるのと迷うのとは違う。考えるのは勝つため。迷うのは負けたくないため。かけっこは、勝つために走った方が勝ちやすい。もし勝てなくても、勝つために走った方が後悔が少ないし、すぐにやり直しが効く。高校生に、これを分かれって言うのも無理があるけど。わたしも、勝ち続けながら、そして負け続けながら、少しずつ自分の身になってきたことがたくさんある。いずれは、それを伝えられる人になりたいとも思う。感覚で掴んだものを、他の人に還元させられたらいい。紆余曲折なんてのは、少なければ少ないほどいいんだから。

 練習自体は辛いし面白くない。勝ち負けに向き合いすぎるのは疲れる。高校一年生冬のわたしは、すぐに冷えていくコーンポタージュの飲み口にベロの先を突っ込んで、内側にへばりついているコーンをなんとか外に出してやろうと試みていた。

 そこには、強くなろう、速くなろう、なんて気持ちはどこにもない。ただ、楽しく生きたい。楽しくありたい。それだけだった。

 全員がゴミをきちんとゴミ箱に捨てたあと、学校に引き返すジョグが始まった。

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