第16話 なんで?

 あと一年だけだから頑張ることに決めた。だけど、実のところわたしは恥ずかしがり屋だ。熱血! 努力! 友情! みたいなノリが極端に苦手だった。正確には、人にそんな風に見られたくなかったというか。それは今もそうだが。

 だから、わたしは表向きそれまでと変わらずにヘラヘラしていた。ヘラヘラしていようと努めた。ヘラヘラしながら練習でキッチリ走ったし、タイムも適当に書いてもらわずに、実測タイムを書いてもらい監督に報告してもらった。それまでいい加減にしていた色々なことをいい加減にせず、しかしそれでもいい加減に見られるようにがんばっていた。その努力は一定の成果を示し、大半の部員からは「三上は相変わらずだ」と呆れられていた。見破ったのは、カンナと浅井監督だけだった。

 この頃は故障もなくて、走れば走るほど自分が強くなるのが分かって、内心興奮していた。もしかして走るのに向いてんのか? と自分で思えるようになるほど、わたしは練習の段階から陸上を楽しめていたのだった。正直言って、長距離はしんどい。走るのが嫌になる時なんていくらでもある。特に辛いのは、散々苦しい思いをしているのにそれが結果に反映されないとき。わたしはなんのために自分をこんなに痛めつけてやってんだ⁉︎ ってなる。『楽しい』にも種類があるけど、無邪気に伸びていく楽しさを味わえるのは、競技を始めて最初の何年間なのかなと思う。


 浅井監督から思いもよらない提案を受けたのは、たしか青森に雪が降り出した十一月の終わりくらいだった。

「お前合宿行くか?」

 なんの? と聞き返すと、なんでも全国のすごい選手がいっぱい集まる合宿だという。なんで? と聞き返すと、カンナが選ばれていて、ウチからあと一人ねじ込めるんだと。じゃあわたしじゃなくて他のひとでよくない? と言うと、監督は黙ってしまった。

「お前、全国行きてぇんだろ? もしかしてビビってんのか?」

 別にビビってはいなかった。ただビックリしただけ。そんな合宿があると聞いただけでもそうなのに、さらにそれにわたしがって。カンナはわかる。中学時代から続けていたし、全国には行かなくても東北では上位に入ったりしていたし。わたしはなんにも残してない。なにより、まだ陸上を始めて二年も経っていない。冗談でしょ、からかってんだよね? と本気で思っていた。

「冗談でこんなこと言うか。行きたくなきゃいいけどよ……こんな機会、二度とねぇんだからな」

 冗談ではなく、浅井監督はマジで言っているらしいのがようやくわかった。それなら。場所は……?

「広島だ」

 行きます! わたしは即答した。浅井監督はいつもの呆れ顔で喜ぶわたしを見ていた。陸上って最高だ! また旅行できる、それも今度は東北どころか、広島! わたしの頭の中にはこの時お好み焼きしかなかった。


 少しは考えるべきだったけど、この頃のわたしには無理だった。

 全国からすごい選手が集まる、そこにどんな意味があるのか。何をやらされるのか。お好み焼きを食べる暇なんてあるのか。そもそも食べられるだけの余力があるのか?

 行きの新幹線の中、駅弁を貪り食うわたしの隣で唇を真一文字に結んでいたカンナには、きっとそれがわかっていたのだろう。わたしはなんにもわかってなかった。

 人生を変える五日間が始まろうとしていた。


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