第14話 たのしい東北大会

 県大会の個人的な本命種目でまたも大いにやらかしてしまったが、悩んだりキレたりするヒマもなく、東北大会はすぐにやってくる。五月から六月にかけては大会スケジュールがギチギチだった。

 千五百メートルでの出場というのがなんとも微妙だったのだけど、それでも出られただけ良かったと思う。この年の東北大会は、青森から遠く離れた宮城県での開催だった。

「宮城行くんだよ、あたしら。都会だよ〜泊まりだよ〜!」

 お前マジか! それを聞いてテンションが上がらないわけなかった。わたしの実家は自営業。子供の頃、家族揃っての遠出なんてほとんど記憶になかった。この時、初めて「陸上やり始めてよかった!」と心から思ったかもしれない。そのくらい嬉しかった。

 親から特別お小遣いをもらい、お泊まりグッズも揃えて、仲の良い友達と一泊二日の仙台旅行。ホテルの夕食で牛タンが出た時はみんなで大はしゃぎしたっけ。夜、消灯したあとも寝付けずにずっと話し続けて。明日走ることなんてすっかり忘れていたもんなぁ……。

 東北大会でも上位に入れば次は真夏のインターハイ、全国大会だ。だけど、当時のわたしはそんなところを目指していなかった。それくらい、今、この瞬間が楽しくて仕方なかった。陸上部に入らなかったらこんな楽しい思いはきっと出来なかった。

 四戸高校に女子バレーボール部がなくて、同じクラスに蕪木環奈というやけに気の合う女子がいて、そのカンナがたまたま陸上をやっていて誘ってくれて、浅井健二監督という強面だけど仏の先生がいてくれたおかげで、わたしは楽しい人生が送れていると思う。本当に感謝している。


 一応東北大会そのものにも触れておくと予選敗退した。以上。カンナも決勝に乗れなかった。

 肌で感じたのは、青森って狭かったんだなぁ……ということ。他の県、特に宮城や福島にはバケモンみたいに速い選手がいた。あまりタイムを気にしないわたしでもビックリするくらいのタイムで駆け抜けていた。こりゃ勝てんわ……そう脱帽せざるを得ないくらい圧倒的に強かった。

 自分の出番が終わった後も、四戸高校陸上部の他の種目の仲間たちや、色々な大会で顔を合わせているうちに仲良くなっていった青森の他の高校の人達をスタンドで応援していた。負けて泣いている選手も何人もいた。たぶんみんな三年生だった。そうか、本気で打ち込んでいる人達は、最後の全国大会進出のチャンスを逃して泣くんだな。わたしは来年こんな風に泣けるだろうか、と自分の未来像を心に描いていた。いや、泣かないな。泣けないな。だって、東北大会に来れただけでもすげーもんな。勝ちだよ。これ以上欲張るのは良くない。

 わたしは割とコロコロと考えの変わりがちな女だ。レースに負けた瞬間は勝たなければ楽しくない、と思って悔しがることもあるが、時間が過ぎれば落ち着いて、負けたけどこんなもんだよねーみたいな。まだ子供だったから仕方ない。もっとも、当時からのわたしを知る人からは「今も根本は変わってない」と言われてしまうかもしれないが。

 ただ、わたし自身の人間性もあったかもしれないが、その形成に影響したのは四戸の陸上部のみんなだったとも思う。負けて泣いている人達の中に、四戸の人は誰もいなかったから。そういうノリだったのだ、我が母校の陸上部自体が。


 帰りのバスに乗り込む前に、仙台土産の笹かまと萩の月を買った。家に帰ってから食った萩の月は超美味かったな。

 来年も東北大会には最低限出よう──そう心に決めた、楽しい二日間だった。

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