第13話 地獄の三日目

 今だったら、メリハリをつけたレースをする。だけど、この頃のわたしはレース経験自体があまりに少なく、力の配分がまだできずにいた。

 まあ、仕方ない。なんせ、この高二の春の県大会の時点で出場したレースは片手で数えられるくらいなのだから。


 わたしは、二日目の八百メートル予選を突破してしまっていた。走り終わった直後はお気楽なもので、よっしゃ〜明日二本走ってやるか! くらいのテンションだった。半年前に最下位だったことを思えば、千五百で東北大会進出、明らかに専門外の八百でも予選を通過してしまう、という状況で調子に乗らない方がおかしいんだけどね。

 実際調子は良かった。走りが噛み合ってきたのに加えて、手を抜きながらも練習自体はやっていたので、実力がついてきているんだろうという感覚は持てていた。試合では、それを自ら証明していくことで、なんて言うのか……自信が確信に変わった、とかいう?

 だけど、初日に千五百、二日目に八百を抜かずに走り切ったことで、身体は悲鳴を上げ始めていた。


 勝負の三日目には、八百だけじゃなくて三千メートルがある。本来、東北大会を目指すなら三千が一番可能性があるとわたしも浅井監督も意見が一致していた。

 以前、監督はわたしの足、正確にはふくらはぎのあたりを評して「筋肉がない」と言ったが、それは長距離を走る際にむしろプラスとなるものだった。質は人それぞれ違うのだけど、一般に筋肉量が多いとスピードはあるもののそれを長時間持続させることができないという問題が生じる。その点、わたしは筋肉量の少なさから、全力疾走の速度では遅れを取る代わりに、一定のスピードを長く維持することに長けていた。だからこそ、八百で予選を突破できたのは驚きだった。八百は全力ダッシュに近いスピードでトラックを二周する、トラック競技の中で一番キツいと言う人も多い種目だ。そんな種目で、劣ると思われたスピードで意外とやれた。これは三千すごいことになるんじゃないか──そう自分自身にワクワクしていたのだった。無邪気なまでに。

 今だったら、八百は流して走る。三千が大本命であるなら、極力疲れを残さないように流す。だけど、この時はまだ体力的にも発展途上で、守るものも特になく、二日間の疲れでハイになってもいた。そうした様々な条件が重なったことにより、結果としてわたしは八百を全力で駆け抜けてしまった。結果は準決勝敗退だった。

 浅井監督や他の部員は、わたしの疲労困憊の姿を心配そうに眺めていた。半ば呆れていた気もするが。

 手ェ抜けないよねー、やっぱ! わたしは息も絶え絶えで、無理な笑顔を作って強がっていたように思う。めちゃくちゃしんどかったのに。


 そして、八百メートルの準決勝からわずか一時間半後。この三日間を締めくくる正真正銘の最終種目、女子三千メートルが行われた。

 四戸高校陸上部の固まるスタンドからは、長距離種目だけではなく、走り高跳びや棒高跳び、それに投擲種目のみんなも競技を終えて、わたしとカンナに声援を送ってくれていた。これはやる気に火が点いたが、肝心の身体にもう余力がない。どちらが欠けていても力を出し切るのは無理。

 レースが始まってすぐ、わたしは自分がまた失敗を犯したことに気付いてしまった。八百にエントリーしなければ。せめて、全力を出しさえしなければ。一周回ったところで、走り切るのも無理かも、と覚悟した。足がパンパンになっているのが嫌というほど分かった。

 それでも、この応援は裏切らないと思った。たとえ失敗しても、失敗したなりの経験を積んでおかないと意味がない気がした。途中で投げ出したら、面白くない。完走しないと、持ちネタにも出来ないのだから。

 残り一周の鐘が鳴り、わたしは集団から遠く離れた後方を一人寂しく走る、というかほぼ歩いている自分を頭上から見下ろした。正確には見下ろしているイメージを作った。無惨といえば無惨だし、馬鹿だといえば馬鹿だ。ちくしょう、またやっちまった! そうイラつく自分もどこかにはいた。だけど、走るからにはどのレースでも手は抜けないのもまた分かっていた。

 失敗は認めなければいけない。そして、生かさなければいけない。いっぱい失敗できる高校時代にそうしておいて良かったと、わたしはいま心からそう思っている。

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