第2話 陸上部に入っていいのかしら?

 ゴールデンウィーク明けだったと思うけど、わたしは初めて陸上部の練習風景を観察してみた。観察──というほど大層なものではなくて、ただ下校途中に眺めてたくらいのものだったけど。

 グラウンドでは、ハードルが並べられていたり、重そうな黒い球を肩に担いでいる大きい人がいたり、普通の人の身体くらいありそうな高さに置かれたバーを飛び越えようとする人がいたりして、なんだか楽しそうに見えた。陸上部といっても、色んな競技があるんだなー、とビックリしたのを覚えている。

 その中に、カンナもいた。カンナは中距離の選手だったから、もちろん特別な道具なんて持たない。せいぜいシューズくらいのもので、あとは自分の身一つだ。走る競技の良さはそこだと思っている。わたしはどちらかと言えば手先が器用ではないタイプで、道具を使う競技は得意じゃなかった。バレーだって、ボールに追いつくことは出来たけど、その行き先のコントロールは上手くできないところがあった。道具を使わなくていい走る競技は、結果的に向いていたのだと思う。

 見ていて、カンナはどうやら口だけの女じゃないらしいことが分かった。一年生なのに先輩らしき部員達と互角のスピードで走っていたのだった。

 こないだまで中学生だったとは思えねーな。アイツ、やるな。

 バイトの面接は直前に一度受けた。駅前のさびれたコンビニ。理由はよく分からないけど落ちた。対応した店長の表情が苦々しかったから、たぶんわたしのことが気に食わなかったんだろう。

 それですっかりやる気をなくした当時のわたしだけど、それでもなにかしたいという気持ちだけは持っていて、ばっちりのタイミングでカンナの走りを目にしてしまったのだ。これが運命の分かれ道だった。

 こないだ青森に帰った時、久々に駅前を通ったら、あのコンビニはもうなかった。もし店長とどこかで会うことがあったら、あなたがあの時落としてくれたからわたしは大きなマラソン大会で一等賞を獲れました! と伝えたい。


 とはいえ、すぐに「よっしゃ陸上部入るかー! 入部届入部届……」にはならなかった。

 カンナの走りに刺激は受けたものの、そのあと家に帰って部屋で一人考えていると、だんだん迷いが出てきた。

「そんな簡単に決めていいの? 一回入ったら三年間やり続けなきゃいけなくなんない?」

「走るのは苦手じゃないけど、ちゃんと教わってやったことないしな……走るのがイヤになったらこのあとの人生しんどいな」

「苦手じゃないっつっても、毎日ひたすら馬車馬みたく走らされんのは……辛いのは無理!」

「監督が厳しかったら一発アウトだな……」

 わたしはよく「物おじせず思ったことなんでも言う」と評される。実際そんなイメージを持たれているのは自覚している。仕方ない。人前では自然とそうなってしまうのだ。そして言った後にだいたい後悔する。特にマスコミの前で言ってしまったことは取り消せないので、自分だけでなく周囲にまで迷惑をかけてしまったことは一度や二度じゃない。

 だけど、口で発するのと頭で考えていることはまるで別物で、内なるわたしはこんなふうに悶々と考え続けていることも多い。一人の時は尚更である。

 悩みすぎて疲れたら、部屋で大の字に寝転ぶ。この時も多分そうした。音楽が好きだから、CDコンポで好きなバンドの曲でもかけていたはずだった。

 悩んで悩んで悩み抜いて──最後は、開き直る。

「……ま、なんとかなるべ!」

 一度決めたら、そのあとは悩まない。

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