第39話エピローグ

厳かな空気の中、白いベールを被った優奈が赤い絨毯の上を軽やかに歩み、こちらに向かってくる。


(なんて美しいのだろう)


僕は優奈に目を奪われた。

その美しさに、皆がため息を漏らす。

ゆっくりと優奈の手を取った。


ベールの向こうに見える笑みは儚げだ。

突然この世界に現れた彼女は、何かをきっかけに消えてしまうんじゃないかと思えてしまう。


震える手でベールを捲ると、朧げだった輪郭がくっきりと見えて何だかホッとした。

凛とした表情だ。

陶器のような肌と、桜色の唇、濡れた瞳。

その美しさに胸が高鳴り、恐る恐る誓いの口づけを落とすと祝福の音楽が流れる。


「照れますね」

「…こんなに緊張したのは初めてだ」


二人で微笑んだ。


式場を出て、僕たちは、にこやかに参列者へ向けて手を挙げた。

優奈がどうしてもブーケトスというものをしたいのだ、というので、それは何かと聞いたら新婦が投げるブーケを受け取った人が次の花嫁になるという異世界の言い伝えがあるのだと言う。


優奈は恭しく前に出てブーケを投げようとしたが、静かに下ろした。

そして、おもむろに花梨の前に行き、ブーケを差し出す。


「何の真似よ」

「今までたくさんの嫌がらせを、どうもありがとう。私もあなたの事が大嫌い」

にっこり笑って優奈は言った。


「知ってるのよ、あなたエリオル王太子にも言い寄ったでしょ?にべもなく断られたのね、可哀想に」


その言葉に花梨はわなわなと震えた。

隣にいたグノーシス伯爵は「本当なのか」とオロオロしている。


「今までも私のお下がりばかり欲しがって、しょうがない人ね。だからこのブーケ、あげるわ。私のお下がり。グノーシス伯爵とのお式で"ぜひ"使ってね」


音楽で二人の声が聞こえない参列者には、聖女同士の友情の場面に見え、勝手に拍手が起こった。


花梨は震えながらブーケを受け取る。

これから伯爵夫人となる花梨は、王太子妃の優奈からの贈り物を断れるはずもない。

その顔は真っ赤だった。


「カリン、帰ったら少し話そう」

グノーシスの顔は歪んでいた。


優奈はくるりと向き直って僕の手を取ると、共に参列者の間を抜けて、式場を後にした。


「嫌な女ですか?」

「君の好きにすれば良いさ。むしろ生ぬるい。やるなら徹底的に潰せば良いものを、ユーナは優しいな」


ふう、とため息をついて言う。

「花梨に言い寄られたと聞いて吐き気がしまして」

「別に僕が好きなわけじゃなくて、君のものが欲しいんだろう?…ふふ」


優奈は怪訝そうな顔をして僕を覗き込んだ。

「なんです」

「立派に僕も君のものかと思うと嬉しくてな」

優奈を見つめて微笑んだ。


永遠に僕は君のものだ。

僕の全部が君のものだ。

飽きるほど好きに使えば良い。


「どうしてそこまで好きでいてくれるんですか?」

「うん?話せば長くなるが、良いかい」

「時間は死ぬまでありますから、どうぞ」


僕は優奈の手を取り馬車に乗り込んだ。

沿道には沢山の人々が祝福して、花びらを撒いている。


馬車が王宮に向かってゆっくりと進む。

さあ、パレードが始まる。


「さて、さっきは人前だったからな」

優奈の頬を柔らかく掴むと

「今だって人前でしょう」

「玻璃一枚隔っているじゃないか。許可しろ」

「だめです」

「だめじゃない」

「王宮まで我慢して下さい」

「断る」


約束の口付けは、馬車の中でひっそりと重ねられた。


「もし勝手に異世界へ帰ったら承知しない」

「帰れと言われても帰りませんからご安心くださいませ」

「君も言うようになったな」


ああ、いつまでもこうして君とくだらない話をしよう。

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