第33話この世界のからくり
「私」には名前がなかった。
いつからこの世界にいるのか分からない。
できた時からいたのかも知れないし、できる前からいるのかも知れなかった。
この世界の創造主は人間や動物や植物を作った。
人間は文明を築き、大いに繁栄した。
人々は「私」を神と呼び崇めた。
日照りが続けば、祈りと供物が捧げられ
雨が続けば、祭りと舞いが奉納された。
「私」は人間が大好きだった。
迷い人があれば行って助け、病人がいれば死の前の呼吸がせめて楽になる様助けた。
ある日、「私」は一人の美しい人間の娘と出会った。
「私」ははじめて恋をした。
娘を妻として娶ったが、みるみるうちに老婆となり、すぐに死んでしまった。
「私」は悲しくて悲しくて、創造主に聞いた。
曰く、人間はとても寿命が短いのだと言う。
すぐに枯れてしまう樹木よりも短いと言われた。
なぜその様に作ったのかと聞いたら、人間の寿命は、幸せに生きるには充分だが、不幸せに生きるには不十分な時間なのだという。
では、あの娘は幸せだったのだろうか。
不幸せを感じる暇もなく死んだのだろうか。
ならば時間の概念すらない「私」は不幸せなのだろうか?
創造主はそれならば有限の時を生きよと言って「私」に時間を与えられた。
「私」の姿はまるで500年も生きた様な老人と化した。
これでは人前に出られまい。
醜く姿を変えた「私」は外に出ることがなくなった。
残された「私」は充分過ぎる時間で娘の死を悼み、やがて涙も枯れた頃、人間が日照り続きだから助けて下さいと祈りを捧げた。
「私」は醜い老いた姿を引きずり、久しぶりに人間の前に姿を現した。
人々は息を呑んだ。
「私」は言った。
雨を降らせる代わりに娘を寄越せと。
初めて人間に代償を要求した。
娘はすぐに用意されたが、やはりすぐに老いて死んだ。
「私」は娘が死ぬまでの間に、ほんの少しだけ若くなったが、それでも人間の時間には釣り合わなかった。
日照りになる度、雨が続く度、「私」は人間の娘を要求した。
やがて、それは人間の中で当たり前となった。
どの娘もすぐに老いて死んだ。
「私」がまるで二十歳の若者の様なかつてと変わらぬ姿になった時、気まぐれに人間の前に姿を現した。
「私」は驚いた。
人間は大いに発展し、誰も神に見向きもしなかった。
人間自身の力で難局を乗り越えられるほどに知識をつけ、文明が栄えていた。
「私」のために作られた像も神殿も荒れ果てていた。
誰も「私」を必要としない。
なのに、
いつも「私」を悲しませるのは人間だ。
ならば、罰を与えなければ。
人間が石を切り出して加工し、作る宝石。
この輝きを奪ってしまおう。
そう考えた。
人間は大いに慌てふためいた。
宝石がただの石になってしまった、何かの災いかと。
そして愚かな人間は「私」に言うのだ。
娘を捧げますから、どうか宝石の輝きを取り戻して下さいと。
「私」は娘を奪い、宝石を元に戻した。
こうして「私」は存在意義を取り戻した。
やがて娘が死ぬ頃、ついに「私」は赤子になっていた。
「私」もこのまま小さくなり死んでいくのだろうと思った。
最期にもう一度だけと承認欲求が疼く。
宝石の輝きを隠すと、いつものように娘が捧げられた。
この娘は甲斐甲斐しく赤子の「私」の世話をした。
新生児の様な首も座らぬ「私」に娘が言うのだ。
わたくしがもう一度、貴方様を産んで差し上げましょう、と。
娘の母性が働いたのだ。
胎児の姿になった私は残りわずかの神の力で娘の胎に入った。
やがて胚となり、そこから急速にまた身体が出来上がる。
不思議な感覚だ。
次第に大きくなっていく「私」の身体と膨らむ期待。
「私」がもう一度産まれる頃、この娘は私を我が子として可愛がってくれるだろうか。
そして「私」も幸せがどういうことか真に分かるのだろうか。
そして遂に「私」が産まれる時が来た。
意を決して外に出た時、おびただしい血に塗れ娘は息絶えていた。
何が起きたのだろうか。
「私」は身体を引きずった。
おかしい。
身体が重い。
自分の姿を良く見ようと泉に姿を映した。
そこには何百年も生きた様な老人がいた。
私は振り返って娘を見る。
私は赤子ではなく、老人として産まれた。
ならば娘の身体が保つわけがあるまい。
凄惨な姿だった。
もう、このまま一生誰にも会わず一人寂しく生涯を終えようと思った。
だが、逆成長してまた赤子になると思うのだ。
死にたくない。
消えたくないと。
私は赤子に戻る度に宝石の輝きを隠した。
そして何度も産まれた。
迎える何度目かの赤子の頃、この国に王がたった。
生贄などの人的な供物は禁ずるというお触れが出される。
これには村々が反発した。
宝石はどうやっても生贄を捧げなければ輝きは戻らないと人々は信じていたからだ。
その実「私」が隠しているだけなのだが。
王は人々の抗議に、
ならば異世界から連れてくれば良いだろう、この世界の人間は断じてならぬと言った。
さて、異世界の人間はどうやって連れてくるのか。
そんなものは神官にでも聞いてみよということになった。
「私」の神殿には神官などいない。
宝石の光が戻されると、人々も神殿の手入れを怠った。
王やその臣下が神殿を訪れた。
「私」は慌てて神官のフリをする。
赤子の神官だと笑われたが、私が流暢に喋り神のご加護のお陰ですと嘯くと、むしろ赤子が喋り出すその神聖さに皆が感嘆した。
王は言う。
話は聞き及んでいると思うが、異世界の人間を召喚できないかと。
その言葉に承認欲求がまたしても頭をもたげた。
「私」は
泉に祈りを捧げればいかようにもと答えた。
そして「私」は王宮に招かれた。
そこで作成した文章を控えとして渡される。
それは初めて人間と交わす紙の契約書で、嬉しくて堪らなくて「私」の宝物になった。
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