第32話ユーナを返せ!
優奈はヘイリーが突然いじわるをするのを見て、良い大人が赤ちゃん相手に何をしているのかとびっくりした。
(赤ちゃん?)
そうだ、逆成長しているのなら、本来はおじいちゃんなのだ。
ヘイリーの話を信じればとんでもなく高齢の。
いずれは胎児になるというのは何を意味するのか。
それは大神官が死んでしまうと言うことなのか。
それならやはり、急いで花梨を呼び出し、すぐに宝石を戻さなければならないだろう。
私の気持ちは一気に焦った。
その時、
「その必要はない」
男性の割に高い声。
そこにいる人々を一気に惹きつける様な
エリオル王太子の声だ。
私は突然の来訪にキョトンとした。
後ろには衛兵達が何人もいるようだ。
その合間、僅かに見てとれた。
あれは、
花梨だ。
沢山の衛兵の中に花梨の姿がある。
もう一人の聖女であるはずの花梨。
その名前を呼ぼうとして、躊躇った。
エリオル王太子が来た理由は分からなかったが、衛兵達を見れば花梨を守るように立っているのは明らかだ。
何かがおかしい。
何かが。
「おや、王太子殿下。お久しゅうございますな」
大神官はほぼ寝たままの姿勢で挨拶した。
対してエリオル王太子も冷静だ。
「大神官殿、聖女が祈りを捧げる儀式を執り行うつもりですか?」
「……何か問題でも?」
「それは随分と急なことですね」
「ユーナが聖女として力を覚醒させたなら、やらない理由はないと思うが。この世界の混迷を直ちに修復せねばなるまい」
確かにそうだと思う。
が、エリオル王太子の返答は違った。
「もっともらしいな」
わずかに片眉を上げて言った。
私は知っている、この表情のエリオル王太子は何か確信を持っているのだ。
良く通る高い声で続けた。
「大神官殿の時間がないから、の間違いではないかな?」
そうだ、大神官には時間がない。
だから急がなければならないではないか。
何を言っているのだろう。
エリオル王太子はじりじりとこちらに歩み寄ってくる。
私は一体何があったのか分からなくて固まってしまう。
あんなに拒んでいた花梨まで神殿に来るなんて、俄に信じがたい。
すると、それまで黙っていたヘイリーが突然口を出した。
「エリオル王太子にお目にかかります。神官のヘイリーと申します」
両腕を前で組み、会釈した。ふんわりと袖が膨らむ。
ヘイリーの目は鋭く、エリオル王太子を見つめて続ける。
「恐れながら申し上げます。王太子殿下がお探しの物はこの中にあるかと」
言ってくましゃんをエリオル王太子に差し出した。
「貴様!」
大神官は寝返りを打って、うつ伏せになり、顔を上げて言った。
「調べろ」
エリオル王太子は後ろに控えていたグノーシスに渡した。
((クマがくまを…))
((くまをクマが…))
((緊張の中、これはいかん))
((笑っちゃいけないと思うと余計に…))
衛兵達の心の声がぐわんと響いた。
いけない、焦ってコントロールできなくなっている、集中しなければと思うがなかなかうまくいかない。
((渡しておいてなんだが、熊…))
これはエリオル王太子だ…
思わず耳を塞いだ。
((リボンがなかなか解けぬな…))
グノーシス伯爵。
((あ、クマが熊のリボン解いてる…))
ヘイリー。
((神殿の中だと、ちょっと精霊の声がマシになったかも…うるさいほどじゃないわね))
花梨。
そうか、花梨は精霊の声がずっと聞こえていたんだっけ。
私がブツブツと接続が悪いのに対して、花梨はずっと最大ボリュームのような感じらしかった。
そう思うと気の毒だな…と思ったその時、
大神官の心の声だけ聞こえない。
気を集中させる。
落ち着いて
一度全員の心の声をミュートにする。
大神官に気を集中させる。
「……どうして?どうして貴方の心の声だけは聞こえないの?」
私はゆっくり振り返って大神官を見つめた。
「初めて会った時も、ヘイリーさんの心の声だけを聞かせたのは…なぜ?」
エリオル王太子が叫んだ!
「もう止めろ!こっちへ来い!」
「あなたは人間じゃないの?」
「それはそうだろう。人間ならば逆成長などするか」
大神官が這ってきて私のスカートを掴んだ。
私はハッとしたが、もの凄い力でよじ登ってくる。
「ユーナを離せ!」
「おや、王太子殿下はこの娘がその様に大切ですかな?」
エリオル王太子はぎりっと歯軋りする。
大神官は怖い笑顔で言った。
「私にとっても大切な人間の娘だからなあ。聖女を殿下に譲るわけにはいかないな!」
「ユーナを返せええええ!」
叫びながらエリオル王太子は抜刀し、大きく踏み込んだ。
その抜いた一刀でスカートを切る。
大神官は宙に舞う。
それをヘイリーが受け取る。
よろめく私をエリオル王太子がしっかりと抱き寄せた。
二人で尻餅をついた姿勢だったが、がっしりと抱きしめらたまま私はエリオル王太子の胸に収まった。
そして、剣先は大神官に向けられていた。
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