第13話はじめてのダンス
高い音でトランペットが鳴った。
国王陛下直々の式典開幕宣言を告げる音だ。
「諸君。本日はこの国の建国記念を祝う祝賀祭だ。大いに楽しんでほしい」
国王は両手を開いた。
「皆も既に知るところだと思うが、この国を救う聖女が二人、聖なる泉に現れた。ユーナとカリンだ」
大きな歓声と拍手が止まらない。
(さっきの反応との違い…なんて現金なんだろう)
私は下唇を噛んだ。
花梨も同じ様なことを思ったらしい、不機嫌そうな顔から、いっそう眉根を寄せた。
「悪く思わないでくれ」
意外なことにエリオル王太子がぼそりと言った。
「長きに巻かれる、それが社交界だからだ。皆が皆、君たちを好奇の目で見ているわけではない。それは理解してほしい」
「そんなの…」
(理解なんてできない)
だが、それがこの世界で生きていく処世術だろう。
清も濁も飲み込んで聖女然として前を向かなければならない。
もう、帰れないのだから。
「愚かだろう。だが大切な、我が国民だ。誰一人として不幸であってはならない。僕はそう思うのだよ」
「それはご立派ですわね。では私のことも幸せにしてくださいよ」
嫌味っぽく言う。
「君もカリンも、まだこの国の民ではない」
エリオル王太子は片眉を上げて言った。
私はぷいと前を向く。
「そうですか。なら結構です」
「ははは」
歓声と拍手が止み、やがて音楽が始まった。
「お、ダンスだな。ホールへ降りよう」
「え、私踊れません」
「良いから」
(良くない!)
ずんずんと進んでいく王太子に引っ張られ、廊下を抜ける。
「ホールに着いたらダンスに誘うから、君はカーテシーで誘いを受けるんだ。ダンスは僕がリードするから君はただ身を委ねればいい」
(そんなこと言われても!)
私たちがホールに降りると、人々は左右に退いた。
「僕と踊って頂けませんか」
エリオル王太子は右手を胸にお辞儀した。
「よ、喜んで」
スカートの裾を上げ、誘いを受けた。
軽やかな音楽の中、エリオル王太子に手を取られた。
肩越しにエリオル王太子が囁く。
「さっきのだけど、父上の前で言うのは恥ずかしかったんでな」
「?」
「僕は、王太子として国民に幸せであってほしいと思う。だが」
くるっと回る視界。
「僕が個人的に幸せにしたいと思うのはユーナだけだ」
「はい?」
「二度は言わないぞ」
「音楽がうるさくて良く聞こえませんね」
素直に聞いてなるものかと思った。
「この式典の後、色んな話を聞くだろう。君の心はきっと揺れ動く」
エリオル王太子の深い緑の目は私の視線を掴んだ。
「赤い薔薇を贈るから待っていろ」
(エリオル王太子、耳赤いなぁ…)
「…薔薇、好きなので嬉しいです」
(急に言われても…しかも嘘じゃないし…!)
いや、急ではないのか。
いつだってエリオル王太子の気持ちは私に向いていた様に思う。
(ライクからラブに変わったということかしら?)
思って急に恥ずかしくなってしまった。
「あの、エリオル王太子。私、嘘がわかるんですよ?心の声も聞こえますよ?」
「だからなんだ」
「そばに置くには、危険では…?」
「僕より君が危険だろ。安心しろ、この国の中で王宮が一番安全だからな」
「それに、嫌じゃないですか?勝手に色々分かっちゃうの」
「君が知って嫌じゃなければ別に良い。それに、力はコントロールできるようにもなる」
「それにそれにっ…知られたくないことだってあるでしょう?」
「君が力を使う必要がないくらい、全部全部言ってやる。残念だったな。ざまあみろ」
どうしてこんなに聞きたくなるのか、分かってしまった。
私を否定してほしくなくて。
(私はエリオル王太子が好きなんだ…悔しいけど認めよう…)
「私も正直に言うと、黄色い薔薇はセンスないなと思いました」
「ははっユーナも嘘をつかなくなったか」
「まあ、今気づいたんですけどね」
「あれについては、僕も後になって気づいたさ」
タンッと音楽が終わった。
離れて二人は対峙する。
今までの人生の中で多分一番の気持ちを込めてお辞儀した。
「君の心が聞けて嬉しいね」
「だって不公平じゃないですか」
ホールは大きな拍手に包まれた。
王太子は大きな声でホールの賓客達に言う。
「さあ、皆も踊ってくれ」
左右にはけていた人々はそれぞれが手に手を取り集まってきた。
「あ、あの!私と踊ってください!」
「ふふっ喜んで」
どこかで聞いた声がして、優奈は微笑んだ。
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