第27話エリオル王太子の愛が重いです

エリオル王太子は小瓶に入った薬を一気に飲み干した。

金木犀の香りがする美しい黄金色の飲み薬だ。

あたりをふんわりと、甘い花の香りが漂った。


固唾を飲んで見守る使用人達と

ハラハラしながらその様子を見守る優奈がいた。


エリオル王太子の瞼に金色の光が仄かに灯る。


やがてその光は消えた。

瞼を薄く開ける。

深い緑の瞳が覗く。


薄く開けられた瞳はぼんやりと優奈を捉える。

ぱっと開眼した王子は、微笑んだ。


「ああ…見える。心配かけて、すまない」


使用人達はほっとして、皆泣いた。

「おい、よしてくれよ…みんなして…優奈も…」

「私泣いてません。ほんとに見えてますか」

「ほんのちょっぴりは泣いただろう!?」

「残念ながら少しも。カラッカラです」

「それは、『嘘』だな」

エリオル王太子は片眉を上げて言った。

「もう!」


私は自分の力を信じていないわけではないが、もし万が一また毒だったらと思うと気が気じゃなかった。


「ちゃんと治って良かったです」

「君を信用してるからな」

ぐいっと引っ張られて、ぽすんと王太子の胸に収まった。

「ちょっ!」

「なんだ、嫌か」

「嫌というわけじゃないですけども、その……人前ですから…」

エリオル王太子は咳払いをした。

「お前ら、いつまでも泣いてないで少しくらい気を遣え」

「ちょっと!皆さんエリオル王太子が心配でいらしてるのに!」


(あ、あれ?)


なんだか、微笑ましい視線を感じる。

「いえいえ、私たちは仕事がありますので」

「倉庫の掃除の途中ですし」

「国王陛下にも報告しないといけませんので…」

「そういうことで、ごゆっくり」


使用人達は口々にそう言って生暖かい笑顔で去っていった。


静まり返る室内で、はたと王太子と目が合って思わず赤面して腕の中から離れた。

その時、エリオル王太子は私の手のあざを認めた。


「おい、これはなんだ」

「あ、はは…ティアナに「エリオルに触るな!」ってあの時引っ叩かれて…」

言いながら手を背中に隠した。


エリオル王太子から、怒りの炎が上がる。


「君は確かあの時、メイドが突き飛ばされたと言ったはずだぞ。君が叩かれたことは聞いていない。隠していたのか」

「私なんかのことより、メイドさんが突き飛ばされたから…」

「おい」

怒りの目で私をみた。


「二度と私なんかなんて言うなよ」

「え、そんなに怒ります?」

「ああ怒るさ。僕の前で君を傷つけられたことも、それを黙っていた君にも」

「っ!…ごめん…なさい」

エリオル王太子はベッドから起き上がって、部屋を出て行こうとした。


「目が治ったばかりで、どこに行くんです!?」

「決まっているだろう、ティアナに会いに」

「よして下さい」

「よさない」


エリオル王太子はどんどん先に行ってしまう。

私は追いつくのに必死だった。



地下牢の石段を駆け降りていく王子。

衛兵達は、この国の王太子自らの来訪に驚き、敬礼で迎えた。

それはそうだろう、本来王太子が来ていい場所ではない。

「お、王太子殿下御自ら…どっどの様なご用件でッッ!?」

声は上擦り舌を噛んでいた。

「ティアナはどこだ。案内しろ」

「え、ティアナ様のところですか…?あのう、王太子殿下は行かれない方が良いかと…」

「二度は言わない。案内しろ」

「はいいいいい!!」


衛兵はこの城の平穏を守っているだけなのに…と少し不憫に感じた。

衛兵、エリオル王太子、私の順で進む。


「こ、こ、ここ…こちら、でございます」

衛兵は最奥の牢を案内した。

私はといえば、本日二度目だな…などと思っていた。


エリオル王太子は檻を蹴った。

ガツン!という音が鳴り響く。

「おい。ティアナ」

「ああ!エリオル!!やっぱり私の所に戻ってきてくれたのね!?早く出して!?」

「貴様、ユーナの手を傷つけたな?」

「…は?」

「謝れ」

「何を…言っているの?私の所に戻って来てくれたんでしょう?」

「そんな訳あるか。ユーナに謝れと言った」

「ひっ!」

初めて見る感情を露わにした王太子に、ティアナは短い悲鳴をあげた。

誰もがすくむ様な目でティアナを見ているエリオル王太子。

軽蔑と憤怒を含んだ眼差しだ。


(こんなエリオル王太子は初めて見た…)


衛兵もすっかりビビってしまっている。

「良いのかなあ、後で怒られるかなあ…怒られるよなぁ……」

などとぼそぼそ呟いていた。


「そうそう、薬は飲ませてもらった。どうもご苦労。まあ…貴様が毒を盛らなければ何も起こらなかったんだがな」

「じゃあ!」

ティアナはパァッと顔を明るくした。

「何がじゃあなんだ?」

エリオル王太子は深い緑の目に怒りを湛えてティアナを見下す。

「私をここから出してくれるんでしょう!?」

「どうしてそうなる?頭に咲いたお花畑を全部根絶やしにしてやろうか?」

「だって、エリオルに薬を作ったら減刑してくれるって言ったじゃない」

エリオル王太子はティアナを睨んだ。

「だから死罪は免れたじゃないか。そもそも君は薬を作らないと言ってたよな。それをその気にさせたのはユーナだと思うが?僕はね、感謝と謝罪がなければ君が心から反省するまで牢から出すつもりはないぞ」

「そんな…」

「死罪を免れただけ有難いと思え。まあ、死罪の方がマシだったと思う人生を送るように心から祈るよ。君の謝罪の言葉が聞けなくて残念だ。それじゃあ」


行こう、と私を促してエリオル王太子は私の肩を抱いて進んだ。


「エリオル!!!!」

咆哮の様な声が牢内に響いた。



階段を上がると、明るい日差しに目が眩んだ。


「震えているじゃないか、僕が怖いかい」

「いいえ全く。震えているのは貴方も同じでしょう?」

「おや、バレていたね。やり過ぎたかな」

「バレバレですし、やり過ぎです」


エリオル王太子はティアナが死罪を免れた以上、私を怨んで生涯を過ごすだろうと思い、敢えてあんな酷いことを言った。

ティアナの怨みがエリオル王太子自身に向くように。

私が物々しい雰囲気に意を決して二人の心を読んだのだ。


((僕を怨めばいい。ユーナに謝ればまだ許せた。だが、反省しないならせめて一生僕を怨んで過ごせ))


あの震え上がる様な言葉の数々はエリオル王太子なりの優しい嘘なのだ。

王太子はティアナのことを『元婚約者』と紹介した。

ティアナに対して罪悪感があったからだ。


「優しいのですね」

「そんなことはないさ」

王太子はそういうと、大股で歩いて行った。


「私に…そこまで守る価値がありますかね…」

ぼそりと呟いた言葉は王太子に届く事なく霧散した。

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