第26話牢の中からごきげんよう

「ごめん!優奈…俺、花梨ちゃんのこと好きになっちゃって…その、別れてくれないかな…」



こんなこと、何度目だろうか。


でも、嘘をつかれ続けるよりマシだ。





私は人の嘘がわかる。

本当になんとなくだけど。



「お父さんはすぐ治るわよ、検査入院するだけだから」


母は言ったが、直感で「嘘だ」と思った。



母とお見舞いにいったら、医者が父に心臓マッサージをしていた。

ぼーっとその光景を眺める。

母は震えて声さえ出せずにいる。


やがて、高い音が鳴り響いて


医者は心臓マッサージを止めた。



ほら、やっぱり嘘だった。




母と二人での生活が始まった。


「お金ならあるから」

「気にしないで」

「お母さんは大丈夫だから」


玄関で、母は私のランドセルをポンポンと叩いて送り出してくれる。

私は振り返って聞いた。


「お母さん、なんでそんな嘘をつくの?」


複雑な顔をした母が

「どうしてそう思うの?」

と聞いた。






優奈はぼんやり目を覚ました。



ふかふかの枕、ふわふわのベッド。


洗いたてのリネンの香り。


そよそよと心地の良い

異世界の風。



むくりと起き上がると、リノーアがいた。


「リノーア…」

「あ!良かった!お目覚めになったのですね!」

「…何度も倒れてごめんなさいね」

「よして下さいよう!ユーナ様がなぜ謝るんです」


いつも通りきびきび動くリノーアを見ていて気づく。


「ここは…王宮?」

「ですです!倒れたと聞いて、伯爵様と一緒に来たんですよお」

「セイレス伯爵と…」


セイレス伯爵といえば、祝賀会でティアナと会っていたことが思い出される。


「王宮の一室を貸してくださって、起きるまで居ていいと仰って頂いたのです」


「セイレス伯爵は今どこに?」

「国王陛下となにやらお話ししてるみたいですけど…」

「私も行ったほうが良いかしらね?」

「うーん、どんなお話か分からないですしねぇ…私はユーナ様がお目覚めになったと報告に行ってきます。お水も貰ってきますね」


そう言うと、リノーアは頭を下げて扉を閉めた。



ベッドから降りて窓の外を見た。

いつかエリオル王子と歩いた噴水のある庭園が見える。


(あの時、エリオル王子の目が見えなくなるなんて思ってもみなかったな…)


ティアナは薬を作ってくれるのだろうか…。


ふ、とため息をついた。

身体が重い。

神殿に行けば回復するだろうか。


『ここへもあんまり来ない方がいい』

確かヘイリーがそう言った。


(なぜだろう、聞きそびれちゃったな)


コンコンとノックが響いた。


「どうぞ」

「失礼します。あの、執事の方が…」

リノーアが連れてきたのは、腕に包帯を巻いた老齢の執事だった。

「失礼します」

「あ、腕大丈夫ですか?」

軽快に笑って執事は言った。

「いやあ、ユーナ様の勇ましい姿に皆感銘を受けましてな。老いぼれとメイドを庇い立て頂きありがとうございました」

「あ、メイドの方は!?」

「足を少し挫きましたが、問題なく今日も働いておりますわい。私めもほれ、この通り元気にございますから」

(うん?)

「休まれないのですか?」

「私も使用人も王宮で働くことを誇りに思ってますから…無理はせんのでご心配なさらず。国王陛下と王太子様には休めと叱られましたがの」

「あ、あの…エリオル王太子は!?」

執事は目を見開いて言った。

「その事でお願いがあるのです」





王宮の地下。


中でも警備が堅固な牢の一角。

そこには光が差し込まない。


清掃が行き届いた美しい王宮の表面とは打って変わって、厳しい衛兵の監視があり、汚水の匂いが立ち込めていた。



「ユーナ様、お待ちしておりました。こちらへ」

剣を携えた衛兵の一人に促されて奥へと進む。

蝋燭の光が頼りの石畳。

「わっ!」

思わず足を滑らせた。

「どうかお足元に気をつけて」

「すみません…」


一番奥の牢の前で衛兵は止まった。

「こちらです」


綺麗だったパステルブルーのドレスの裾は汚れ、綺麗な髪の毛は乱れている。

それでもきちんと椅子に座って目を閉じている女性。


ティアナだ。


「ティアナ、ユーナです」


ティアナはゆっくりと目を開けてこちらを見た。

薄暗い牢の中で、ひときわ輝く宝石の様な青い目。


「ごきげんよう」

ティアナはそう言って少しだけ微笑んだ。


私は意を決して問う。

「エリオル王太子の目を癒す薬を調合されたと聞きました。それは…飲んでも安全なものですか?」

ふふ、と笑ってティアナは答える。

「さて?どうかしら。心配ならあなたが飲んでみてはどうかしら?」

「ティアナ、あなたのそういうところ、くだらないわよ」

私は一喝した。

「はっきり言って、可愛くないわよ、あなたのそういうところ」

ティアナはワナワナとした。

「っ!うるさいわね!ちゃんと作ったわよ!」


嘘じゃない。


そう、私はティアナが作った薬が毒ではないことを確かめに来たのだ。


(念のために心の声も聞いておくか…)


乗り気ではなかったが、万が一ということもある。

心を落ち着かせて、ティアナに気を集中させた。


((せっかくちゃんと薬を作ったのに、わざわざ何なのよ))


反省の色はない。


((私がエリオルに変なもの飲ませるわけないじゃない))


エリオル王子にこてんぱんに拒絶されても、ティアナはまだエリオル王子が好きなのだなと思った。


私は出来る限り冷たい目をして言った。

「…用件は以上です。さようなら」


ティアナが立ち上がってこちらに向かってくる。

がしゃん!と大きな音を立てて檻を揺らした。


私は一瞥してその場を去った。


むかむかした。

誰のせいでこうなったのか。

私は石段をガンガンと上がった。

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