第6話王太子は嘘をつかなくなった
綺麗に整えられた庭園の真ん中に噴水が湧いている。
「ここは、お気に入りの場所のひとつだ。地下水を汲み上げているから、循環式の噴水とは違って、とても心地が良いんだよ」
「なるほど、マイナスイオンだわ…」
風に乗って、霧になり、しゅわしゅわ頬を当たる何とも言えない心地よさ。
「あ、濡れてしまうほどではないけれど、気になるかい?」
「いえ、すごく気持ちが良いです。…あ、そうだこれ」
思い出してエリオル王子にハンカチを差し出した。
「大した出来ではないのですが、薔薇のお礼です」
「これは…君が刺繍したのかい」
ふ、と気持ち笑って刺繍を撫でた。
「…ありがとう。大切にするよ」
私は気づいてしまった。
王子は時折なんだか寂しげに見えるのだ。
(王子サマだって色々あるんだろうな…)
「そうだ。君のお友達のことだけど…不問になったのだ」
「不問というのは…どういう…」
「申し訳ない。僕は何度も掛け合ったんだが…」
王子は視線を逸らして、聖女を召喚した理由と花梨の処遇について話してくれた。
もともとこの国では財源である宝石が潤沢に採れるのだそうだ。
だが何百年かに一度、宝石の輝きが衰えただの石ころも同然になるのだとか。
そうなるともう石も宝石も区別がつかない。
採掘事業も全てストップする。
当然働き手は貧困に喘ぐ。
宝石と称して詐欺も横行する。
宝石の輝きを取り戻す、そのために聖女を召喚するのだそうだがその理由は二つ。
一つ目は聖女の聖なる力で石に宿った邪な気を祓う。
そして二つ目は王太子の婚約者に選ばれるためであるらしい。
これは私の推察だが、王族が聖女と婚姻することで、王族の神格化を図った狙いがありそうだ。
「セイレス伯爵からは何も聞いていないのかい」
私は首を横に振った。私からも伯爵には何も聞かなかったからだ。いや、何となく聞きにくかった。
「それからカリンのことだがね」
あの泉は聖女の泉と言って神殿が管理する聖なる泉で、大神官が祈りを捧げたこと。
その聖なる泉から現れたのが、火を操るという魔族であっては神殿の体裁が悪いこと。
ライターという未知の道具での偽証は、突然異世界に飛ばされて動揺したからであろう(意見が割れたらしいが)という温情で許されたこと。
ユーナが何を飲まされたのかは調査を進めるが、カリン側の人間を一方的に疑うだけの確証が持てないこと。
二人のうち、どちらが聖女か分からない以上、まずは聖女の覚醒を優先させたいこと。
以上の理由から花梨は不問となった話を聞かされた。
当の花梨はひとまず、後見人のグノーシス伯爵の元にいるとのことだった。
「そういうことでな、君たちはこれから式典やパーティなどに呼ばれることになる。顔も合わせるだろう。そこで僕にユーナをエスコートさせて欲しいんだ」
(あ…)
さっき王様がエリオル王子にそばにいるよう言ったのはそういう事だったのだ。
四六時中エリオル王子が私にくっついてくるわけがない。
「ごめんなさい、私ったら王子を護衛扱いして。でも正式な婚約者でもないのに、毎度私をエスコートして良いんですか」
知らなかったとはいえ、本当に失礼なことを言ってしまった。
「それは良いんだ、僕がいれば相手も下手な真似はできないだろうから、護衛といえばそうさ。それに、あんなに笑った父を僕は久しぶりに見たしね、それより…」
エリオル王子は私をしっかり見て言った。
「少しでも一緒にいられるのは僕も嬉しいんだ」
「あれ…嘘じゃない…」
「嘘じゃないよ…失礼だな。僕だって、嘘がわかる君に嘘をつくほど愚かじゃないさ」
「でも、もしかして王子が花梨のことで掛け合ってくれたから、私をエスコートするハメになりました?」
「まあ、それはそうなんだが…」
王子は苦笑いした。
きっと、貴族や王族から、無言の重圧をかけられたのだろうか。
(この人、お世辞も嘘もつかなくなったなあ…)
「あ、そうだ…実は」
私は人の心の声が聞こえるという珍妙な出来事を伝えた。
なるべく詳しく当時の状況まで話す。
「まさか今も僕の心まで丸聞こえかい?別に僕は困ることもないけれど」
(困らないんだ…でも…)
「うーん、そういえばその後朝食を頂いたのですが、そのあたりから聞こえませんね」
「なるほど、なにか能力が発現する鍵がありそうだな…」
言ってチラッと私を横目で見て
「案外その真紅のドレスとか」
王子は悪戯っぽく笑って言った。
「もう、なんです!これはセイレス伯爵の嫁がれたお嬢様が着ていたドレスを貸していただいて…」
「いや、すごく似合っているよ。君は鮮やかな色がよく似合うね」
「〜〜〜っ!!!変な事を言うのはおやめ下さい!」
(嘘でもお世辞でもないのがわかって本当に恥ずかしい…なんでそんなこと言うの)
「まあ、その内自分で能力をコントロールできるようになるさ。これは絶対に。あとは君の覚醒をまずは父に告げるかだが…君のそれはとても危険を孕みそうだからな」
嘘を見抜く、人の心が聞こえる…。
確かに危険極まりない力だ。
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