第17話力をコントロールしてみる

「ユーナ、抱っこするか?」

赤ちゃん、もとい大神官は言う。

「あ、いえ、遠慮しときます」

「将来の予行演習だと思って!ほら!」


(そんなに腕を伸ばされてもだね…)


ヘイリーと呼ばれた男はふんわりとした袖の中から、クマさんのぬいぐるみを出した。

「大神官サマ、くましゃんですよ」

大神官はパァッと明るい笑顔になって、くましゃんを抱きしめた。

「ひきゃあ!ひゃう!あひゃひゃ!」


しかし、それも束の間ピタッと止まって泣き出した。

「ウワアアアアアン!ビャアアアア!」


(え、何突然!?)

「ユーナ様、僕はミルク作ってくるんで、抱っこして!」

「え!?あ、はい!」

「ギャアアアアアン!」

ヘイリーは給湯室と書かれた個室に入って行った。

「よーしよしよし」

(こんな感じかな…?)


暫くして、人肌のミルクを持ってヘイリーは慌てて戻ってきた。

「ユーナ様、だいじょう…ぶ…」


「て、手強い…はや、早く…っ!」

私はご機嫌ナナメの大神官様に蹴られ髪を引っ張られしていた。

見かねてヘイリーがひょいと抱き上げる。

「もう、聖女様を困らせちゃダメでしょ」

哺乳瓶を小さな口に含むと、恍惚の表情で飲み干した。


慣れた手つきで、ヘイリーは大神官の背中を叩く。

「ゲップしましょうねぇ」


(うわぁ…か、かわいい…)


「ゲウゥーゴッファー」


(可愛い顔に似合わないしっかりしたゲップだな…)


「あ、今汚いとか思っただろう」

大神官が流暢な言葉で話し出した。

「言っとくがな、赤ちゃんは皆ゲップをするぞ」


ヘイリーは大きなクッションの上に大神官を座らせた。


「こら、くましゃんも持ってこい」

「はいはい」


(本当にこの人が大神官なの!?)


にわかに信じられない光景だが、

目の前の赤ちゃんはぎゅうとくましゃんを抱きしめたまま大人の様な話し方で私に問いかける。

「ユーナよ、もう一人はいないのか?」

私はこくこくと頷いた。

「まあいい。ユーナ、聞いていると思うがお前を呼び出したのは他でもない私だ。ティアナはダメだったんでな。お前達には期待しているぞ」

片眉をあげて言った。

先ほどまで哺乳瓶でミルクを飲んでいたとは思えない。


「…大神官様、聞きたいことは山ほどあるのですけど、私は自分の力について教えていただきたくて参りました」

「おお、覚醒したか。それはよいな。で、どんな力が?」

「人の心の声が聞こえます。普段は聞こえないのですが、時々…。花梨は精霊の声が聞こえるそうです」

ぴくりと反応する。

「精霊の…厄介だな」


(え?)


「もう一人はなぜ来ない?」

「協力できないと言っていました」

「ふぅん?それでもお前は来たのか?」

「私は、私ができることなら、やり遂げたいですから…」

「殊勝な心掛けだな」


(アンタが呼び寄せたんでしょ)

ムカムカしてきた。


「人の心が聞こえると言うことはユーナは闇を操る力だな。対して精霊ということは、カリンは光を操る力だ」

「闇と…光」

「そうだ。光は傷や病を癒す力があり、闇には心の安らぎや安定をもたらす力がある」

「私と花梨にそんな力が…」

「もう使えると思うぞ」

それを聞いてハッとして、少しだけ思案したが私はエリオル王子の名前を伏せて毒を含まされた人がいると言う話をした。

「それは君たちには無理だな」

きっぱりと言われてしまった。


「そんな…私はダメでも、花梨は傷や病気を治せるんでしょう!?」

「いや、毒の調和は植物属性だからだ。そうなると…ふむ、ティアナの力だな」

「ティアナの…?」

「あやつが世界の理を狂わせたんだぞ。協力するとは思えんがな。聞いてみるといい」

しかし、ティアナを王太子に会わせるのはまずい気がする。

だが、目が見える様になるならなりふり構っていられないだろう。

「ティアナもさっきまでいたぞ。まだその辺の温室にでもいるだろ」

「い、いるんですか!?ここに!?」

ニッと笑って大神官は言う。

「…ティアナが歪ませた理を正すためには二人必要なのか。長く生きていると面白いこともあるものだな」


(この人一体いくつなの…)


「ティアナは一体何をしにここへ?」

「聖女の力は聖なる気を好むからな。ティアナは頻繁に来るぞ。お前も神殿は心地が良いだろ?」

「すごく気持ちが軽くて、居心地が良いです」

「だろうだろう」

嬉しそうに言う。


「そうだ」

閃いたらしい、企んだ笑みで大神官はヘイリーを指差した。

「ヘイリーの心を読んでみろ。個を限定しても聞こえるはずだぞ」

「えー!ちょっと!」

ヘイリーは胸を隠す様な仕草をした。


((余計なこと言うなよ!ク◯野郎!))


「あ…」

「…あ」

私たちは顔を見合わせた。


((●●●●●))


「きゃーーーー!も、もうやめてぇ!!」

ヘイリーは赤面して叫んで手をブンブンと振った。


「よし、止めても良いぞ。聞かない様にもできるはずだ」

「…お嫁に行けない…」

ヘイリーは顔を両手で覆って、しくしく泣いている。


「神殿の中は神聖な気が流れておってな、さして努力せんでも力が使える。だが外ではそうはいかん」

「ではどうやって?」

「気持ちを落ち着けるのだ。思い出してみろ、気持ちが昂ったときに力が発現しただろう?気が乱れるとコントロールが不能になるからな」


(確かにそうだったような…)


「気持ちを落ち着けて、自分の中の聖なる気を感じてみろ。そして願え」

「できるでしょうか?」

「それは実践あるのみだな。それから癒しの力だが、ヘイリーに手を翳してみろ」

言われた様におでこあたりに手を翳した。

「ヘイリーさん、心を読んでごめんなさい。せめて、元気になります様に…」

「うぅ…」

ヘイリーから発せられる黒い煙の様なものが私の掌に吸い込まれていく。


(心なしか、ヘイリーさんの血色が良くなったような…)



「あれ?なんかクヨクヨしてんのめちゃくちゃ馬鹿らしくなってきた。それに…何でもできる気しかしない…!」

「それが心の治癒だ」

「よおーーし!やりかけのパズル仕上げるぞ!今日中に!」

急に立ち上がって走り出して行った。


「おい!ヘイリー!」

私たちは取り残された。

「あいつ、かこつけて仕事サボる気だぞ」

「ははは…」


「あの野郎、なんかよからんこと思ってただろ!全く下品だ!」


(心の治癒…でも、心を読む力はなるべく使わないようにしよう…)


「王宮の奴らは何と言うかわからんが、頻繁にくると良い。力を使うとお前自身が疲れるからな。ここは聖なる者の癒しとなる場所だ」

「はあ…外でもコントロールできるように頑張ります…あの…」

「ティアナを探すか?あいつは温室にいることが多いぞ」


私はペコリとお辞儀した。


「今度来るときはカリンも連れてくると良い」

そう言ったその顔は、明るい口調とは裏腹に暗い影が差していた。

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